裸足クラブ
雨の中、傘をささずに踊る人間がいてもいい
自由とはそういうものだ
その出来事は、後に五日間クーデターと呼ばれた。
夏が近づいてきたある日、歩行者天国を疾走する集団が現れた。
ランドセルを背負った小学生から、スーツ姿のおじさんまで。それは見た目も年齢も見事にバラバラな集団だった。セーラー服姿の女子高生もいたし、トートバッグを肩にかけた主婦風の女性もいた。全部で十五人はいたように思う。
彼らは特別目立った行動をしているわけではなかった。
ただ適当に寄り集まって、町中を全力疾走しているだけだった。赤信号に引っかかるとその場足踏みで立ち止まり、信号が青になるとまた走り始め、人波を縫うように駆け抜けていく。
揃いの服を着ているわけでもなく、全くバラバラで、デタラメな集団だった。どういう集まりなのかさっぱり分からない。
唯一つ、彼らには共通点があった。
皆、どういうわけか、靴を履いていなかった。
靴を履いていない。
町中で裸足。
ただそれだけの事なのに、彼らの存在は異様に目立った。
道行く人々は足を止めて、彼らのことを注視した。
なんだなんだ?
映画の撮影か?
劇団か何かのパフォーマンス?
彼らは裸足で縦横無尽に、傍若無人に走り回るばかりで、なんの宣伝も宣言もしなかった。
疾風のごとく、ただただ裸足で町を疾走するのみである。
まったく謎の集団。
その姿はユーモラスでもあり、また、ひどく自由を感じさせるものだった。
僕は学校の帰り道で偶然彼らを目撃し、訳もなく魅力された。
足元を見下ろすと、自分はとても薄汚れたスニーカーを履いていた。
そういえば、と僕は思う。
そういえば、最後に裸足で外を歩いたのって、いつ頃だろう?
僕は近くの都市公園に寄り道をした。昔はよくここで友達と遊んだりお花見をしたりしたが、今ではただ公園内を通り過ぎるのみの、受験に追われる日々を送っている。
芝生が茂る広場の方を目指して歩いた。
僕は辺りに知り合いがいないのを確認し、こっそり靴と靴下を脱いで裸足になった。
青々と茂った芝生がこそばゆい。
久しぶりに直に踏みしめる大地はひんやりとしていて、それでいて、なんだかじんわりと熱を帯びているように暖かかだった。
なんとなく楽しい気分になって、僕は何度もその場足踏みをしたり、飛び跳ねたりした。
僕は正体不明の、なんだかよく分からない開放感を覚え、無邪気に駆け回っていた子供の頃のことを思い出していた。
足の裏に大地の気配を感じながら、なんだか胸がじんとした。
翌日も彼らは現れた。謎の裸足の集団が。
彼らは縦横無尽に町中をばく進した。友達や家族の情報によると、歩行者天国だけではなく、ビル街やショッピングモールなどにも……町の至る所に、裸足の集団が出没していたらしい。
何かの主題を謳い上げるでもなく、ただただ裸足で駆け回る。
武装しないストリートギャング。
僕が目撃した十五人以外にもメンバーがいたらしく、多くの人が裸足の人々を目撃していた。何物にも拘束されず、まるで翼が生えたかのように自由に踊り走る人々を。
さらにその翌日。裸足で町を疾走する人が出現した三日目。
最初に火がついたのは、小学生だった。
彼らの爽やかで軽快な走りに影響を受けた子供たちが、面白がって真似をして、靴を脱ぎ捨てだした。靴を指に引っ掛けて、両手を広げ走り回った。
その日は金曜日だった。明日から休みという高揚感が解放した気分にさせたのか、中学生、高校生と徐々に裸足を真似する人が現れ始めた。
もちろん汚い、危ないといって敬遠する人の方が多くいたが、不安定なハイヒールを履いて足がむくんだお姉さんなどは、今がチャンスとばかりに靴を脱いで町中を闊歩した。夜は酔っ払いのサラリーマンたちが、千鳥足で陽気に裸足で道を歩いた。
四日目の土曜日。
その日、町に革新が起こった。
ポイ捨てされたタバコ、割れた瓶、散らばったゴミくず……。
裸足で歩くには町には危険なものが多すぎると、早朝から清掃活動をする人が現れたのだ。
突然降ってわいた裸足ブームを取材しようと、テレビ局の人が通行人にインタビューをしていた。最初に裸足で走り始めた謎のメンバーたちを追跡したが、見つからないようだった。
これは商売のチャンスだと思ったのか、靴屋さんが出張販売に来ていた。
サンダル、パンプス、スニーカーなど色々と並べ立てるが、靴は一足も売れず、結局靴屋さんも裸足になって歩いて帰った。
そして五日目の日曜日。
多くの人が、休日を裸足で過ごした。
砂浜や芝生のある公園はもちろん、スクランブル交差点をも人々は裸足で歩いた。
僕は受験勉強を切り上げ、久しぶりに友達と遊びに町に出かけた。
僕は歩行者天国の真ん中で靴を脱ぐ。
初夏の太陽に熱せられたアスファルトはじんわりと暖かく、まるで自分が地面から生えた一個の生物のように感じられた。
町中を裸足で歩く。
ただそれだけの事なのに、なぜかワクワクした。
もしかしたら行きかう人々の中に初代裸足メンバーが混じっていたかもしれないが、確認のしようがなかった。
その日、人々は靴を脱ぎ去り、原始時代の人間のように自由になった。
六日目の月曜日。
超局地的に発生した空前絶後の裸足ブームは、嘘のように治まっていた。
「馬鹿らしい」と言って斜に構え、ブームに乗れなかった人が人目を忍んでこっそり裸足を試すくらいで、人々は変わらぬ日常に戻っていた。
まるで何事もなかったかのように靴を履いて、電車に乗って、学校や会社に通う。
僕はひそかに期待していたのだが、それ以降、裸足で町を疾走する集団が現れることはなかった。
唐突に現れ、唐突に消える。
まるで嵐のような人々だった。
人々が靴と常識から解放され、カーニバルのように浮かれていたこの数日間のことは、後に解放区、五日間クーデターと呼ばれ、人々の語り草になった。




