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聖剣の勇者 -復讐の焔竜姫-  作者: 96500C/mol
【星】のグロリアス・シューティングスター&【月】のカリスト
65/74

#5

 地下牢の通路でフィエルとファルが死闘を繰り広げる中、エリザベスは砦の外を囲う城壁の上にいた。

 吹き出した水が砦の中に広がり、大洪水を引き起こす。右往左往する獣人たちを眺めながら、エリザベスは大きくため息をついた。



「あの子ったら、まったくもう……」


 計画が台無しになった。


 獣人たちを巻き込まない代わりに、勇者への復讐には関与しない。それがアルとの約束だった。それをまさか、ファル自身が破ってしまうとは。


 計画は、途中までは順調だった。

 目論見通り、七聖剣の追手はファルに会いに来た。ファルのことだから、七聖剣と話して何か情報を掴むかもしれない。それを聞いてから動こう――――そういう作戦だったのに。

 まさか、ファルが洪水を起こして砦を破壊するなんて。


「……バイリン。聞こえてるんでしょ」

「やっほー。おねーさん元気け?」


 気配はない。けれど、呼べばきっと現れる。それがバイリンという女だ。


「これは貴女の差し金ね?

 アルに取り上げられているはずのドラウプニルを盗み出して、ファルに渡した」

「ふふ、おねーさん流石やねぇ。

 そのとーり。ファルちゃんにな、ちょーっとウチが知恵を貸したったんやよ。七聖剣を分断したれば、おねーさんが勝てる可能性も上がるって」

「余計なことをしてくれたものね」

「いやー、でもたまげたねぇ。ファルちゃんが洪水なんか起こして獣人ん国沈めっとするって、ウチ考えもせんかったんやよ?」

「貴女も手伝って。逃げ遅れている獣人を、貴女のその神出鬼没のセンジュツで助けるのよ」


 変身を一部解いて竜人態になる。

 翼を広げて、砦を取り囲う街並みの、水の溢れた小さな家々の上を飛んだ。

 ファルが何を考えてこんなことをしたのかは分からないけれど……。従者のしでかしは、主の責任だ。せめて、犠牲者は一人でも少なくするようにしないと。

 竜の目で見れば、微かな生命反応を探知できる。その数も簡単には数え切れなかったけれど、一人一人を救助して砦の城壁の上まで運ぶ。ダメ元で言ってみたけど、バイリンも協力してくれるらしい。ポンという音と共に煙を発して、逃げ遅れた獣人たちが次々城壁の上に転移させられていた。


 逃げ遅れた最後の一組。私は砦に近い民家の、屋上に縮こまった三人を見つけて降下していった。

 近づいてみると、一人だけ服装が違う。逃げ遅れた幼い狼獣人の仔たちは姉弟だろうか、相変わらず布を継ぎ合わせただけのみすぼらしい服を着ていたけれど、背を向けているその一人だけは同じく布を継ぎ合わせただけの服だけど、色は黒で面積が少ない。大胆に肌を露出した姿――――ひと目で分かった。こんな場違いなセンスの服を着ているヤツといえば、転移者と相場が決まっている。


 さらに、この場に転移者がいるとすれば。それは確実に、私を殺しに来た七聖剣の追手だ。


 私も民家の屋上に着地すると、獣人の仔たちが先に私に気が付いた。転移者の女も、こっちを振り向いた。


「お、お前は……!」


 転移者の女は、腰に差した短刀二本を抜いて、両手に握って構えた。

 私はそれに構わず、のしのし近づいていく。


「エリザベス・イラウンス! 貴様はここで殺す!」


 近づいた私は、転移者の女に右手を差し出した。握手でもするみたいに。


「今は貴女と遊んでいる暇はないの。早く脱出しないとその仔たち死ぬわよ」


 洪水は水かさを増し、すでに家々の一階を飲み込んでいる。屋上に水がやってくるのも時間の問題だ。転移者の女はどうでもいいけど、獣人の仔たちは助けたい。

 しばらく逡巡した転移者の女と、お互いに顔を見合わせた獣人の姉弟。先に動いたのが姉弟の方で、転移者の女の側をすりぬけ、私のところへ駆け寄ってきた。

 弟の方を背負い、姉のほうを脇に抱える。飛び立つ準備を整えたところで、私はもう一度、転移者の女に向き直った。


「貴女はどうするの」

「お前の、助けなんて……!」

「そう。じゃあここで洪水に飲まれるのね。運が良ければ生き残れるんじゃない?」


 翼を広げて、転移者の女に背を向ける。

 彼女が「待って」と声をかけてきたときには、私はもう床を蹴って少し浮いていた。


「やっぱり私も行く」

「最初から素直にそう言いなさいよね」


 くるりと体を翻し、手を掲げた転移者の女の腕を掴んで空へと引き上げる。




 城壁の上には避難してきた獣人が集められていた。

 簡素な鎧に身を包んだ兵士らしき獣人がだいたい1/10くらい、残りはその家族みたい。抱き合って生存を喜びあっているのもいる。


 そんな様子を横目に、私は水が引いた城壁内側の街並みを見下ろしていた。

 洪水は思ったより早く引いたけれど、乾燥レンガ作りの家は甚大な被害を被っていた。きっと、再建には何ヵ月もかかるだろう。


「助けてくれて、ありがと」


 横にならんで街並みを見下ろしているのは、あの転移者の女だ。

 腰に巻いた帯、そこに吊り下げた五本の短剣。気配でわかる。あれは聖剣だ。それも神代遺物じゃない――――天路アキラの【覇】の聖剣グラムに由来するもの。つまりは、この女が七聖剣である証。


