#6
ファルと分かれた後、道具屋で剣を二本見繕い、私はイフェルス城壁外の空き地へユズリハを捕まえて引っ張っていった。
元は農地だったのだろうか。森を切り開いた跡はあるけれど、何か作物が育てられているようには見えず、足首丈の草がまばらに生えているだけだ。
明日の決闘に向けて、肩慣らしをしておきたい。本当はファルに相手をしてもらうのがベストだけど、今はノネット三姉妹を追わせるのが優先だ。ユズリハなら丁度手が空いている。
それと実はもう一つ、この女について確かめておきたいことがある。
「背中のそれは使わないんですか」
「本気出したら剣ごと斬っちゃうわよ」
レーヴァテインは背中から下して地面に突き刺した。
ユズリハに与えたのは駆け出し冒険者が使うような、何の謂れも能力もない、ただの鉄製の片手剣。私の手にあるのも同じものだ。レーヴァテインでは刀身ごと斬って大惨事になってしまう。
「昨日、剣捌きを見せてくれるって言ってたわね」
「えー」
「ちょっと見せてみてよ」
重さ、長さを確かめるように、ユズリハは剣を掴んだ腕を上下左右に、また手首を使ったひねりを与えて弄び始めた。ひとしきり感覚を掴むと、「よし」と小さく頷いて構えに入る。
中段、切っ先を私の方に向け、刀身から柄までを水平に携えている。
肘を縮めた、突きの構え。だけど、上段にも下段にも、防御にも瞬時に移れる、隙の小さい構え。初心者の動きではない。
「心得はあるみたいね。てっきり、路銀を盗まれた冒険者ってのもウソだと思ってた」
「怪我しても知りませんよ」
一方で、腕をばねのようにしならせて放たれる突きは、瞬発力はあってもその攻撃は軽い。
まして、武器はどこにでもある鉄製の片手剣だ。もし仮にユズリハが見た目よりも相当腕が立つ達人であったとしても、防ぐことは容易い。
ユズリハが踏み込む。
やはり一撃目は、素早い突きだ。それも、常人ならば瞬きの間に突き殺されてしまうほどの神速。私はそれを、剣の腹を当てて切っ先を反らし、回避する。
擦れた鋼鉄が悲鳴を上げ、火花を散らした。
「今の攻撃を防ぐなんて。エリーさんもただのお嬢様じゃなさそうですね」
「……貴女も、ただの冒険者じゃないわね」
竜の鋭い感覚がなければ、ユズリハの一撃を躱すことはできなかった。
「突きを基本にした剣術……ユズリハ、貴女のその名前は偽名ね? 貴女の本当の名前はイェルマー。『七聖剣』第一席の女」
【風】の聖剣使い、ハーフエルフの女。
路銀や装備一式を盗まれたというユズリハ。太刀筋からして、おそらく彼女の得物はレイピアだ。
そしてミストルティンを持っていたノネット姉妹は路上窃盗犯。ユズリハが聖剣をノネット姉妹に盗まれたのだとすれば、すべて辻褄があう。
「もう一つ」の理由はそれだ。私はそれを確かめるために、今日ここへユズリハを連れてきた。彼女の正体は「七聖剣」――――倒すべき敵なのではないか。
ユズリハは言葉を返さず、ただにやりと笑った。おそらくそれは「肯定」だ。
半歩引いてまたも突きを繰り出すユズリハ。私はそれを後ろへ跳んで回避する。着地した私を狙って、もう一度突進突きを繰り出してきた。
火花が散る。私の剣はもう刃こぼれし始めたのに、ユズリハの剣は鋭さを保っていた。
「私を騙したの?」
「いいえ。ウソは言っていませんよ。『ユズリハ』も『イェルマー』も私の名前」
ひとしきり突きで私の剣をぼろぼろにしたユズリハは、大きく後ろへ跳んで距離をとった。
今度は構えを変えている。下段に、切っ先を伏せるような構え。構えは隙だらけのはずなのに、ユズリハの佇まいには一切の隙がなかった。
「アキラさんにもらったんです。私の、大切な名前。ユズリハ・イェルマー」
