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聖剣の勇者 -復讐の焔竜姫-  作者: 96500C/mol
【虹】のビフレスト
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#10

 フィエルがワームホールから脱出すると、結界の中ではまだ攻防が続いていた。

 攻防、といっても一方的に攻め立てているのはオリヴィアの方だ。アスカは相変わらず攻撃を避けることしかできていない。


「アスカ!」


 アスカとフィエルの一瞬のアイコンタクト、その後一瞬間をおいて、フィエルは魔法で張っていた結界を解除した。

 硝子が割れるように砕けて消えていく結界。この世のものではない、割れた結界の破片は地面にではなく空に向かって落ちていく。オリヴィアは結界が無くなったことを認識し、聖剣を掲げて雷を呼ぼうとする。


「遅い!」


 その瞬間、アスカはすでにグロリアス・シューティングスターを飛ばし、その切先をオリヴィアの首に向けて、五本のクナイで既にぐるりと囲っていた。

 聖剣にチャージされた雷、それが落ちるより早く。合図ひとつでアスカのクナイはオリヴィアの首を刎ねるだろう。


「……くっ」


 動きを止めるオリヴィア。

 彼が迂闊だったのではない。フィエルが結界を解くことを、彼女と長く一緒にいたアスカはオリヴィアよりも早く気づいていた。その差が、アスカに先手を打たせた。


「アスカ、待って」

「フィエル。こいつは赤竜の協力者だよ。殺しておかないと」

「アスカ」

「ここで逃がしたら、また私たちの足止めに来るかもしれないし」

「アスカ。わたし、『待って』って言った」


 有無を言わさないフィエルの口調だが、アスカは刃を納めない。グロリアス・シューティングスターは空中で静止し、オリヴィアの頸を切り裂こうと命令を待っている。

 オリヴィアのほうも、動けないだけで戦鎚を掲げたまま動いていない。アスカが聖剣を納めれば、そのまま攻撃できる体勢のままだ。


「わたしたちの目的は、赤竜を止めること。ここでこの子と、戦うことじゃない。

 オリヴィアくんも。あなたに、わたしたちは止められない。もう、諦めて」

「嫌だね。ボクはもう、これ以上大切な人を失いたくないんだ。

 お前たちがリズ姉さんを殺したいというなら、ボクから先にやってもらおう」


 やはり説得は難しいか。フィエルがそう思った瞬間であった。


「その勝負、ちょーっと待ってなー」


 気配はなかった。フィエルが声の主を探して振り返ると、その女はフィエルのすぐ後ろに立っていた。

 蘇焙燐。七聖剣のメンバーにして唯一、出自が不明のキツネ獣人の女。神出鬼没のバイリンは、空中に見えない椅子でもあるかのようにして腰掛けて足を組み、広げた扇子――あれこそ彼女の聖剣、【伽】の七経である――で口元を隠してくすくす笑っていた。


