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聖剣の勇者 -復讐の焔竜姫-  作者: 96500C/mol
【虹】のビフレスト
57/74

#7

エリザベスがグレースとベラナと戦っていた同じころ、フィエルとアスカはラーヴァクの街まで来ていた。

一行が砂漠の街を経って一週間ほどのことである。七聖剣の手が、エリザベスの背にかかろうとしている。


 深紅の儀礼甲冑を纏い、獣人の奴隷をつれた女冒険者。さらに自分の背丈ほどもある大剣を背負っている――――そんな否応なく目立つ格好となれば、足取りを追うことは大して難しいことではなかった。アスカとフィエルは砂漠の街ラーヴァクの旅籠の主人に、そんな怪しげな一団が、一週間ほど前にタルヴへ向けて出発したと聞くことができた。

 タルヴ――――近隣では唯一新大陸に向かう定期便が出ていた港。だが今はグレースが船を買い占めて、誰も新大陸へは渡れないようになっている。


 主人とワイワイ話すアスカの背中……否、旅籠のカウンターに身を乗り出したことで突き出されているアスカの尻を、フィエルは壁によりかかってじっと見つめていた。

 魔族であるフィエルは町中では角を隠さなければならない。いつものフードを目深に被っていても怪しまれないラーヴァクの街はフィエルにとって居心地がよかったが、やはり旅籠の主人と話すのは憚られた。

 理由は彼女の出自や血縁とは全く関係のない、極めて個人的なもの――――フィエルは、他人と話すのが苦手だった。


「だんだん近づいてきたね」


 主人と話を付けて戻ってきたアスカが、宿泊部屋の鍵を一つ、フィエルに投げ渡した。


「グレースの策が上手くいってるといいんだけど」

「船がなければ……って、やつ?」


 七聖剣第三席(ユズリハの死により四席から繰り上がっている)のグレースの講じた策は、事前に新大陸行きの船を買い占めてアキラのいる新大陸への足を奪うことであった。

 これは何も赤竜の復讐者のためばかりではない。七聖剣の相次ぐ死亡、その混乱に乗じた別の不安要素が、アキラの身を脅かさないとも限らないから――――とグレースは聖剣伝いに連絡を寄越してきていた。


「うん」

「無理、じゃないかな……。だってアイツ、空飛べる、らしいし」

「それも対策済みって言ってたけどね。ともかく、明日はタルヴまで行ってみようよ」

「うん……」


 フィエルは肩に乗せた大鎌、カリストの柄を握りしめた。

 カリストは【月】の聖剣と呼ばれている。フィエルの行きたい場所へ、一瞬にして到達できる「ワームホール」を作る能力――――チャチな転移魔法などとは一線を画す能力を備えている。


 そのはずなのだが。

 なぜか、カリストは赤竜の居場所にワームホールを開くことができない。理由は不明、しかしワームホールを形成するのに失敗しても魔力だけはきっちり払わされるので、仕方なくフィエルとアスカは徒歩で赤竜を追跡する羽目になった。

 自分はアスカの役に立てているのか――――不安の種が、フィエルの心に根を張る。


「ねーねー、フィエル。今日は久しぶりにさ、外に遊びに行かない?」

「いい、よ」

「やったー! 街中歩いてるときさ、美味しそうなお店がいっぱいあったんだよねー。ほら、行こっ」


 待ちきれない、といった様子で、アスカはフィエルの手を引っ張った。旅の荷物を部屋に置き、二人は日の傾きだしたラーヴァクの市場へ繰り出す。



 市場は旅商人や現地住民の出す露店がひしめきあっていた。砂漠の街だというのに、ラーヴァクにはフィエルの想像していた以上に活気がある。

 そんな人混みの中を、アスカは両手にアルカディア・ゴートの肉串焼きを握ってにこにこ、楽しそうに歩いている。異教徒に慣れた市場でも、やはり露出の高いアスカの衣装は目立つらしい。商人たちが怪訝そうな目でアスカを見るのを、フィエルは恥ずかしく思った。