「……どうりでヘンな名前だと思ったわ。だってこっちの国の言葉じゃないもの」
ユズリハの構える剣、その切っ先が震えている。
どれだけ顔では平静を装っても、太刀筋に感情は現れるものだ。ユズリハは距離を詰めてきたが、その剣捌きにはさっきほどの鋭さはない。
荒々しい、怒りを載せたものだった。
「……あなたも、聖剣使いなんでしょう。エリーさん!」鍔迫り合いの最中、ユズリハは私に顔を近づけてきた。「あの大剣……ただの鉄塊じゃない。凄まじい魔力……聖剣。いえ、あれは『破壊衝動そのもの』といっていい」
「あら、迂闊なくせに変なところに目がつくのね」
「答えてください。あなたはどうやって、あの聖剣を手にしたのか……! アキラさんが、あんな危険なものを作るはずがない!」
「あれは、本物の聖剣よ。『神代遺物』、【火】の聖剣、レーヴァテイン。貴女たちが使っているような、子供の玩具とは違う本物の聖剣」
「遺物なんか持ち出して、エリーさんは何がしたいんですか!」
勇者アキラ抹殺のため。
だけど、こんなところで真意を口走るほど、私は愚かではない。
「……婚活よ」
「…………」
「……」
「…………え?」
「父の命令でね。『この世で一番強い男と子を為せ』って。この世で一番強い男っていったら勇者、天路アキラでしょ。聖剣を持って旅してれば、いつか会えるかもって思ったの」
ユズリハが剣を引く。
構えが解けた、その隙を上段から打ち込む。
私にユズリハのような剣術はいらない。力任せの一撃、それだけでいい。竜の力で振るう渾身の一撃は、まともに剣で受ければ腕の骨を砕く。
ユズリハは私の一撃をひらりと左へ躱した。それを追って、横薙ぎに剣を振るう。レーヴァテインの刀身の長さなら避けられない間合い。だけど、今日は片手剣だ。私の一閃は後ろに跳んだユズリハの胸の前で、虚空を斬る。
「貴女には、アキラのところまで案内してもらうわ!」
「……いいでしょう。でも、この街ではまだやるべきことがあります!」
地面に手をつき、倒立回転で距離をとったユズリハ。
私はその間に、地面に突き立ててあったレーヴァテインの刀身に、持っていた片手剣を擦り合わせた。
キリリと嘶く鋼鉄、発した火花はどんどん大きくなって、片手剣に炎を灯す。
昔から魔法は苦手だった。でもレーヴァテインがあれば、こんな風に尽きることのない魔法の炎を剣に灯すことだってできる。
上段からの打ち下ろし。鉄の剣は虚空を切り、灯された炎はその切っ先から飛び出す。
一筋の光。あるいは激しいエネルギーの奔流。もしくは、炎の体を持つ大蛇。その口を開いてユズリハを飲み込もうとした炎だったけど、ユズリハもただで私の一撃を食らうつもりはないらしい。
そろえた人差し指と中指を剣に押し当て、瞼を閉じて何かを呟いている。私と同じ、剣に魔法の力を付与しようとしている。
緑の光をまとう剣、それをユズリハがまくり上げるように空間を切った。
振り下ろされた剣から放たれた突風が私の炎を切り裂き、ユズリハの位置を境にして左右に分かれていった。
炎が止み、突風も収まる。
私とユズリハの手には、どちらも刀身を失い柄だけになった剣が残された。私の炎も、ユズリハの属性付与魔法も。ただの初心者用片手剣には耐えられないほどの威力があった。
「……やるべきことって、何かしら」
「エリーさん。ノネット三姉妹に勝ってください」
「『ミストルティン』を取り返せって?」
「いいえ」
ユズリハはきっぱりと言った。
「私は知りたいんです。どうしてあの人たちが、ミストルティンを必要としているのか。場合によっては、差し上げてもいいと思ってます」