「オリヴィアちゃんには悪いけんどねぇ。足止めは諦めたほうがええと思うなぁ」

「お前、一体どっちの味方なんだ!」

「言うとらんかったっけ。ウチはいつだって弱いもんの味方やよ。今この場ならオリヴィアちゃん、おみゃぁさんやね」


 けらけら笑うバイリン。

 その笑い方にはフィエルも見覚えがある。父親である魔王が、配下からの占領報告を聞いたときにしていた笑い方に似ている。

 世の中が面白くて仕方ないときの笑い方。何もかもが自分の思い通りに進んで、万能感に浸っているときの笑い方。


「おねーさんに言われとぅね? これ以上おねーさんに関わったら危ない、だから家に帰って待ってなって。

 ハイ、そゆーわけでオリヴィアちゃん。『ぼっしゅーと』です」


 オリヴィアの足元に、音も予兆も、前触れも何もなく突然スッと穴が開いた。

 カリストの作るワームホールと同質の、異空間に通じる穴である。オリヴィアは「話はまだ……!」と言い残し、穴の中へ消えていってしまった。


「その力……」

「バイリン、まさか裏切るつもり⁉」


 アスカが聖剣を納めてバイリンに詰め寄る。


「裏切り……かなぁ? まあでも、ウチはおねーさんを殺しに行くつもりはにゃぁよ。

 ウチはおねーさんとアキラくんなら、断然おねーさん派やねぇ」

「バイリン! あんたは……!」


 アスカが掴みかかろうとすると、それより早くバイリンは虚空を爪の伸びた指でなぞり、空間を切り裂いた。

 驚くフィエルとアスカの前で、空間の裂け目から、人間がぬるりと吐き出される。

 ぼろぼろになった白黒の修道服。焼けただれて傷だらけになり、原形を失った顔。いつもは覆面をしている七聖剣メンバーの一人、グレースだ。

 続けてもう一人吐き出される。鳥獣人の子――――背から生えた翼でフィエルはそう理解したが、鳥獣人に特徴的な翼が、右側だけしかない。


 二人はアスカにもたれかかるように倒れ込む。

 アスカはなんとか抱き止めたが、グレースはかなり衰弱しているらしく、体温はあるもののまるで死体のように脱力していた。


「グレース!? グレースがどうしてここに!?」

「あ、ああ……っ」グレースは声にならない何かを口から発している。

「グレースちゃんねぇ、おねーさんに負けたんやよ」バイリンは楽しそうにアスカの質問に答えた。「聖剣を砕かれて、船と一緒に沈むとこやった。それをウチが助けたった。そっちのベラナちゃんもね」


 ベラナと呼ばれた鳥獣人は衰弱しているグレースとは違って足腰がしっかりしており、倒れた直後に体勢を直して、グレースに肩を貸して立ち上がらせた。


「船が、沈んだ……?」

「そそ。グレースちゃんが作った『ガーバイス』。

 それが沈んだ今、新大陸まで行く方法はのうなってもーたのよ」


 例外があるとすれば。フィエルは自分の聖剣を握る。

 ワームホールを作れるカリストならば、船など使わなくとも新大陸へ行けるはずだ。


「どうしてグレースに味方しなかったの! あなたも七聖剣でしょ!?」

「あまりに面白うてつい、ねぇ。くくく。

 だから命だけは助けたったんやよ?」

「バイリン……!」


 アスカにも、バイリンはへらへら笑っているだけで何も答えない。


「やはり、そうなん、だ」フィエルが呟く。「わたしの聖剣、で、赤竜のところへ行けなかった、のは、あなたが妨害していた、から。

 バイリン、あなたはすでに、七聖剣ではなく、赤竜の、手先に、なっている」

「ふふ、ご名答」


 バイリンの笑い方が、へらへらからくすくすに変わった。


「ウチは弱いもんの味方なんよ。だから今までずっとアキラくんに協力したったけどねぇ。

 気づいてもーたんよ。アキラくんはもう弱くないって」


 アスカが口を開いて何かをいいかけるが、その小さな口からは何の言葉も出なかった。


「聖剣を作れる聖剣、それに七聖剣のみんな。アキラくんは魔王を倒して名声も持っとる。この世の誰も、アキラくんを見て、弱者だなんて言わんよねぇ。

 だからウチな、鞍替えしよー思うとるんよ。アキラくんから、あの赤竜のおねーさんに」

「なっ……。バイリン! 私たちだけじゃなく、お兄まで裏切るっていうの!」

「そう、いうことになるきゃね?」


 至極当たり前、という口調で。まるで息をしなければ人が死ぬのは当然、とでも言いそうな。常識を聞かれて困惑するような表情で、バイリンは答えた。


「まあまあアスカちゃん、安心しやーせ。ウチは何もアキラくんが憎うてこんなことゆーとるんじゃにゃーのよ。ウチはアキラくんに味方するのを辞めた、ただそれだけやよ。

 アスカちゃんも知っとるでしょう。ウチの七経の力は、聖剣持ちのアキラくんには通じんって。ウチにアキラくんは殺せんよ」

「だから赤竜に協力するっていうの!? お兄を殺させるために!」

「ふふふ。アスカちゃんはまだまだ、子供やねぇ」


 バイリンは、広げた七経で口を隠して笑った。

 だが、目には笑いというよりも嘲笑の色が灯っている。


「『万物は流転する』。ニンゲンもたまにはいいことをゆーがね」

「ニンゲン……?」


 バイリンの言い方は、極めて他人的である。

 「ニンゲン」という言葉に対しても。まるで、自分が人間ではないかのような。


「自分が生きとう間は、あの子やこの子も、自分も。何もかも、永遠に続くように思ってまう。でも、いつかモノは壊れ、ヒトは死ぬ。いつまでも変わらにゃぁのは、この世に『永遠』があると思っとう、人間の愚かさなんやなぁ」

