表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。

裸足クラブ

作者: 君鳥

雨の中、傘をささずに踊る人間がいてもいい

自由とはそういうものだ


 その出来事は、後に五日間クーデターと呼ばれた。



 夏が近づいてきたある日、歩行者天国を疾走する集団が現れた。

 ランドセルを背負った小学生から、スーツ姿のおじさんまで。それは見た目も年齢も見事にバラバラな集団だった。セーラー服姿の女子高生もいたし、トートバッグを肩にかけた主婦風の女性もいた。全部で十五人はいたように思う。

 彼らは特別目立った行動をしているわけではなかった。

 ただ適当に寄り集まって、町中を全力疾走しているだけだった。赤信号に引っかかるとその場足踏みで立ち止まり、信号が青になるとまた走り始め、人波を縫うように駆け抜けていく。

 揃いの服を着ているわけでもなく、全くバラバラで、デタラメな集団だった。どういう集まりなのかさっぱり分からない。

 唯一つ、彼らには共通点があった。

 皆、どういうわけか、靴を履いていなかった。



 靴を履いていない。

 町中で裸足。

 ただそれだけの事なのに、彼らの存在は異様に目立った。

 道行く人々は足を止めて、彼らのことを注視した。

 なんだなんだ?

 映画の撮影か?

 劇団か何かのパフォーマンス?

 彼らは裸足で縦横無尽に、傍若無人に走り回るばかりで、なんの宣伝も宣言もしなかった。

 疾風のごとく、ただただ裸足で町を疾走するのみである。

 まったく謎の集団。

 その姿はユーモラスでもあり、また、ひどく自由を感じさせるものだった。



 僕は学校の帰り道で偶然彼らを目撃し、訳もなく魅力された。

 足元を見下ろすと、自分はとても薄汚れたスニーカーを履いていた。

 そういえば、と僕は思う。

 そういえば、最後に裸足で外を歩いたのって、いつ頃だろう?

 僕は近くの都市公園に寄り道をした。昔はよくここで友達と遊んだりお花見をしたりしたが、今ではただ公園内を通り過ぎるのみの、受験に追われる日々を送っている。

 芝生が茂る広場の方を目指して歩いた。



 僕は辺りに知り合いがいないのを確認し、こっそり靴と靴下を脱いで裸足になった。

 青々と茂った芝生がこそばゆい。

 久しぶりに直に踏みしめる大地はひんやりとしていて、それでいて、なんだかじんわりと熱を帯びているように暖かかだった。

 なんとなく楽しい気分になって、僕は何度もその場足踏みをしたり、飛び跳ねたりした。

 僕は正体不明の、なんだかよく分からない開放感を覚え、無邪気に駆け回っていた子供の頃のことを思い出していた。

 足の裏に大地の気配を感じながら、なんだか胸がじんとした。



 翌日も彼らは現れた。謎の裸足の集団が。

 彼らは縦横無尽に町中をばく進した。友達や家族の情報によると、歩行者天国だけではなく、ビル街やショッピングモールなどにも……町の至る所に、裸足の集団が出没していたらしい。

 何かの主題を謳い上げるでもなく、ただただ裸足で駆け回る。

 武装しないストリートギャング。

 僕が目撃した十五人以外にもメンバーがいたらしく、多くの人が裸足の人々を目撃していた。何物にも拘束されず、まるで翼が生えたかのように自由に踊り走る人々を。



 さらにその翌日。裸足で町を疾走する人が出現した三日目。

 最初に火がついたのは、小学生だった。

 彼らの爽やかで軽快な走りに影響を受けた子供たちが、面白がって真似をして、靴を脱ぎ捨てだした。靴を指に引っ掛けて、両手を広げ走り回った。

 その日は金曜日だった。明日から休みという高揚感が解放した気分にさせたのか、中学生、高校生と徐々に裸足を真似する人が現れ始めた。

 もちろん汚い、危ないといって敬遠する人の方が多くいたが、不安定なハイヒールを履いて足がむくんだお姉さんなどは、今がチャンスとばかりに靴を脱いで町中を闊歩した。夜は酔っ払いのサラリーマンたちが、千鳥足で陽気に裸足で道を歩いた。



 四日目の土曜日。

 その日、町に革新が起こった。

 ポイ捨てされたタバコ、割れた瓶、散らばったゴミくず……。

 裸足で歩くには町には危険なものが多すぎると、早朝から清掃活動をする人が現れたのだ。

 突然降ってわいた裸足ブームを取材しようと、テレビ局の人が通行人にインタビューをしていた。最初に裸足で走り始めた謎のメンバーたちを追跡したが、見つからないようだった。

 これは商売のチャンスだと思ったのか、靴屋さんが出張販売に来ていた。

 サンダル、パンプス、スニーカーなど色々と並べ立てるが、靴は一足も売れず、結局靴屋さんも裸足になって歩いて帰った。



 そして五日目の日曜日。

 多くの人が、休日を裸足で過ごした。

 砂浜や芝生のある公園はもちろん、スクランブル交差点をも人々は裸足で歩いた。

 僕は受験勉強を切り上げ、久しぶりに友達と遊びに町に出かけた。

 僕は歩行者天国の真ん中で靴を脱ぐ。

 初夏の太陽に熱せられたアスファルトはじんわりと暖かく、まるで自分が地面から生えた一個の生物のように感じられた。

 町中を裸足で歩く。

 ただそれだけの事なのに、なぜかワクワクした。

 もしかしたら行きかう人々の中に初代裸足メンバーが混じっていたかもしれないが、確認のしようがなかった。

 その日、人々は靴を脱ぎ去り、原始時代の人間のように自由になった。



 六日目の月曜日。

 超局地的に発生した空前絶後の裸足ブームは、嘘のように治まっていた。

「馬鹿らしい」と言って斜に構え、ブームに乗れなかった人が人目を忍んでこっそり裸足を試すくらいで、人々は変わらぬ日常に戻っていた。

 まるで何事もなかったかのように靴を履いて、電車に乗って、学校や会社に通う。

 僕はひそかに期待していたのだが、それ以降、裸足で町を疾走する集団が現れることはなかった。

 唐突に現れ、唐突に消える。

 まるで嵐のような人々だった。

 人々が靴と常識から解放され、カーニバルのように浮かれていたこの数日間のことは、後に解放区、五日間クーデターと呼ばれ、人々の語り草になった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