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聖剣の勇者 -復讐の焔竜姫-  作者: 96500C/mol
【風】のミストルティン
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#8

「クソッ、コイツ想像以上に無茶苦茶だぜ。姉貴……!」


 地面に仰向けに倒れたリンゼイの喉元に、私はレーヴァテインの切っ先を突き付けていた。

 動きを制限してからは、決着はあっさりついた。逃げ場をなくしてしまえば、リンゼイは私の一撃を防御するしかない。


 リンゼイの細腕、そこにある筋力では私の一撃は防ぎきれない。リンゼイは防御のためにミストルティンを構えた右腕を骨折し、今は地面に転がっている。


「答えて。なんで貴女たちの目的は何? 何のために聖剣を盗んだの? 私に決闘を挑んでどうするつもり?」

「アタシがそんなこと、答えると思うか?」

「……次は足でも折ってやろうかしら」


 私はレーヴァテインを肩に乗せ、リンゼイの右膝を踏んだ。

 リンゼイは目を閉じ歯を食いしばり、脂汗を浮かべている。このまま踏み抜けば足も折れてしまうだろう。


 リンゼイの手に握られたミストルティン。それを見て、私は一瞬、注意を彼女から反らしてしまった。

 護拳部分、金の装飾で作られた二対の蜻蛉の翅。さっきまで閉じられていたそのうちの一対が、開いている。


「姉貴!」


 ミストルティンを投擲するリンゼイ。

 炎の壁を突き抜け、その向こうに立っていたナンシーの手にミストルティンは渡った。


「ありがとうリンゼイ。次は私に任せて頂戴」


 ナンシーがミストルティンを振るうと、巻き起こった突風が広場に放った私の火を、一気にかき消してしまった。

 リンゼイから離れ、私はナンシーに対峙する。決闘っていうから、一対一だと思ったのに。


「二人がかりとはね。妹を捨て駒にする作戦だったのかしら」

「そんなわけないでしょう。これも戦略の内よ」


 ナンシーがミストルティンを振ると、リンゼイの回りに発生した竜巻が彼女を包み込んだ。驚く私の前でリンゼイは消え、広場にはナンシーと私だけが残される。


「ミストルティンの100%の力を引き出すには、私やリンゼイの魔力だけでは全く足りなかった。だから私たちはミストルティンを使い回して、順番にお互いの魔力を聖剣に注ぎ込む戦術を編み出した」

「そうまでしても使いたいの、聖剣が」

「当たり前でしょう!」ナンシーが声を荒げる。「聖剣が、その力があれば。私たちは世界をひっくり返せる!」

「ひっくり返す?」

「この街の住人を見てみなさい! 私が聖剣を握っていると知れば、みんなああして家に籠って。恐れているのよ。誰も彼も、聖剣という強大な力を!」


 周囲の家々の、雨戸の隙間から広場を覗く視線が減るのを感じた。

 視線の主は決闘の行く末は気になる、でも巻きこなれたくはない。そんな住民たちだ。


 彼らは何を望んでいる?

 正体不明、よそ者の冒険者が敗れ、ノネット三姉妹が(かちどき)を上げること?

 それとも、ノネット三姉妹が敗れ、再び落ちぶれること?

 おそらく、そのどっちでもない。私が勝てば私を祝福し、ノネット三姉妹が勝てばノネット三姉妹を祝福する。

 前市長コニール・ノネットは謂われのない、ただ新時代の到来を示す禊のために処刑された。そのときも黙って見過ごした魔族の住民だって、あの視線の中には含まれているはずだ。


「だから認めさせる。私たちの存在を、私たちの強さを! この世界に!」


 ナンシーがミストルティンを振るう。

 振られた刀身から、衝撃波が放たれる。避けた私の背後で、石畳が弾けた。ミストルティンは、破壊的な暴風をその刀身に纏っている。


「あなたはその礎になってもらう!」

「世界に認めさせるですって? 下らないわね」


 ナンシーがミストルティンを振るう。衝撃波を避けきれず、私の上腕に小さい傷ができた。


「その聖剣、他人から盗んだものじゃない。貴女たちはまだ弱いままよ。どんなに強くなったつもりでも、結局それは全部聖剣の強さ。貴女たちのじゃない」

「ほざくなッ」


 距離を詰めてきたナンシーが上段から振り下ろしたミストルティン、その刀身をレーヴァテインでガードする。衝撃波で踏ん張った私の足元タイルが砕けた。

 普通の武器では出せない威力。だけど、防げない威力じゃない。


「……聖剣の力ってのも大したことないわね」

「この女ぁッ!」


 ミストルティンを振り抜き、起こした魔法の風で私を吹き飛ばし距離をとるナンシー。


「《ARS ventus forta》」


 ナンシーが切っ先をまっすぐ私に向けて呪文を唱える。ミストルティンを中心にゴオと激しい音を立てて発生した風の渦が、地面をえぐりタイルを剥がし、それらを巻き込んだまま暴風になって襲いかかってきた。

