#4
エリザベスは家族の仇、天路アキラとの決戦に挑む。
これは正義ではない。
彼女が為そうとしていることは、ただの殺人である。
復讐という名を借りた、ただの八つ当たりである――――
故郷へ戻ってきたアキラは、バイリンと何か話した後で剣を空に翳した。
一体何をしているのか……。その様子を少し離れた建物の屋上から見ていた私が詳細を知るまで、数分もかからなかった。
「リズさま、上です!」
ファルの警告を聞いて、上を見上げる。細長い金属片が、ビュンビュンと超高速で降ってきた。
「ファル、作戦通りに」
「はい、リズさま」
ファルは水をロープみたいにしてビルからするすると降りていった。
私は変身を一部解いて竜人形態になり、空を飛んでアキラのほうへ向かっていく。私たちが離れて数秒後、無数の剣が空から降ってきて、私たちが立っていた場所を刺し貫いた。
己の分身を無限に生み出せる【覇】の聖剣「グラム」。剣としての能力だけでなく、その力は索敵にも隙が無い。
縦長の建物、その隙間を縫って飛んでいく。足場にしようとしたら、砕けて崩れてしまった。
脆い建物――――この世界の住人は、こんなところに住んでいるのか。
アキラの視線がこちらを向いている。速度を上げて、私は一気に突っ込んだ。
「天路、アキラッ!」
竜人態のまま、レーヴァテインを上段に構えてアキラのいる場所に急接近する。
振り下ろしたレーヴァテイン。だけど、アキラはそれをグラムであっさりと受け止めてしまった。
聖剣同士の衝突する衝撃波が、周りの空気を震わせた。重量も、パワーも。並の人間なら、防ぐだけで剣を握る腕の骨が折れるはずなのに。
「お前がエリザベス・イラウンスだな!」
「いかにも……。我が一族の命、未来をを奪った罪。死をもって贖ってもらう!」
「いやだね!」
アキラがグラムを振りぬく。
擦れた聖剣同士の間に火花が走った。私はあえなくふっ飛ばされ、距離を取って着地した。
竜であるはずの私が、人間ごときにパワーで負けている?
「驚いてるみたいだな。たかが人間が、竜に力で勝つはずがないと思ってるんだろ。
だから嫌いなんだ、お前みたいなヤツが。
お前は竜に生まれた。力に恵まれているんだ。その恵まれた力があれば、何でも思い通りになると思ってる」
もう一度、レーヴァテインを構えて突撃する。
私の全力と、レーヴァテインの重量を乗せた渾身の攻撃。でもそれを、アキラは易々とガードしてしまう。
「じゃあ貴方は何なのよ! 『転移者』として、私たちの世界を蹂躙して! 貴方だって、同じでしょうが!」
「俺の力はお前のとは違う」
体を蹴られて距離を取られる。続けてアキラが剣を振るうと、アキラの背後から現れた無数の「グラム」の分身たちが、私目掛けて飛んできた。
なんとかレーヴァテインを盾にして身を守るも、全部は防ぎきれなかった。頬や手を聖剣の分身にスパスパ切り裂かれ、ちらりと血が流れ落ちた。
「この力は『お詫び』として貰ったんだ。ずっと、才能に恵まれなくて苦しんでた俺が、自分の人生を取り戻すために。
お前みたいに、何の苦労も苦痛もなく、生まれながらに貰っていた能力じゃない。
俺のこの力は、大いなる使命のために貰ったものなんだ。特別な才能なんてなかった、俺のために」
「だから、何もかも自分の思い通りにしてもいいっていうの⁉ 自分は転移者で、力を持つ理由があるから!」
「そうだよ」
「私の世界は……お前の遊び場じゃないッ!」
レーヴァテインの刀身を開く。
噴き出す炎が、飛んでくるグラムの分身体を薙ぎ払った。
「天路アキラ、私はお前に、私と同じ苦しみを味わわせてあげる。
まずはお前の故郷、この地を焼く!」
下段に構えたレーヴァテイン、噴き出す炎を極限まで高めて圧縮していく。
私の全身から放出される熱気が、近くの手すりを融かした。
刀身がかたかた震えている。レーヴァテインの放つ炎は、いつまでも封じ込めておけるものじゃない。
「死ねっ、勇者ぁッ!」
下段から上へ切り上げる。封じ込めていた炎が一気に放出され、巨大な光の刃となって世界を切り裂いた。
アキラは防ぐのを諦めたみたいだ。横に跳んだ彼の背後で、光の刃が舐めた大地から、空まで貫く巨大な火柱がずらりと並んだ。
この街にはどのくらいの人が住んでいるんだろう。今の一撃だけで、ざっと数百は命の火が消えたのを感じる。
