#1
七聖剣最強の剣士、天路アスカを下したエリザベスは、ついに家族の仇、天路アキラにたどり着く。
フィエルとアスカが消え、私は地面に転がっていたアスカの左腕を拾った。
まだ微かに体温がある。肌は柔らかく、撫でてみるとさわり心地は絹のよう。私はかぶりつきたくなる気持ちを必死に抑えた。
「追わんのきゃ? アスカちゃんとフィエルちゃんこと」
「放っておきなさい」
くすくす笑いながら話しかけてきたバイリンに応える。
「バイリン。今の貴女は、私の味方なんでしょう。フィエルの聖剣の力を貴女が封じている限り、もう手出しはしてこないはず」
能力を切ると、私はいつもの竜人の姿に戻った。
すかさず駆け寄ってきたファルが、私の体に抱きつく。私もそれに応じ、抱きしめ返した。
「リズさま……」
「ファル。貴女はまったくもう……無茶なことして」
「申し訳ございません。ファルは、リズさまの下す罰ならば、どんな罰もお受けします」
「いいでしょう。ではファルシア・ファーヴニル。貴女には罰として私の道具になってもらいます」
「道具、でございますか」
「ええ、そう。私が『殺せ』と命じたら殺し、『守れ』と命じたら守る。意思を持たずに働く道具よ」
「はい、リズさま。ファルになんなりとご命令ください。ファルはリズさまの道具です」
「よろしい」
ぎゅっと抱きしめると、ファルはぬくぬくと暖かかった。
生きている。生きてくれている……それだけで、今は嬉しい。
私の手は、命を取りこぼすばかりの手だったから。このぬくもりだけは、最後まで失いたくない。
「おねーさん、おねーさん。ウチ、ちょっと提案がありゃぁすの」
バイリンが手招きをしている。
私は持っていたアスカの左腕をファルに預けた。空間拡張で何でも入れられるファルのポーチは、腕をしまっておくのに都合がいい。
「このまま新大陸を旅してアキラくんを探すんな、非効率じゃにゃぁのって思うんよ。
ほんでなー? ウチ、おねーさんとアキラくんのために、決闘場を用意したろて思って」
「決闘場?」
「そそ。アキラくんとおねーさん、二人が巻き添えなんか考えんで、本気で戦える場所やよ。どーでしょ」
「ええ、いいわ。その場に天路アキラも呼び出して、存分に殺し合おうってわけね」
バイリンが指で空間をなぞると。
虚空が切り裂かれて、異空間に繋がる穴が出来る。バイリンのセンジュツっていうのは、魔法よりももっととんでもないことができるらしい。
「さあ、行きましょうかファル。これが最後の旅よ」
「どこまでもお供します。リズさま」
大きく広がった空間の穴に、バイリンの後を追って踏み込んでいく――――
★ ☆ ★
私たちの目の前に広がっているのは、奇妙な土地だった。
白や灰色をした、真四角の塊がどこまでも広がっている。空気は淀んで煤けていて、鳥のさえずりも吹き抜ける風の音もない。あるのはゴウゴウ響く重低音と、雑踏の足音だけ――――
「バイリン、ここはどこ?」
隣にいるバイリンに問う。
「どこって、決闘場やよ?」
何を当たり前のことを聞くんだ、みたいな顔をするバイリン。
決闘場、なんていうから舞台のようなものでもあるのかと思ったけど。ここにあるのはどう見てもそういうのじゃない。目の前にある手すりに触れてみると、それは木製どころか石ですらない。剣のような――――手すりは金属で出来ていた。
「ああ、そっかぁ。おねーさんはこの国に来んの、初めてやったねぇ。
ここな、『日本』いうんよ」
「二ホン……?」
「うん、日本。まあ簡単にいうとやねぇ……アキラくんの、故郷!」
故郷。転移者に故郷なんてあるものか。
だって彼らは違う世界から来るんだから――――そこまで考えて、私は目の前の街並みに目を見開いた。
違う世界。
ここは私が知っている、どこの国とも似ても似つかない。それが、そもそも「世界」からして違うのだとすれば。
「リズさま!」
私の隣で手すりから顔を出していたファルが、手を伸ばして何かを指さしている。
「人、人がいます! あんなにいっぱい!」
ファルの指さす先に目を凝らす。
確かに人がいた。変な格好をした人間たちの頭、頭、頭。両手も広げられないほどにひしめき合っている。
亜人種はいない。一人残らずヒューマン族だ。市場の混雑にしては、今は日が高い気がするんだけど。
「まさかここって、本当に……」
「そう! ここはおねーさんのいた世界とは違う世界。アキラくんが生まれて育った、『異世界』やよ」




