#8
会釈のポーズのまま、顔を上げずにニコールは続ける。
「我々も事を荒立てるつもりはありません。大人しく渡していただければ幸いなのですが」
「渡すわけないでしょ。『聖剣を下さい』っていってホイホイ渡しちゃうのなんか、ユズ姉くらいだよ」
「交渉、決裂のようですね」
にじり、とアスカの手が腰についたクナイ――――アスカの聖剣、グロリアス・シューティングスターに伸びる。柄にアスカの指が触れた瞬間。ニコールは会釈のポーズから何の予備動作もなく、突然飛び出してきた。
アスカはクナイを二本投げる。ニコールはそれを両手の手刀で切り払い、さらに近づいてくる。
アスカはもう一本を投げるが、またもニコールはそれを手刀で切り払った。
しかしアスカのクナイはただの投擲武器ではない。目標を見つければ勝手に飛び、勝手に相手を切り刻む聖剣である。切り払われたはずのクナイ三本は空中で体勢を立て直し、背後からニコールを襲ってその肩を貫き、両腕を捥いだ。
続く攻撃で首を刎ね、目を見開いたままのニコールを機能停止させる。
一方その背後では、魔法筒に似た武器を構えた魔導機械人形二体とフィエルがにらみ合っていた。
あれはたしか、最近実用化されたと聞く「魔法銃」――――フィエルがそんなことを考えていると、魔導人形たちが引き金を引く。
弾丸代わりに飛んでくるのは極小サイズの魔法陣だ。優れた素質を持つ魔族のフィエルには、ヒューマン族には視認できないほどの速度で飛翔する魔法陣も、その術式のすべてを読み取ることができる。すかさず反対呪文を唱えて、フィエルは魔法銃の弾丸を打ち消した。
「フィエル!」
振り返ったアスカがフィエルの肩を足場に跳びあがり、後ろにいた魔導人形二体に向けて残りの二本のクナイを投擲する。銃口から銃底を貫通し、そのまま魔導人形の右脇腹を切り裂いたクナイは、空中でUターンし魔導人形の首を切断して機能停止させた。
「アスカ、前!」
着地したアスカ、その眼前に伸びる路地からは、魔導人形がぞろぞろと群れを成して近づいてきていた。皆片手に魔法銃を構えている。
アスカとフィエルが振り返ると、ニコールの残骸が散らばった奥側からも魔導人形たちが近づいてきていた。
「あれだけの数に反対呪文を返すのは、ちょっと無理かも」
「私のG.S.S.でも倒しきれないよ」
「逃げるしかない、ね」
アスカはクナイを空中に固定して足場にし、フィエルは浮遊魔法を使って、二人は上へ逃走した。
しかし魔導人形たちも空を飛んで追いかけてくる。フィエルは浮遊魔法の反対呪文で妨害しようとしたが効果がない。どうやら、魔法で飛んでいるわけではないようだ。
フィエルは妨害を諦め、アスカの脇を抱えて飛んで逃げる。
カリストの能力で逃走すれば振り切るのは簡単だ。だが、カリストの作ったワームホールは一定時間その場に残ってしまう。それでは、追ってきている無数の魔導人形も逃走先に連れ込むことになり、使う意味がない。
カリストを使うなら、どこかで魔導人形たちを撒かなければならない。
「……魔導機械人形って、何?」
「さ、さあ?」
空中を飛行して逃走しながら、アスカはフィエルに疑問をぶつけてきた。
追手の数が増えている。魔導機械人形たちは、ラーヴァクのいたるところに潜伏していたようだ。
「フィエルも知らないとなると、召喚獣だとか、魔物の類ではないってことだよね」
「そうだね」
「ってことはさ、誰かがアレを作って、私たちにけしかけてるってこと?」
「そうかも」
「あの顔、さっきのニコールとかいうのの顔さ、どっかで見たような気がするんだよね……」
ラーヴァクの街を訪れたとき、そして食べ歩きをしている間に見ただけではないか。フィエルはそう考えた。これだけそこら中から突然現れた魔導機械人形だから、街を歩けば潜伏中の彼女らとすれ違っていてもおかしくはない。
「ま、いっか。G.S.S.、魔導機械人形の主を探せ!」
アスカとフィエルに追従して飛んでいたグロリアス・シューティングスターが加速して二人を追い抜いていく。フィエルはそれを追うように飛んだ。逃走するのが不可能なら、魔導人形の主を捕縛して襲撃を止めさせるしかない。
高度を下げ、露店街を通行人の頭すれすれを飛ぶ。魔導人形たちもそれを追ってきたので、ラーヴァクの通りはパニックに陥った。