「……避けると人が死ぬわよ」
「それがどうしたんだよ。俺にとっちゃ、こんな世界なんて。いくら焼かれようが、知ったこっちゃないね」
この反応は意外だ。故郷を焼かれても何も感じないなんてことが、あるんだろうか。
「そう、じゃああなたが音を上げるまで、私はこの世界を焼く」
翼を広げて、空へ上がる。
いくら身体能力が強化されていても、空は飛べない。アキラは黙って立ったまま、私を見送った。
◇ ◆ ◇
ひとしきり暴れてみても、私の気分は全く晴れなかった。
火を放ち、住居を斬り。たくさんの命を奪っても、気分はもやもやするばかりだった。
この世界は、天路アキラの故郷じゃないのか。故郷をこんな地獄にされて、苦しまない人間がいるのか。
「あーそりゃぁねぇ。アキラくんはこの世界のこと、でら嫌っとるがね」
またも神出鬼没に顔を出してきたのは、バイリンだ。
「アキラくんなぁ、『自分の人生が上手くいかなかったんは、特別な才能がなかったから』って信じとるんやよ。だから、特別な能力が与えられる『転移者』であることに拘りを持っとる」
「その、特別な力を与えたのはアンタなんでしょ」
大きな池の上、翼を広げると、水面に私の姿が映った。
背後でニヤニヤしている、バイリンの姿も。
「アンタはいつだって弱いものの味方。だから弱いアキラに味方して、超常の力を与えた」
「ウチのこと、恨むけ?」
「そうね。外の世界からアキラみたいなのを連れてきて、身に過ぎた力を与えて世界を引っ掻き回す――――悪趣味ではあると思うけど。私は貴方を責めるつもりはないわ。
シンディが死んだのはアキラのせい。アキラに力を与えたもののせいじゃない。
聖剣と同じよ。強大な力は、どう使うかが大事。聖剣の力をよりよいことに使う人間こそ、真の聖剣使いに相応しいようにね」
「おねーさんはどうなん?」
「私はバケモノよ。聖剣の炎で人を殺してるもの」
ひゅっ、と風を切る音がした。
飛んできた砲弾を、拳で切り払う。打ち払った砲弾は池に落ち、バシャンと大きな水飛沫を立てた。
砲弾が飛んできたほうを見ると、見たこともない形状の何かが、池のほとりにずらりと列を作っていた。
鈍重な鎧のような外観。四つ足のイノシシを縦に潰したような体と、細長い首のような筒。一瞬ケモノかと思ったけど、足はなく馬車のような車輪がついている。バイリンはそれを見て「戦車のお出ましやねぇ」とつぶやいた。
「この世界を護る兵士……みたいなもんきゃね」
「あれもアキラの配下なの?」
「違ぁーよ。ゆうたやん、アキラくんはこの世界を恨んどるゆーたでしょー。アキラくんはこの世界じゃ、底辺も底辺」
「……え?」
「『ニート』ってやつやね」
砲弾よりも少し小さい、金属製の弾が飛んできた。
あれは知っている。「銃」だ。無数の銃弾が降り注いだけれど、私の竜の皮膚や鱗は、そんな貧相な武器では傷もつかない。
「うるさいわね、あれ――――」
いくら効かないといっても、銃弾でしこたま撃たれるのはいい気分じゃない。殲滅しようと私がレーヴァテインを担いだ瞬間、すぱすぱと突然「戦車」がスライスされて、辺りに悲鳴と血しぶきが広がった。
ファルだ。池のほとりで私を待っていたファルは、何十もの戦車を水の刃で一瞬のうちに切り刻んだ。
爆発する戦車。逃げていく兵士たち。私は竜人態のままファルが暴れた跡に向かい、逃げ遅れて地面に転がった兵士の一人を見下ろした。
「ば、バケモノめ……!」
「……そうね」
バイリンに貰った「能力」を発動する。
全身の血が炎になって噴き出した私は、指から垂らした炎を瀕死の兵士に垂らす。
悲鳴を上げて焼け死ぬ名もなき兵士。燃え尽きた彼の体と、灯した炎は私の体に還る。
ここだけでざっと100人。炎になった命が、私の体に加わった。
「リズさま」
ファルは私の後ろに控えて、傅いていた。
「いかがでしょうか。この場所は」
「素晴らしい仕事ね、ファル」
私が勇者と戦っている間、ファルには彼との決戦の地を探してもらっていた。
ウェラニウス山のカルデラ湖――――私がシンディを看取った場所。勇者を同じ目に遭わせて殺すには最適の場所だ。
ここには山はない。けれど、大きな池のほとりに広がる公園は、シンディがこと切れたあの場所を思い出させた。
――――エリザベス・イラウンス!