「何で助けてくれたの、私はあなたの命を狙っているのに」

「ただの気まぐれよ。

 ……ううん、きっと。あの子のバカが感染(うつ)ったのね」

「あの子って……ユズ姉のこと?」

「ええ、そう。ユズリハならあの時きっと、手を伸ばしたと思ったから」


 私自身、なんでこの子を助けてしまったのか分からない。

 正々堂々、決闘で決着を着けたかった?

 いやいや、私はこの女の主を抹殺しようとしている仇だ。決闘なんてバカみたいなこと、応じるわけがない。


「ユズ姉は、そういう人だったよ。

 私のことも、本当の妹みたいに可愛がってくれた。ユズ姉こそ、七聖剣を束ねるに相応しい人だって思った」

「その判断が、ユズリハを死なせたのよ」


 ユズリハは剣の達人ではあったけれど、最強ではなかった。

 それがきっと、セリアの心を蝕み、ユズリハへの殺意を育ててしまったんだ。邪魔者なしにユズリハと戦えば、自分は勝てる――――その自負は彼女の暗殺計画に結実した。


「違う」転移者の女はこっちに向き直った。「ユズ姉が死んだのは、お前に関わったからだ」

「ユズリハを殺したのはセリアよ」

「知ってる。でももしユズ姉がお前に出会わなかったら……スルヴェート城になんか行かなかった。きっと今も、どっかの街で人助けしてた!」

「筋違いもいいとこね」


 私は転移者の女を無視して続ける。


「ここで手を引くのなら、見逃してあげる。私が殺したいのは天路アキラ、ただひとり。邪魔をしないのなら、あなたと戦う理由はない」

「私にはある」


 女は自分の聖剣を抜いた。

 五本のうちの一本、それを逆手に構えて。


「私はお兄に、この世界で再会できた。こんな奇跡、誰にも奪わせない」

「『お兄』……?」

「私の名前は天路アスカ。勇者天路アキラは、私と血のつながった、お兄ちゃんだ!」


 雷に打たれたみたいに、体にぞくっと鳥肌が立つのを感じた。

 勇者が兄。ということは、この転移者の女、アスカはただの転移者ではない。勇者天路アキラの血縁者、実の妹だ。


「お兄の幸せは、私が守る。

 お兄が幸せに生きられる世界を、私は作る!」

「……なるほどね」アスカに向き直って、お互いに視線をぶつけ合う。「妹。へぇ、なるほど。あの勇者にも妹がいたのね」


 背中のレーヴァテインを抜き、真横に振り下ろす。城壁のレンガが砕けて、小さな砂煙になった。


「私にも戦う理由ができたわ、天路アスカ。

 気が変わった。貴女を嬲り殺しにして、あの勇者に家族を惨たらしく殺される苦しみを味わわせてやる。

 生皮を剥いで剥製にして、この砦の入り口に飾ってあげるわ」

「……それがお前の本性なんだ、エリザベス・イラウンス。

 変身魔法でヒトに化けて、ヒトみたいに言葉を話して。それでもお前はヒトじゃない。お前の本性は、醜い化け物だ!

 人々を苦しめてきた、赤竜の末裔だ!」

「いいわよ。そこまで言うならお望み通り苦しめてあげる。死ぬほどね」


 アスカが短剣を投げる。

 左右対称、ひし形の全金属製の短剣。色は白みがかった銀色で、超常の武器であることが分かる。私はそれを、レーヴァテインで弾いた。

 次弾は二本、全く同じ形状の短剣だ。それも返す刀で弾いて、私はアスカに向かって駆け出す。アスカの手に残った短剣は二本。刃渡りは腕の長さほどもない。短剣を構えて防御体勢をとったアスカに、それに構わず横薙ぎにレーヴァテインを振るう。

 ぶつかりあう聖剣と聖剣。相手が転移者であっても、腕力なら私のほうが上だ。私はそのまま、放り出すようにアスカを廃墟の街のほうへふっ飛ばした。


「バケモノが!」


 アスカが手に残っている短剣を投げた。けれどそれは私を狙ったものではなく、城壁のレンガに突き刺さった。

 見れば、短剣の握り(短剣に柄はなく、指を通すリングが付いているだけだ)に光を放つ糸が繋がっている。魔力で作った糸だ。それを使って振り子のように体を揺らしたアスカは城壁に取りつき、糸を伝ってするすると下りていく。

 私は翼を広げて城壁から飛び降りた。私を見上げるアスカが叫ぶ。


「切り裂けっ! 私のグロリアス・シューティングスター!」


 振り向くと、三本の光条が後ろから迫っていた。

 さっきアスカが投げた短剣が、私に向かって真っ直ぐ飛んできていた。

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