#5
聖剣の勇者、天路アキラの抹殺。私とファルの復讐の旅は、終わりを迎えた。
バイリンの案内で、私とファルはもとの世界に帰還した。
あの何もない、草原だけがどこまでも広がる新大陸に。
「終わったわね」
「終わりましたね」
ちょうど、太陽が沈むところだった。二人で並んで地平線を見つめながら、手を握り合う。
血のように赤い光を空に広げる夕陽。その赤色は、私たちの起こした惨劇を思い出させる。
夕陽が沈めば、夜が来る。
ならば、血の惨劇の後に来るものは――――
「リズさま。ファルとの約束、覚えておいでですか」
「ええ、もちろん」
「すべてが終わったら……ファルと一緒に、穏やかに暮らすと」
「ええ、そうね」
「リズさまっ!」
手を解いたファルが、がばっと抱き着いてきた。
最近はばたばたしていて、一緒に寝る機会が少なかったせいもあるけれど……ファルの体が暖かくて、柔らかいのを今更思い出した。
このぬくもり……手放したくはなかった。
「これからは、ファルだけのリズさまでいて下さい」
「そう……そうできれば、よかったわね」
無理やりにファルを振りほどき、翼を出して空に逃れる。
呆気にとられたファルが、両手を呆けさせたまま、私を見上げていた。
「リズさま……?」
「ファル。私は貴女に命じたわね。貴女は私の道具になりなさいと」
「ファルはいつでも、リズさまのためだけに戦います」
「ならば命じます、ファルシア・ファーヴニル。貴女は赤竜エリザベス・イラウンスの『剣』として、最後の役目を果たしなさい」
大きく息を吸う。
「――――あなたの主、私を殺しなさい、ファルシア」
沈黙が流れた。
私がレーヴァテインを抜くと、ファルはようやく言葉を喋った。
「リズさま……? 何を仰っているのです?
これからはファルと二人、穏やかに暮らしてくださるのではないのですか?」
「いいえ、それはできないのファル。ごめんなさい」
バイリンから貰った能力「爆血燐光」を発動する。
全身から炎が噴き出し、紫がかり始めた空を照らした。
「見なさい、この禍々しい姿を。
私は禁忌を犯した……勇者を倒したい、貴女を失いたくないと思うあまりに、あのバイリンに魂を売ってしまった。
この力は、この世界にあってはならない……悪魔になった私を討伐し、貴女が英雄になるのよ。ファルシア・ファーヴニル」
一気に急降下して接近。レーヴァテインを振るって、ファルを襲う。横薙ぎに振るった大剣を、ファルは水の膜で防いだ。
けれど、レーヴァテインの纏う炎は防げても、鉄塊となった剣そのものは防ぎきれなかった。ファルはふっ飛ばされて地面を転がる。
「ファル。戦いなさい」
「リズさま……やめてください! やっと、やっと終わったんです。復讐が!
これからはリズさまの夢だった冒険者だってなんだって、できるじゃないですか!」
「それは不可能よ、ファル。
私の旅は、血に塗れすぎた。復讐のために、多くの命を、幸せを、願いを轢き潰してしまった。私が生きることは許されない」
でもファルは違う。
ファルは獣人だ。私の復讐に加担していたことだって、使用人として従わされていただけだっていえば、いくらでも言い訳がつく。
私のファル。命よりも大切な子。ファルのためなら、私はどうなったっていい――――この命も惜しくはない。
「ファル。貴女が私を殺せば、貴女は世界を救った英雄になれる。貴女は英雄として、この先の未来を生きるの」
「いやです!」
ファルが立ち上がった。目に、涙を浮かべながら。
「そんなの、いやです……!
ファルは、ファルはリズさまと一緒がいいんです!」
「聞き分けの悪い子」
瞬時に近づく。
流水の剣を出さないファル。私は無防備な彼女の首を掴んで持ち上げた。
「リズ……さま……」
「ファル。どうして私があなたに『ドラウプニル』を与えたんだと思う?」
「へ……?」
「水の聖剣は火の聖剣の鍔として填めこまれて封印されていた……それは、ドラウプニルの力が、レーヴァテインを抑え込むものだったから。
最初から、私はこうするつもりだった。復讐を果たした後、ファルには私を殺してもらうつもりだった。水の聖剣が火の聖剣を制す。これが自然の摂理なのよ」
「そんな……! それじゃ、それじゃ! あの時ファルに言ってくださった言葉は、ウソだったのですか!
