#4
「ああ、そりゃノネット三姉妹だね」
宿屋の主人、ガルードリヒは、私が会った聖剣使い一行を知っていた。
「イフェルスが魔族の街だったころ、魔界貴族のノネット家が引っ越してきたんだ。あの三人はそこの家の遺児なのさ」
「でも、三姉妹なのに二人はヒューマンだったわ」
「養子だよ。ノネット家は穏健融和派でね、前当主のコニール・ノネットは身寄りのないヒューマンの子を養子にしていたんだ。確か姉妹には一人だけ実子がいたはずだけど」
魔族といえど一枚岩ではない。
魔王以下、血統主義者で魔族以外を見下し積極的に支配しようとするタカ派がいれば、他の種族と共存共栄を目指すハト派もいる。
かくいうガルードリヒもハト派の魔族だ。馬と牛と犬と熊を掛け合わせたような、おおよそ人間的とは言いがたい獣の顔をし、眉の上には二本の小さな角が生えている。
魔王の討伐でタカ派の魔族はすっかり勢力を弱らせ、今や魔界の外で暮らしている魔族はハト派ばかりだ。
「コニールさんにはかわいそうなことをした」
「かわいそう?」
「勇者がこの街に来たとき、当時の市長を斬り殺してしまったんだ。それ以来コニールさんが代理を務めてくれていたんだけど」
「どうしてそれが『かわいそうなこと』になるのよ」
「魔王が倒された後、コニールさんは処刑されたんだ。広場でね」
「処刑? どうして? ハト派だったんでしょう?」
「禊、だよ。穏健派の魔族が街に残るには、従来の体制からの脱却を果たした証が必要だったんだ。コニールさんは自らその贄になった」
ガルードリヒは親指で首を搔き切る仕草をした。
「コニールさんは処刑され、屋敷は燃やされた。奥さんは焼け落ちた屋敷跡から死体が見つかったけれど、娘たちのほうは見つからなかったんだ。みんな、娘たちもずっと消息不明のままで、一緒に死んだものと思っていたんだけど」
「……三姉妹は生きていた」
ガルードリヒは静かに首を縦に振った。
「生きていると分かっていたら、できたこともあったろうに」
「三姉妹の素性について、もう少し教えてもらえる?」
私はガルードリヒからノネット三姉妹のことについて、彼が知り得る限りすべてを聞いてみた。
長女、ナンシー・ノネット。
ヒューマン族。故郷では名のある名士の娘だったが、魔王軍に侵略されて家族を殺され、奴隷市場に流されたところをノネット夫妻に助けられた。
魔力こそ貧弱であるものの、その魔法知識と術式論述には魔族の魔法教師も舌を巻くほどだったという。
次女、リンゼイ・ノネット。
ヒューマン族。イフェルスのスラム生まれ。
幼いころから道端で物乞いや窃盗をして暮らしていたが、大胆にもノネット家の屋敷に泥棒に入ったところを捕まった。
ノネット家で暮らすうちに更正し、将来の夢はトレジャーハンターであった。
三女、ゼルヒャ・ノネット。
ノネット夫妻の実子。しかし家をほとんど出たことがないので、どんな子なのかは不明。
血は繋がらなかったが、コニール・ノネットが健在のころからずっと家族仲は良かったという。
特に長姉のナンシーは、魔族に実の両親を殺されているにもかかわらず、コニール夫妻を実の両親のように慕い、また実子のゼルヒャを本当に可愛がっていた。
魔族にも穏健融和派がいることを誰よりも理解し、信じ、また手を取り合う未来を望んでいたのはナンシーだっただろう、とガルードリヒは分析する。
ノネット三姉妹が再びイフェルスに姿を現したのは、三ヶ月ほど前。路上でスリ行為を働くリンゼイの姿が目撃されたるようになったのだ。
コニールと個人的な付き合いのあった魔族の家に現れたナンシーのその手には、金の装飾のついたレイピアが握られていたという――――
ガルードリヒの話を聞きながら、私は少なからずナンシー・ノネット――――あの聖剣使いに同情を禁じ得なかった。
魔族たちに二度までも親を殺されてしまったナンシー。彼女はこの街の魔族にも人間族にも、相当な恨みを持っているはずだ。私がナンシーだったら、きっと街に火を放って地獄にしている。