フィエルは発砲される魔法銃を反対呪文で無効化する。だが浮遊魔法を使いながらでは発射される魔法陣すべてを打ち消すことは出来ず、必要最低限の、回避不可能な弾道のものだけしか消し去ることはできない。ある魔法陣は露店の屋根を貫通し、あるものは建物の壁にめり込む。そしてまた、ある魔法陣は通行人の肩を貫通し怪我を負わせた。
「なーにが『事を荒立てるつもりはない』だよ! 大騒動じゃん!」
アスカは空中で指をなぞり、グロリアス・シューティングスターに新しい指示を与える。五本のうち敵を探索するものを一本に絞り、残りの四本は追手の魔法銃の妨害に当たらせた。
発射される魔法陣を弾き、魔法銃を刺し貫いて破壊していくグロリアス・シューティングスター。
「アスカ、前に誰かいる!」
フィエルとアスカが飛んでいく進路の先。寺院と思われる煉瓦作りの建築物の屋上に、巨大な鉄塊が突き出していた。
近づくと、鉄塊に見えていたものは巨大な戦鎚であることが分かる。その柄を握っているのは、頭に包帯を巻いた背の低い短髪の少女であった。
戦鎚の少女に向かって飛んでいくグロリアス・シューティングスター。心臓を貫かんと狙った【星】の聖剣の一閃は、少女の振るった戦鎚に打ち払われてしまう。
ただの武器ならば、聖剣とぶつかれば戦鎚のほうが砕けるはずである。「打ち払われた」ということは、つまりその戦鎚もまた、聖剣の類であるということ。
「アイツ、聖剣使いだ!」
「あんな聖剣、見たことない」
空に向けて戦鎚を掲げる少女。たちまち空に暗雲が立ち込め、放射される無数の雷にグロリアス・シューティングスターは次々と撃ち落されてしまった。
フィエルは雷の雨をかいくぐり、なんとか寺院の屋上へアスカと共に着地する。
「フィエル、この雷なんとかして」
「わかった。《ARS testa ingens》」
フィエルは素早く呪文を唱え、防御結界を生み出した。寺院を包み込むように作った結界は、内外との魔力の繋がりを断ち切るものだ。
結界が防ぐのは聖剣の力とて例外ではない。戦鎚の少女は雷を呼べなくなり、また操っていた魔導人形たちも結界の中に入れず、外を取り囲うように立ち往生を食らって浮遊していた。結界の中、建物の屋上でフィエルとアスカは少女と対峙する。
「アンタがアレをけしかけてるの?」
「そうだ」
「目的は? 私たちの聖剣を奪い取ってどうするつもり?」
「どうもしないさ。キミたちが聖剣を捨ててくれればそれで構わない」
二対一、数的不利な状況でも態度を変えない、見た目で少女だと思った戦鎚の聖剣使い。だが、声は少女というより少年のそれである。知らない人物だが、顔立ちはどこかで――――フィエルが記憶の引き出しを漁っていると、アスカが突然「あーっ!」と大きな声で聖剣使いを指さした。
「思い出した! 魔導人形の顔! オルガさんに似てるんだ!」
「オルガさん……?」
結界の外に並んだ魔導人形の顔、顔、顔。フィエルはそれをまじまじと見て、ようやく気が付いた。背筋を冷たい指でなぞられるように感じる。
オルガ・オックル。数か月前、アスカとフィエルを救うために一人殿を務めて犠牲となった七聖剣の一人。ドワーフ族の大柄女で、フィエルも懐いていたオルガの面影が、魔導機械人形たちの顔にはあった。
そして、目の前の聖剣使いにも。
「ボクの名前はオリヴィア・オックル。オルガはボクの姉さんだ」
「オルガさんの……妹?」
「弟だよ」
「え、“男の娘”?」
「オルガさんの弟さんが、どうしてわたしたち、襲うの?」
「お前たち、リズ姉さんを狙ってるんだろ。ここで待っていれば絶対に現れる……思った通りになったな」
戦鎚をアスカとフィエルに向けるオリヴィア。
「『リズ姉さん』……? って、誰?」
「アスカ、たぶんあの赤竜のことだよ」
アスカのつぶやきにフィエルは小声で答えた。
「オリヴィアくん、聞いて」フィエルはオリヴィアに語り掛けた。「あの赤竜は、アキラの命、狙ってる。七聖剣は、アキラを守るのが役目」
「知っているさ。だからこうして『戦乙女シリーズ』をラーヴァクの街に集めて待ち構えていたんだからね」
「……じゃあ、アンタもあの赤竜の仲間ってわけ?」
「どうだろうな。リズ姉さんからは縁を切られてしまったから。
でも、ボクがお前たちの敵であることは確かだ」
戦鎚を構えるオリヴィア。
振るわれる戦鎚の頭部は、入り組んだ構造の金属機械で出来ている。彼がドワーフでなければ、持ち上げることすらかなわない聖剣だ。