 威力は低い。が、その激しい乱流を防ぎきることはできない。絶えずぶつかってくる小石や木の葉に、私はただレーヴァテインの後ろに隠れるしかない。


 【風】の聖剣、ミストルティン。その武器としての力は大したものじゃない。刀身は細く短く、装飾過多で武器というより儀礼用といったほうが相応しい。

 厄介なのは使い手の魔力を反芻、増幅する能力だ。聞いた話では、ナンシーは技術や知識は豊富でも魔力は貧弱だって話だけど。魔族でもこれほどの規模と威力で風を起こせる術師は少ない。

 おそらくは、ミストルティンがリンゼイとナンシー、二人分の魔力をその刀身で反芻し、束ねている。


「簡単に倒れないでよ。本当の戦いは、これからなんだから……!」


 ナンシーの言葉に、耳を疑った。

 どういう意味だろう? 私との決闘は、まだまだ序の口に過ぎないってこと?


 しばらく防いでいると、だんだんと風は弱まって攻撃は止んだ。

 ナンシーは――――。私がレーヴァテインの陰から顔を出すと、ナンシーはよろけてその場に膝をついたところだった。


「……完成、よ」


 地面にミストルティンを突き立てるナンシー。

 それを見て、私は確信した。ナンシーの目的。「本当の戦い」という言葉の意味。


 閉じられていた二対の翅が、両方とも開いている。

 あれは、ミストルティンに魔力が充填された証だ。


「ゼルヒャ!」


 立ち上がるのもやっとのはずのナンシーが、ミストルティンを投げる。

 それを目で追うと、飛んで行った先は民家の屋根の上。


 ゼルヒャ・ノネットがそこにいた。

 飛んできたミストルティンをおずおずと、しかししっかりと握ったゼルヒャ。


「ゼルヒャ……。私たちの魔力、全部あなたが使って……!」

「お姉ちゃん……っ」


 ゼルヒャは空に向かって、ミストルティンを掲げる。

 空はたちまち荒れ狂い、広場を吹く風もめちゃくちゃな乱流になって、私がばら撒いた炎をかき消してしまった。


「……なるほど。ミストルティンを全力で振るうには、一人分の魔力じゃ足りなかったってわけね」

「そうよ。だからリンゼイと私で、魔力を注いでミストルティンを『完成』させた。あなたがどんなに強い冒険者でも、三人分の魔力を振るう今のゼルヒャに勝てるかしら?」


 このナンシーという女。妹だけじゃなくて、自分をも捨て駒にしているとは。恐ろしいことを考える。


「お姉ちゃんたちの力、無駄にはしない!」


 ミストルティンを横薙ぎに振るうゼルヒャ。

 轟々と、すさまじい竜巻がミストルティンの刀身から噴き出し、地面を撫でていく。巻き上げられ、吹き上げられ。石畳は崩れ噴水は割れ。植わった木々や草花も、吹き飛ばされまいと踏ん張るだけで精一杯になっていた。

 脱力して倒れたナンシーはどこかに飛ばされていき、私はなんとか広場から逃げて民家の陰に隠れる。


 さっきのナンシーの起こした突風の比じゃない。

 姉妹が三人とも魔族だったら、膨大な魔力のせいでこんな嵐程度では済まなかったに違いない。天変地異を起こすことだって不可能じゃないはずだ。


「リズさま」

「うわぁ!」


 隠れた物陰に何故かファルがいたので、びっくりして尻もちをついてしまった。

 着ている給仕服のスカートやらエプロンやらがゼルヒャの起こした嵐でバタバタはためいているのに、ファルは平然とお辞儀をしている。


「お手をお貸ししましょうか」

「そうね、お願いするわファルシア。あのナンシーって女を助けてきて」

「……はい? 聞き間違いでしょうか、あの決闘相手を助けろ、と仰いましたか」

「そうよ」

「敵に利する行為を、ファルにしろと仰せなのですか」

「そうよ。私の命令、聞いてくれるかしら。ファル」

「……仰せのままに」


 ファルは不服そうに頭を下げた後、粉々になって水を垂れ流すだけになった噴水に向かって手をかざした。

 【水】の聖剣――――ファルは水を自在に操るその力で、水を一本の命綱に作り変えて物陰を飛び出した。ゼルヒャの起こす風に乗り、木々を伝いながら。脱力したナンシーが飛ばされていったであろう風下へ向かっていく。

 これで仕込みは大丈夫、かな。ファルを信じよう。


「……あとは」


 ゼルヒャをどうにかするだけ。

 私は拳を握りしめて竜の力をもう少しだけ解放する。翼と角、それから尻尾が生えて、手足が鱗を生やした姿。竜人態になる。

 ゼルヒャを止めるなら、全力の十分の一だけあれば十分だ。

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