「どういう意味?」

「アキラくんは弱者だった。でも今は違う。力を手にしたアキラくんは、強者に……ううん、弱者を作る側になったんやよ。

 討伐した赤竜から素材を剥ぎ取って防具にするなんて、人間が同じことをされたらどう思うか、考えたことあるんけ?」

「そんなこと……!」

「いちいち考えるわけがない、って顔やねぇ。うふふふふ、これからどうなるのか、楽しみやわぁ」


 空間をひとなぞりしたバイリンは、切り裂かれたその隙間へと落ちて消えていった。その場には呆気にとられたベラナ、昏睡状態のグレース、怒りを込めて拳を握りしめるアスカと、それを物憂げに見つめるフィエルが残された。


「アスカ。新大陸、行こう。わたしのカリストなら、行けると思う」

「そうだね。こんなところでぐずぐずしていられない」


 アスカに突然、「わたしもつれていってください」と申し出たのはベラナであった。


「獣人の子が、どうして?」

「ベラナ・ブレンスティといいます。ママ……いえ、グレースさまからヨータルを守護するよう命じられています。勇者さまから【虹】の聖剣をもらいました」

「ヨータル?」

「ほら、最近、作ったっていう。獣人たちの国、だよ」


 アスカにフィエルが耳打ちする。


「ふーん。で、あなたの聖剣は?」

「あの赤竜に壊されてしまいました……。

 でも、あの赤竜は勇者さまの命を狙っているのでしょう。勇者さまのお命、なんとしてもお守りしなければ!」

「いい心がけだね。でも、聖剣もなしに赤竜と戦うつもり?」

「それは……でもっ、聖剣がなくとも、肉壁くらいにはっ!」


 ベラナがアスカとフィエルに意気込みを見せようとしたところで、その言葉は体に纏わりつく手に遮られてしまった。

 グレースだ。昏睡状態から目覚めたグレースは、手探りでベラナを見つけると、助けを求めるように彼女の体に縋りつく。


「ベラナ……!」

「ママ?」

「おねがい……そばにいて。離れないで……!」

「でもママ。赤竜が勇者さまに迫ってるんだよ?」

「何も、何も見えないんです……もう! 怖い、怖いの! 誰、誰がいるんです⁉ 一体ここに、ベラナ以外に誰が! 誰ですか! 私を殺そうというんですか⁉ それとも……あぁ! 近づかないで!」


 恐怖にがたがたと震えるグレース。フィエルはそれを見て、憐れに思った。

 聖剣使いであること、そしてその使命について七聖剣の中で最も真面目に考えていたのはこのグレースだった。特別な力を持った武器。それを振るう聖剣使い。その力は一人より多くの人々を守るため、一人でも多くの人々を救うために使われるべきだと常々主張していた。その背景には、自分自身が聖剣に救われたことへの感謝と恩返しがあった。


 だが今、聖剣を失ったグレースは他人を思いやる余裕を失ってしまっている。光を失くした彼女は、もう他人に光を分け与えることはできない。


「あなたは、来なくていい」


 フィエルははっきりとベラナに告げた。


「え、でも……」

「聖剣を失えば、もう、聖剣使いじゃ、ない。あなたも、グレースも」

「そんな!」

「だから勇者を、守る義務は、ない。あなたは、グレースを、守ってあげて。今あなたを、必要としている、のは、勇者よりも、その子」


 フィエルはベラナに背を向け、頭上に構えたカリストを振り下ろす。

 グオンと空気を切り裂く音がし、布に切れ目を入れるかのように空間が切り裂かれる。カリストの能力で作り出した、ワームホールだ。

 振り返ることもなくその中へいそいそと入っていくフィエルとアスカ。その背後で、ベラナは二人に大きく頭を下げて見送っていた。

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