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聖剣の勇者 -復讐の焔竜姫-  作者: 96500C/mol
【星】のグロリアス・シューティングスター&【月】のカリスト
61/74

#1

七聖剣の一人、グレース・ガレンを下したエリザベスは勇者の滞在する地、獣人の国ヨータルへの侵入を果たす。時を同じくして、勇者の下にはアスカとフィエルが到着し、赤竜迎撃の準備を始める。


家族を殺された復讐に燃えるエリザベス。

主の復讐のために戦うファルシア。

兄を狙う復讐者を抹殺せんとするアスカ。

愛するもののために復讐を捨てたフィエル。

譲れない想いは刃へと姿を変え、血の惨劇の幕を切り裂く。

 新大陸、というから鬱蒼とした大自然の森!みたいのを予想してたんだけど、実際の新大陸の自然は、想像していたのとは真反対の、背の低い草が生い茂った大草原だった。

 土を軽く掬ってみると、その理由になんとなく見当がつく。

 ほのかに湿った土には、微かに塩の匂いが混じっている。この大地は少し前まで海の底にあった――――新大陸が、ごく最近海の底から「浮上」した証だ。


 塩分は少なすぎても多すぎても植物は育たない。おそらく浮上直後には不毛の死の大地だったこの場所も、雨風に晒されてようやく草花が繁茂できるようになったばかりなんだろう。だから今はまだ、見渡す限りの草原になっている。


 そう、見渡す限り。

 つまり、私が竜の姿のまま侵入すれば、どこからでもそれが見える環境ってこと。

 新大陸に上陸してすぐに、私とフィエルは獣人の国ヨータルの警備兵たちに捕まってしまった。


「久しぶりだな、赤竜姫」

「懐かしい顔ね、アル」


 すぐにその場で処刑でもされる可能性もあったけど、私たちは連れていかれた砦の半地下の牢で、アルと対面することになった。

 アルはリュシーユの村で会ったときより、少し背も伸びていて体に傷も増えている。けれど、あの精悍だけれどどこか優しそうな目は変わっていない。

 服装はテオドールの手駒になっていたときより落ち着いたデザインだ。だけど左右と背後に控える牢番や兵士とお揃いの装備には、アルのものにだけ装飾が追加されている。それが何かしらのリーダーを表す印なのは、初めて見た私にもすぐに分かった。


「私の正体はもう聞いたんでしょう。殺さないの?」

「殺す必要があるかどうか、今判断しているところだ」

「どういう意味?」

「俺たちがアンタの正体と目的を知ってること、アンタは分かってたんだろう。それならなぜ大人しく捕まった? なぜ抵抗しない? 早く処刑しないのかなんて、なぜ急かすようなことを言う?」

「質問を一度にいくつもぶつけないでよ。いいわ、何から聞きたいの?」

「じゃあ一番大事な質問だ。『なぜ抵抗しない』?」

「決まってるじゃない。本気になれば、こんな玩具みたいな牢や獣人の二十や三十、私の敵じゃないもの」

「ブラフか?」

「試してみる?」


 鉄格子ごしににらみ合うアルだけが微動だにせず、私をじっと見据えたまま動じない。でも、私の言葉は他の警備兵は動揺させたようだ。私と目を合わせないように、牢番たちは顔を伏せている。


「……次の質問だ。『なぜ大人しく捕まった』?」

「ほら、新大陸ってだだっ広いじゃない。こんな無駄に広い場所、勇者一人を探して歩くなんて非効率的でしょ? あなたたちに案内してもらおうと思ってね」

「お前を処刑するなら勇者の目の前でやると思ったからか」

「それもあるわ。まあ、それが叶わなくても、こういう砦があるなら兵どもを皆殺しにしてからゆっくり資料なり地図なりを漁れば、勇者の居場所くらい掴めるでしょうしね」

「最後の質問だ。『なぜ急かすようなことを言う』?」

「貴方に交渉の余地があるのかどうかを知りたかったのよ。交渉の余地がない相手なら、問答無用で私を殺そうとするはず。あるいは、すぐにでも処刑の日取りをして、それを告げに来るはず。

