#6
体を翻し、後ろから飛んできた短剣を切り払う。だけど弾き飛ばした短剣は、空中で向きを変えて再度突撃してくる。
一度投げたら、何度防がれようが相手を切り裂くまで飛び続ける短剣――――相手を必ず殺す、文字通りの「必殺」の聖剣だ。
これまでに何人、この方法で殺したんだろう。そんな血塗れの聖剣に『燦然たる流星』とは自惚れが過ぎるんじゃないか。
「死ねっ、赤竜!」
「私の命、貴女なんかに渡せるほど安くないわ」
飛んでくるグロリアス・シューティングスターを、私はしならせた尻尾で受けた。
竜の鱗は大抵の刃物では傷もつかないけど。相手は聖剣だ。刃は鱗を貫き、尻尾に突き刺さる。
痛い。
剣で刺されて痛くないわけがない。けれど食いしばって耐える。目論見通り、グロリアス・シューティングスターは私の怒張した筋肉で押さえつけられ、尻尾に突き刺さったまま止まった。
「何っ!?」
アスカに近づいた私は上段に構えたレーヴァテインを、落下のスピードを乗せて振り下ろす。
それを後ろ跳びで避けるアスカ。標的を失ったレーヴァテインは地面を抉った。
「私の聖剣が、防がれるなんて!」
「シンディは……勇者に殺された私の妹は、生きたまま手足を捥がれ目を抉られ、皮を剥がれた。
それに比べればこんな痛み、大したことない」
レーヴァテインを手に、ゆっくりとアスカに近づく。
「さあ、大人しく私に殺されなさい。
すぐに勇者もあの世へ送ってあげるわ」
「そんなこと、させるもんか……!」
アスカが短剣を構える。
既に三本は私の尻尾に刺さっていて、一本はアスカが壁から下りるときに糸を繋いで突き刺したので、城壁に残ったまま。アスカの手に残っているのは一本だけ。
手のひらに収まるくらいの刃渡りしかない短剣は、投げるには最適だけど剣と渡り合うには分が悪い。しかも私の得物はアスカの身長よりも長い大剣だ。誰がどう見ても、アスカの不利は明確に見える。
それなのに、アスカはまだ戦う意志を失っていない。私に絶対に勝てるなんらかの策があるのか、それとも自分が負けるはずがないという、若さ故の根拠のない自信か。
「お兄は私が守るんだ!」
「健気ね。だけど同時に、憐れだわ」
「なんだって?」
「憐れよ。勇者は。貴女みたいな小娘に護ってもらわないといけないなんて。
それに貴女もね。そんな、生きている価値もないようなクズのために、命懸けで戦わなければいけないんだから」
「そんなことない! お兄は勇者で、世界を救った英雄なんだ!
お兄が生きる世界を守るのが、私の、私たち七聖剣の使命なんだ!」
「それが七聖剣だっていうの? 勇者のために命懸けで尽くすことが?」
「そうだ! お兄のために、お兄の望むことをなんでもやる、そのために七聖剣はある!
私はずっと、望んでた……お兄が、私のお兄が英雄になれるときを! 世界の誰もが、お兄にひれ伏すときを!
それが叶ったんだ、この世界で!
お兄は世界を救い、英雄になった! もう誰も、お兄のことをバカにしたり、見下したりしない! そんなことをする奴は、この私が許さない!」
かきん。
竜の鋭敏な聴覚は、背後で微かに響いたその音を逃さなかった。
レンガに突き刺さっていたグロリアス・シューティングスターの一本が抜ける音。そして、アスカの意志を反映するかのように、私の首筋めがけて飛んでくる風切り音。
「もうすぐ最後の望みも叶う……お前を殺せば、全部解決だ。あとは私の夢を叶えるだけ。
私とお兄で、家族になるって夢を!」
「家族?」
「私たちのいた世界じゃ、兄妹で結婚なんかできなかった。面倒臭い、ホーリツってヤツのせいでね!
でもこっちじゃ違う。私はお兄と結婚できるし、子供だって作れる! お兄と私は、家族になれるんだ!
ユズ姉が果たせなかった夢――――お兄と幸せな家庭を築く夢は、私が果たしてみせる!」
夜伽……そんなことをグレースが言っていたのを思い出す。七聖剣は、勇者に付き従い聖剣を振るうだけじゃない。天路アキラのハーレムとして作られている、と。
ならば、七聖剣に入っているアスカも目的は同じだ。実の兄との近親婚。このアスカという女は狂っている。
「貴女は三つ間違ってるわ、天路アスカ」
「なに?」
「まず一つ。ユズリハの望みは天路アキラの幸せなんかじゃない。あの子の望みは、強者が弱者を虐げない、誰もが平穏に生きられる世界だった。
誰もがアキラにひれ伏すですって? そんなの、魔王の椅子に天路アキラが代わりに座っただけじゃない。あの子の望みとは反対よ。
死んだ者のもう叶えられない望みを、都合よく解釈して利用するのはやめなさい。
それから二つめ。こんな愚策じゃ、私には届かない」
背後から飛んできたグロリアス・シューティングスターの四本目を、私は尻尾で受け止めた。
アスカの顔が、みるみる青くなる。まさか、私が気づいていないとでも思っていたのか。
「そして三つめ。この世界は、貴女たち転移者のために都合よく作られているわけじゃない。貴女たちがどんな力を持って、どんな力を振りかざそうが、それに平伏しない者は必ずいる。
現に私がここにいる。
聖剣の勇者に命よりも大切なものを奪われた、復讐の焔竜姫はここにいる!」
レーヴァテインを構えて突撃する。
アスカは完全に怯んでいた。グロリアス・シューティングスターを構えてはいるけれど、その刃は恐怖に震えている。もう、彼女に私を打ち倒す策はないようだ。
「これで終わりよ」
レーヴァテインを振りかぶる。既にアスカは戦意を失っていて、持っていた短剣を雑に突き出し、頭を守ろうとしている。
渾身の一撃を、アスカの脳天めがけて振り下ろす。この子に恨みはないけれど。天路アキラに、私と同じ苦しみを与えるには。妹のこの子を殺してしまうのが最良の手段だ。
レーヴァテインの刃が、死を覚悟して瞼を閉じたアスカの頭蓋を、聖剣ごと打ち砕く――――ことはなかった。
何の予備動作もなく。アスカは一瞬にして私間合いの外、レーヴァテインの刃が届かない位置まで移動していた。私の振り下ろした聖剣は、むなしく地面を抉る。
「エリザベス・イラウンス!」
名前を呼ばれて、声のした方に振り向く。
崩れかけた民家の上で、目深に被っていた黒いフードをかなぐり捨てる少女がいた。渦を巻いたような角――――魔族の証だ。それも、勇者アキラに打ち倒された魔王の血筋の。黄金色の魔法陣が少女に従うように周りに浮かび、その手には自身の身長より長い柄の大鎌が握られている。
刃を下に、草を刈るように構えられた大鎌。だが、それが今刈ろうとしているのは草などではない。
「動くな。この子が、どうなってもいいの?」
「ファル……!」
後ろでに縛られた状態で座り、首を突き出したファルの喉元に、今にもその喉を切り裂かんと大鎌の刃が突き付けられていた。