ウワサをすれば。勇者天路アキラがおいでなすった。
グラムを手にしたまま、戦車の残骸や兵士の死体が転がった公園を、ずかずかとこっちに向かって歩いてくる。
「エリザベス・イラウンス! お前、俺の妹を……アスカをどうした!」
「殺し損ねたわ」
ファルに合図して、ポーチからアスカの切り落とした左腕を受け取る。
足元に放り投げてやると、アキラは動揺してわなわな手を震わせながら、アスカの左腕をのっそりと拾い上げた。
「貴様……! よくも俺の、俺のアスカに!」
「言ったでしょう。貴方には私と同じ苦しみを味わわせるって。故郷を焼き、家族を殺す。これで私の復讐は済んだわ。
こっから先は、妹の……シンディの復讐よ。貴方がシンディにしたこと、その痛みを貴方にも与えてあげる」
アスカの左腕を投げ捨て、グラムを構えて突っ込んでくるアキラ。
私もレーヴァテインで迎え撃つ。擦れる刀身が、悲鳴を上げた。
「まずは左目」
アキラが怒りで見開いた目に、水の針が深々と刺さった。
ファルが私の背後で、流水の剣を構えている。斬撃を飛ばす要領で、水の針を飛ばしたのだ。
「がぁっ!」
「次は歯」
目を潰されて大口を開けたアキラ。私はその口の中に無理やり左手を突っ込み、下あごを掴む。
力任せに引っ張って、アキラの下前歯をへし折る。
「うがぁッ!」
口から血を吐いてよろけるアキラ。だがなんとか踏ん張り、グラムを振るって、無数に増えた剣の分身を撃ってきた。
私が避ければファルに当たる。それを見越したんだろう。
それは計算済だ。私は避けることもなくグラムの分身を体に受ける。
ばすばすと全身を刺し貫かれる。けれど、今の私は、炎が途切れない限り命を失わない。
「ひね、赤竜ッ!」
私の心臓を、アキラの握ったグラムが貫く。
勝ったと油断したアキラの緩んだ顔は、私に手首を掴まれて一瞬で崩れた。
「右腕」
私の肩を足場にジャンプしたファルが、私たちの頭上で宙返りしながら流水の剣を振るう。
ファルがアキラの背後に着地すると、流水の剣で斬られたアキラの右腕が、ぼとりと地面に落ちた。
「があああああぁぁぁッ!!」
動脈を斬られ、とめどなく噴き出す血に動揺するアキラ。
私はアキラの悲鳴など無視して、次の指示をファルに与える。
「左脚」
ファルの流水の剣が、今度はアキラの左足を切り落とした。
グラムを握っていられなくなり、アキラはよろけてその場に倒れる。
突き刺さったままのグラムを引き抜いて投げ捨て、私とファルは、アキラの前に膝をついた。
次にやることは、決まっている。私は指の鋭い爪で、仰向けにしたアキラの額、髪の生え際をなぞって浅い傷をつけた。
「や、やべでぐれ……ごろざないで……」
「シンディは死の間際に命乞いをしたのかしら?」
「うぅ……いやだ。じにだぐない……なんでも、ずるがら……」
「質問に答えなさい。シンディは命乞いをしたの?」
「お、覚えてない、そんなこと……」
一旦アキラから目を離し、ファルと視線を通わせる。
「……ファル、今コイツ何か言ってなかったかしら」
「すみません、ファルは何も覚えていません」
「そうよね。私もよ」
爪を滑らせ、皮膚と骨の間に入れる。そのままべりべりと、私はアキラの顔の皮を剥いでいった。
「あああああ!! ぎゃあああああ!!! わぁぁあああ! やめ、やめでぐれぇ!」
「痛いかしら。苦しいかしら。それが貴方が、シンディに与えた苦しみよ。存分に味わいなさい」
「ぐが……いやだ……俺は、俺はまだ……!」
「まだ死ねないって? そうね。楽には死なせないわ」
アキラの皮を剥いだ顔の上に、私は手を翳した。
命の炎がアキラの顔を覆い、激しく燃える。アキラを苦しめるために、さっきの兵士たちから集めたなけなしの「命」だ。
「ああああああ!! あつい、あついいいいい!!」
「貴方にも少しだけ、炎の命を分けてあげる」
アキラの血が炎に変えられた。全身を焼かれるアキラはもう、私の声など聞こえていない。
「その醜い姿で、全身を炎で焼かれながら生きるか。それとも――――」
アキラの残った右目が、そこにある池を凝視した。
全身を炎に焼かれた男。彼が目指すものは――――
私が引導を渡す必要はなかった。
残った手足で藻掻くように這ったアキラは、自ら池へと飛び込んだ。
命の炎を、自ら消すために。