それを思うと、あわよくばナンシーを暗殺してしまおうと考えていたさっきまでの私のことが、急に恥ずかしくなった。ナンシーには復讐を遂げる権利がある。私がそれを妨害するべきじゃない。
ガルードリヒに礼をいい、宿の部屋に戻ると先客がいた。
「すみません、先に休ませてもらってました」
あのエルフ女、ユズリハが私のベッドに潜り込んでいた。
「……出てって。貴女の部屋は隣よ」
「えー、いいじゃないですかー。一緒に寝ましょうよ。折角仲間になれたんだから、ね」ぽんぽん、と枕を叩くユズリハ。「親睦、深めましょうよ」
「誰が貴女なんかと。大体、さっき言ってたその……イェルマー、だっけ? 聖剣使いの話、全部出任せじゃない」
【風】の聖剣使い、その名はナンシー・ノネット。
種族もヒューマンだったし。長髪だったことぐらいしかユズリハの発言で当たっているところはない。
「貴女と仲良くして、私に何のメリットがあるの?」
「友情って、そういうメリットとかデメリットとか、そういうのじゃなくないですか?」
「さっきは『仲間』で今度は『友情』。その厚かましさをもう少し注意力に割けていれば、今頃一文無しになんてなっていなかったでしょうね」
「うぅ……エリーさんは辛辣だなぁ。いいとこのお嬢さんに見えるのに、性格が悪すぎる」
「余計なお世話よ。さあ分かったらさっさと部屋から出ていって」
私は扉のほうを指さした。が、ユズリハは動かない。
「……復讐、ですか」
伏し目がちになってそっと、呟くように漏らしたユズリハの言葉に、眉が震える。
コイツ、私が復讐のために聖剣使いを追っていることに気づいたのか……?
「エリーさんはどう思います? 復讐って」ユズリハは顔を上げた。「さっき宿屋の主人とエリーさんが話してるの、聞いちゃって。そのノネット三姉妹、って人たちが、復讐を企ててるんじゃないかって」
どうやら私を指して言った言葉ではなかったようだ。
「復讐なんて、下らないですよ」ユズリハは淡々と、至極当然のことのように言った。「両親を殺した仇を殺して回ったところで、死んだ人が生き返るわけじゃない。そんなことよりもっと、未来に目を向けるべきじゃないですか?」
「……おめでたい頭ね」
「えへへ。ありがとうございます」
「褒めてないわよ」
コイツと喋ってると調子が狂う。
「復讐……そうね、もし仮に、私が両親を誰かに理不尽な理由で殺されたとして。私がソイツに復讐する理由があるとしたら、両親を生き返らせたいなんて馬鹿げたことは考えないわ」
「じゃあなんで復讐するんです?」
「気持ちいいからよ」
「気持ちいい?」
「ええ、そう。家族を殺した人間が、名誉を貶めた人間が、今もぬくぬくと日常を享受している。そんなの我慢ならないわ。犯した罪には相応の罰を与えなければ。それが果たされれば、気持ちよく眠れる」
シンディを殺した勇者、天路アキラは今ものうのうとどこかで生きている。
妹を殺した罰を与えなければ、私が満足できない。幸せにはなれない。
「……エリーさん、今日サンド食べましたよね」
「突然何の話?」
「あれに使われてたニシンにも、家族っていたんじゃないでしょうか。その子たちが『親の仇!』って襲い掛かってきたらどうします?」
「どうするって……」
返り討ちにするだけだ。魚ごときに復讐されたところで、私が傷つくことはない。
そう口に出さなくとも、ユズリハは私の言いたいことに先んじて言葉をつなぐ。
「殺して、殺して、殺して、殺されて……そんなことを続けていたら、いつまでも復讐は終わりませんよ」
「……私は貴女と問答がしたくて仲間になったわけじゃないんだけど」
「エリーさん、私のこと仲間だって認めてくださるんですね!」
「はいはい、そういうことにしといてあげるから。さっさと出てって」
「はーい」
ユズリハはようやくベッドから出た。
「それじゃエリーさん、おやすみー」
扉から上半身だけ出して手を振るユズリハ。
さっさと出ていけ、このやろう。何が復讐なんて下らない、だ。
お前に何が分かる。
根なしのハーフエルフ風情に、家の名誉を踏みにじられた苦痛なんて分かるものか。