「うまぁーっ! ココ来てよかったぁ。

 どしたのフィエル。元気なさそうだけど」

「ん、ううん……大丈夫、大丈夫だよ。わたしは、たぶん……むぐっ」


 うつむいたフィエルの口に、アスカは持っていた串焼きを突っ込んだ。


「フィエル、美味しい?」

「……うん」


 アスカの持っていた串焼き。つまり、食べかけ。

 フィエルは背筋がぞくっと震えるのを感じた。この串は、さっきまでアスカの口の中に――――想像すると、フィエルは思わず串の先に舌先を這わせていた。


「大丈夫大丈夫って、フィエルはいつもそうなんだから。何か心配事があるって顔してるよ」

「アスカには、隠し事、できないな……。カリストのことで、ちょっと」


 露店の並ぶ通りから裏へ入ると、一気に人気はなくなる。フィエルの意図を察してか、アスカの先導で二人は人の少ない道をどんどん進んでいき、建物の隙間を縫うように走る薄暗い裏路地へとたどり着いた。


「カリストがどうしたの?」

「ワームホール、開けないって話、したよね」

「うん。だからこうして街から街へ、赤竜の足跡を追ってる」

「なんでだろうって、考えてみたんだ。

 聖剣の力、打ち消せるとすれば、それは同じく聖剣の力……」

「でもフィエル。赤竜女の持ってる聖剣って、火を出せるだけでしょ。そんなのでカリストの力を妨害できるのかな」

「無理……だと思う。たぶん、だけど。赤竜の協力者に、カリストと、同じような力、持ってるやつ、いる」


 フィエルの知る限り、ワームホールを自在に作れる魔法など存在しない。物体を分解再構築する転移魔法と、空間に「抜け穴」を作るカリストのワームホールは、結果こそ似ていれど原理も作用も全く異なるものだ。

 カリストの能力は唯一無二、古今東西似た魔法は存在しない。反対呪文などあるわけもなく、能力の行使を妨害できる者など存在しえない――――フィエルはカリストの能力に絶対の自信を持っていた。

 だが、その自信は打ち砕かれてしまった。存在しないはずの妨害者が、フィエルの知らない対策を講じてカリストの能力を妨害している。


「じゃあ、ソイツがカリストと似たような聖剣を持ってるとか?」

「それもない、と思う……。ソイツがもし、カリストと同じような力、使えるなら。アキラの寝首も、掻き放題」

「たしかにお兄、昔から寝てるときは無防備すぎるからねぇ」

「どうやって、カリストの力、防いでるのか。同じような力なら、どうしてすぐにアキラを殺しにいかないのか。考えてみた……。

 カリストの力、防げる可能性がある聖剣使いを、一人、知ってる」

「……バイリン」


 ユズリハとセリア、二人の死で第四席に繰り上がった神出鬼没の聖剣使い、蘇焙燐。

 彼女の持つ聖剣、【伽】の聖剣は、相手にバイリンが操れる夢を見せて昏睡させる力を持つ。つまり、いつの間にか現れたりいつの間にか消えていたりする能力、バイリンが「仙術」と呼んでいるその能力は、聖剣に由来するものではない。

 バイリンは七聖剣のメンバーにも隠している別の能力を持っている。そしてそのうちの一つには、転移魔法とは異なる体系の転移術が含まれている。


「バイリンが協力してるなら、カリストを妨害、できてもおかしくない。バイリンはカリストの能力、知ってる。それに変な力も持ってる。

 でもなんで、赤竜に協力してるのか、わからない……。アキラを殺しにいかない理由も」

「バイリンなら大丈夫だよ。お兄をアイツが殺すわけない」

「どうして?」

「だってバイリンは――――」


 何かを言いかけたところで、アスカは口をきゅっと閉じた。

 突然立ち止まったアスカの背中から身を乗り出したフィエルが前方を窺うと、細い裏路地の前を塞ぐように、一人の女が立っていた。

 細身で背は高く、砂漠の街には不釣り合いな使用人服に身を包んで慎ましやかに両手を腰の前で揃え、小さく頭を下げている。目を閉じ、顔を伏せているので完全には見えていないが、顔立ちのかなり整った美女といっても差し支えない女。

 しかしその雰囲気には生気が感じられない。不死兵(アンデッド)でも死肉の痙攣くらいは見せるのに、目の前の女はまるで置物のように、小さく会釈したままピクリとも動かなかった。


「お初にお目にかかります、アスカ様、フィエル様」

「あんた、何?」


 「誰」と聞かずに「何」と聞いたアスカの声色には、明確な敵意が籠っていた。


(わたくし)は魔導機械人形『戦乙女(ワルキューレ)シリーズ』の一体。個体識別名はニコール」

「へぇ。その魔導機械人形さんが何の用?」

「お二方のお持ちになっている聖剣を、頂きに参上いたしました」


 フィエルが振り向くと、物陰からニコールと同じ容姿の女、否、魔導機械人形が二体、退路を塞ぐように現れた。

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