復讐から解放されたら、ファルと一緒に生きてくださると! また一緒に暮らしていただけると!」
「ええそう。ウソよ」
「オリヴィアとの約束は……? オリヴィアは、リズさまの帰りを待っているのですよ……⁉」
「私、ウソつきなのよね。ああやって人を騙すの、得意なの」
「リズさま……!」
「ファル。あなたは獣人よね。主人の命令は絶対よ。
主として命じます。私を殺しなさい! ファルシア・ファーヴニル!」
ファルを投げ捨てる。
草原をばたばた転がったファルは、上半身だけを起こしてげほげほ咳き込んだ。
「イヤです! ファルがリズさまに刃を向けるなど……!」
「私が理性のない怪物になれば、貴女もそんな気持ちにはならなくなるかしら」
レーヴァテインを地面に突き刺す。
溢れる無限の炎が、新大陸の大地を引き裂いていく。このまま真下まで炎を伸ばしていけば、きっと大地の底まで掘り進められるはずだ。
「リズさま、何を……?」
「大地の息吹をちょっと刺激するのよ。もうすぐここに火山が生まれる。溢れる溶岩はこの地を覆うでしょう。
洪水なんかの比じゃない……無数の命が失われる」
「……っ!」
「それでも私を斬らずにはいられるかしら、ファル?」
割れて炎を噴き出す大地から、ごごごごご、と地響きの重低音が溢れた。
もう止められない。この火山活動は、もうレーヴァテインだけの力じゃない。
ファルはゆっくりと立ち上がり、流水の剣を作った。
潤んでいた瞳。瞼を閉じて一呼吸。開いたファルの瞳は、涙を振り切って決意に満ちていた。
「そう。それでいいのよ、ファル。これは運命だったの。避けられない運命。
復讐のためにいくつもの命を奪ってしまった私は、破滅しなければいけないの」
「リズさまッ! お覚悟っ!」
跳び上がるファル。
振り降ろされる流水の剣が、レーヴァテインを握る私の右手を切り落とした。
そう、それでいい。
そのまま、その水の剣で私の心臓を――――。
だけど、ファルは私の予想外の行動をした。
流水の剣を消すと、ドラウプニルを手首から外し、レーヴァテインの柄に通したのだ。
ドラウプニルから流れ落ちる水が大地を冷やし、噴き出していた炎を消していく。
火の聖剣レーヴァテインと、その力を封じる水の聖剣ドラウプニル。二つの聖剣は、あるべき姿に戻ったのだ。
だがそれでも、地響きは収まらない。
私はもう、大地の蓋を開けてしまっている。感じる――――地の底から湧き上がる、強大なエネルギー。火山が、生まれようとしている。
地響きは、だんだんと大地の震えになり、そして地震となった。ぐらぐら揺れる大地の上で、ファルがよろけている。
私は咄嗟に能力を切り、翼を出して空を飛んだ。ファルを拾い上げ、上空へ避難する。
☆ ★ ☆
大地がせり上がり、赤橙色の溶岩流があふれ出す。
その場に新しい火山が出来るまで、1時間もかからなかった。溶岩流は新しく出来た山の麓辺りで止まり、それ以上へは広がらない。
レーヴァテインの力をファルが封印したことで、被害は最小限に食い止められたようだ。
揺れの収まった山の中腹に、ファルを下ろして私も着地する。
草原はなくなって、溶岩が冷えて固まったと荒々しい岩がそこかしこでごうごうと煙を吐いていた。
レーヴァテインとドラウプニルの姿はそこにはない。溶岩流に巻き込まれて、埋まってしまったのかもしれない。
「リズさま。ファルはもう、水の聖剣を持っていません。殺せと命じられましても、ファルにはリズさまを殺す方法がありません」
「そうね」
「聡明なリズさまなら、ファルに不可能な命令などされませんよね?」
「……そうね」
「リズさま。ファルと一緒に生きて下さい」
「それは無理よ。私は多くの命を奪いすぎた」
「それはファルも同じです」
「いいえ。奴隷の犯した罪は主人の罪。ファルは何も悪いことはしていないわ。悪いことをさせた、私の罪なのよ。
貴女だけは社会に戻れる。幸せになれる。貴女は何も悪くない。命じられるままに、人を斬っただけなのだから」
「いい加減にしてくださいっ!」
ファルが怒鳴って、思わず私は委縮した。
「ファルの幸せを、勝手に決めないでください。リズさまのいない世界で一人で生きるなんて……そんなの、ファルはイヤです!
リズさまはずっと、ファルのことを妹のように可愛がってくださいました。でもファルはずっと、同じ妹でも、シンディさまとは違うと思っていました」
「そんなことはないわ。シンディもファルも、私にとっては可愛い妹で、大切な家族よ」
「だったら、ファルのわがままを聞いていただけませんか。姉として。
リズさま。ファルと一緒に生きてください。リズさまの罪、ファルも背負って生きていきます」
「私たちは勇者を屠った大罪人よ。七聖剣も行方が分からないだけできっと生きている。きっと復讐に来るわ。
平穏な未来なんてないのよ。私の生きる未来には、きっと地獄が待っている」
「かまいません。元よりこの身、この命。イラウンス家に捧げるとファルは誓いました。
リズさまの死出の旅、地獄の果てまでも、ファルはご一緒します」
ファルの体を強引に抱き寄せて、唇を合わせた。
びっくりして固まるファル。それでも、すぐに緊張はほどけ、ファルはとろけた舌を私に絡ませてきた。
主に口答えする、悪い舌だ。
今日は徹底的に、お仕置きをしなければいけない。