 それをしないってことは――――」

「交渉の余地あり、ということだな」

「ええ。私としても、無関係の獣人たちを無闇に巻き込むのは本望ではないわ」


 獣人たちはこの地に自由を求めてやってきたのだ。勇者に与しているわけでもないのなら、無関係のこの国を戦火に晒すのは忍びない。

 だから危険でも賭けてみた。アルが私の交渉に乗ってくるかもしれないという、小さい確率の賭けに。そして私たちは、その賭けに勝った。


「勇者と手を切りなさい。貴方たちが私の復讐を邪魔しないというのなら、私も貴方たちを傷つける道理はない。

 でも、もし少しでも私の前に立ちふさがるというのなら、一切の情けはかけないわ」

「俺たちは、お前みたいな復讐鬼のバケモノに国内で好き勝手暴れられたらいい気持ちはしない。

 だがあのグレース様とベラナが負けたんだ。そんなお前たちとウチの兵士でやりあっても、こっちの被害が増えるだけで、足止めくらいにしかならないだろう。それなら、お前の復讐を黙認して放置したほうがこっちの被害は少ない。

 大体、俺たちには勇者を守ってやる義理なんてないからな」

「そうなの?」

「当たり前だろ。獣人の国の代表がヒューマン族、それも転移者だなんて馬鹿な話があるか。アイツはここではだたの冒険者、特別に国への出入りを認めているだけだ。

 建国に尽力してくださったグレース様の手前、国賓扱いにもしていたが……。グレース様がいない今、ヨータルに災いをもたらす火種になるなら勇者など用はない。

 これでとりあえず、交渉は成立でいいか」

「ええ。貴方たちは私たちの復讐を見逃す。私は獣人を傷つけない。これでいい?」

「ファルシアは置いていけ」


 は?


「は?」

「ファルシアは置いていけ。人質の代わりだ」

「何よそれ。私が信用できないの?」

「ああ。なにせお前は、ずっと出自を偽って生きてきている女だからな。全身すべてがウソで出来ているといっても過言じゃない。

 もしお前がヨータル国民を傷つけるようなことがあれば、ファルシアは処刑する」

「そんなことになったら、貴方も殺すわよアル。あの時とは違う、私の全力で」


 私の凄みに、アルは一切動じることなく平然と言葉を続けた。


「今日から三日後、ヨータルは勇者を国外追放する。その後はお前が好き勝手にやればいい。国民には『命が惜しければ、赤竜の前に出るな』と通達しておく。

 ファルシアにはその間、この砦で待っていてもらう。エリザベス、お前が約束を守っている間は、彼女に不当な扱いをしないことを約束しよう」


 牢の中で、ファルと目を合わせた。ファルは小さく頷いた。

 確かに勇者との決戦は一対一でやると言ったけど。こんな風に、人質みたいにしてファルの身柄を取られるのは想定していなかった。

 でも、どこか誰もいないところにこっそり置いていくよりはこっちのほうがマシかもしれない。アルが勇者の信奉者じゃないのなら、おそらく追ってきているであろう七聖剣の刺客にファルを渡すような真似もしないはずだ。少なくとも、ファルの安全は確保できる。


「いいわ。その条件を飲んであげる。

 でももしファルに何かがあれば、私はヨータルを滅ぼすわ。全力でね」

「肝に銘じておこう」


 牢の鍵が開けられ、私だけが外へ出た。

 振り返ると、ファルが鉄格子に駆け寄ってきた。お互いの腕を絡ませ、額を触れ合わせる。周りに聞こえないように小さな声で、ファルが話しかけてくる。


「リズさま。ファルはファルで、出来ることをやってみます。

 おそらく七聖剣の追手はファルに遭いにくるでしょう……。相手の素性や聖剣の力など、出来る限り調べてみます」

「お願い。でも、無理はしなくていいからね」

「はい。ご武運を、リズさま」


 顔を離すと、ファルは物欲しそうな目で私を見つめてきた。

 何が欲しいのかはすぐに分かった。けれど、私はファルの唇を親指で押して戻した。


「ファル、それは全てが終わって、私が戻ってきてからにしましょ」

「はい、リズさまっ!」


 瞳を潤ませるファルを置いて、私は牢を後にした。

 勇者抹殺――――私の旅の終わりは近い。

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