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聖剣の勇者 -復讐の焔竜姫-  作者: 96500C/mol
【風】のミストルティン
6/74

#5

「大変ですよ、エリーさん!」


 次の朝。ファルと合流するために市場を歩いていると、後ろからユズリハが走ってきた。


「何よ」

「これ、見てください!」


 ユズリハが握りしめていたのは一巻きの羊皮紙だった。封蝋には何らかの家紋が象られていたけど、開けたときに割れたのかもう判別はできなくなっている。

 開いてみると、中身は何のことはない、ただの決闘状だった。


「日付は……明日ね。セントラル広場で、日の出と正中の間」


 差出人には「コニール・ノネットの子、ナンシー」と綴られている。あの【風】の聖剣使いだ。でも宛名がないのは、きっと私の名前が分からなかったからだろう。ユズリハはそれを、ガルードリヒから受け取ったと語った。

 決闘状を丸めてユズリハに返す。


「心配だな……エリーさんってあっちこっちから恨みとか買ってそうだから」

「余計なお世話よ」

「どうするんですか。決闘、やるんですか」

「当たり前じゃない。売られた喧嘩は買う主義よ、私は」


 朝の間はまたリンゼイを探そうと思っていたけれど、今日は恐れをなしたのか全く気配がない。

 向こうから出てきてくれるのなら好都合だ。半殺しにして、勇者のことを吐かせてやる。





 落ち合う予定の小料理屋に、ファルはもう来ていた。

 入り口の前でユズリハは逃げ帰ってしまったので、店に入ったのは私だけだ。無銭飲食のカタに働かされていた店に再び入るのは、ユズリハも少し躊躇われるらしい。


「リズさま」

「何か分かった、ファル?」

「聖剣使いについてはあまり進展はありません。ただ最近、街を騒がす剣士の噂が使用人たちの間で流行っているようです」

「ノネット三姉妹、かしら」

「よくご存知で。市長の公邸には前々代から働いている獣人もいるようで、ノネット家のことを知るものもいました」

「私は当人たちに会ったわ。聖剣を持ってた」

「聖剣を?」

「ええ。【風】の聖剣『ミストルティン』。ノネット三姉妹の長姉、ナンシー・ノネットが聖剣使いだったの」


 ファルは私の言葉に首を傾げている。


「おかしいですね……ファルの聞いた話とちょっと違います」

「違う? 違うってどういうことなの、ファル」

「まだ使用人の一人からしか聞いていないので、裏付けの最中だったんですけど。ファルが聞いた話では、【風】の聖剣使いはハーフエルフだったそうです。名前はイェルマー」


 ユズリハの発言とファルの集めた情報は一致している。

 どういうことだろう?


「イェルマーは『七聖剣の第一席』を名乗ったそうです。真偽は不明ですが『七聖剣』には席次があって、決闘に勝つと順位が繰り上がるそうですよ」

「つまり、そのイェルマーって女は『七聖剣』最強だってこと?」

「そうなりますね」

「でも現に聖剣はナンシーが持ってた」


 形だけ真似たレプリカには、あれだけのオーラは出せない。直にも触れた。ナンシーが持っていたのは、間違いなく【風】の聖剣だ。

 だとしたら、ナンシーはどうやってミストルティンを手にしたのか。


「……本物の『七聖剣』を殺して奪ったか、あるいは盗んだか」

「どっちにしても、『七聖剣』なんていっても大したことはなさそうですね」

「そうね」

「それより、ここまで来る途中で広場を通ったのですが。人集りが出来ていました。そのノネット三姉妹が、何者かに決闘を申し込んだそうで」

「その相手、たぶん私よ。ファル」


 ファルは驚いて黒白のトラ耳をピンと立てた。


「リズさまが!? 決闘!?」

「驚くことないじゃない。それともファル、私が負けるかも、なんて考えてるんじゃないでしょうね?」

「まさか。ファルはどんなときもリズさまの味方、いつだってリズさまの勝利をお祈りしています」


 それ、あんまり期待しているように聞こえないんだけど。


「しかし決闘を申し込んできた側が何も策無しに挑んでくるとは思えません。もしリズさまにもしものことがあったらと思うと……」

「心配しないで、ファル。私は負けない。負けるはずがない。勇者アキラの鮮血の滴る心臓を、シンディに捧げるまではね」

「……リズさま」しばらく考え込んでいたファルが、重く口を開いた。「ファルは今日からノネット姉妹を探ってみようと思います。よろしいですか?」

「どうして?」

「姉妹がリズさまを罠にかけるようなことがあってはいけません。ファルはリズさまが本気で戦えるように、陰ながらお支えしとうございます」

「いいでしょう。でも余計なことはしないでね、ファル。私は正々堂々、ノネット三姉妹を叩き潰したいの」


 目的がなんであれ、私はノネット三姉妹を叩き潰さなければならない。

 私が言えた義理ではないけれど。自分たちの復讐のために、無関係の冒険者を巻き込もうとするのは関心できない。懲らしめてやらなければ。


「はい。ファルはリズさまのことは何でも存じ上げております。リズさまが正々堂々戦えるよう、しっかり見張っておきます」

「よろしい。じゃあ食べましょ」


 昨日と同じ、油漬けニシンを潰したサンド。

 このニシンにも家族はいたんじゃないですか――――ユズリハが昨日言ったことが、脳裡に反響した。


 それは違う。

 あの時は一瞬詰まってしまったけれど。生きるため、食べるために命を奪うことと、自分の快楽のため、利益のために命を奪うことは、結果は同じようでも全然違う。勇者天路アキラはシンディを防具の素材にし、尊厳を弄んだ。だから殺す。


 では、私がやろうとしていることは?

 復讐は気持ちがいい。仇敵、アキラの心臓を抉り出す。そんな満たされた夢を、今まで何度見たか分からない。これは、私の満足のための殺人ではないか?


 私はサンドにかぶりついた。

 何が善で何が悪かなんて、どうでもいいことだ。

 私は世直しがしたいわけじゃない。善人になりたいわけじゃない。

 シンディを生き返らせる儀式でもない。ただ、私がアキラを殺して精神の安寧を得たい、それだけなのだ。

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