#7
その刀身には見覚えがあった。
ずしりと重く、そして左右対称の片刃二振りを揃えて一本にした――――いや、逆だ。
もともと一本だった聖剣が、真っ二つに割られていたもの。
「その聖剣……!」
「これは、ツヴェルゲンシュタール……!」
持った感覚は間違いなくレーヴァテインだ。折れた刀身部分が排除され、代わりにツヴェルゲンシュタールが新たな刀身として接合されている。
それはオリヴィアの仕業に違いない。オリヴィアは、姉オルガの遺品である【鉄】の聖剣「ツヴェルゲンシュタール」を、私のレーヴァテインの刀身に再利用したのだ。
刀身に額を当てると、感情が流れ込んでくる。
焦燥している。これは――――ファルの感情。それに、オリヴィアもファルの近くにいるらしい。
「そう……みんなが待っているのね。
だったら、早くここを出ないと」
「させない、よっ!」
火球を放つシンディ。でも、レーヴァテインを手にした私の敵じゃない。レーヴァテインに切り裂かれた火球は炎の奔流となって刀身に取り込まれ、レーヴァテインの力になっていく。
火魔法では意味がないと悟ったシンディは、風魔法で巨大な竜巻を起こした。空中から渦を巻いて降りてくる竜巻が、その場の空気をてんでめちゃくちゃにかき回していく。
「こんなとき――――」
あの子がいたら。
【風】の聖剣「ミストルティン」。それを操るユズリハがいてくれたら。
―――エリーさん……っ!
突風に顔を守った私の腕が、横から掴まれた。
風に髪を靡かせ、口元を緩めて優しく笑っている。尖った耳、端正な顔立ち――――ハーフエルフの女。
そこにいたのはユズリハだった。
「大丈夫です。あの風は見た目よりも弱いですよ」
「ユズリハ⁉ あなたどうして……」
「それより今は、ここを脱出することです。帰りたいんでしょう、ファルちゃんのところに」
後ろから私に被さったユズリハが、私の両手に自分の手を重ねる。二人で構えたレーヴァテインの切っ先を、シンディに向けると。ぱかっと刀身が左右に割れて、レーヴァテインの「本体」が露出した。
「レーヴァテインの放つ火は全てを焼き尽す炎。世界を切り裂くのに、これほど相応しい聖剣はないでしょうね。
さあ、唱えて下さいエリーさん。これはあなたが本当に求めるものを、手繰り寄せる力です」
レーヴァテイン。【火】の聖剣の本体は、ほんの私の腕の長さくらいしかない、ただの杖だ。
どんな冷気でも、どんな水でも消すことができない、不滅の炎を宿したただの棒きれ。これまでは制御もできなくて仕方なく巨大な刀身で覆うしかなかったレーヴァテインの力も、今の私なら制御できる。
「《この世を統べる理よ、我が意を聞き届けよ》」
高まる熱。シンディの起こした暴風でも、レーヴァテインの炎はかき消されない。
「《我ここに記す。真なる望み、真なる願い》」
真理に干渉する竜族の詞は、人間たちが使う魔法とは違う。
決まり決まった文法を持たない言葉。
私の、奥底から湧き出る言葉。
「《猛き光の奔流よ、我の行く道を照らし給え》」
レーヴァテインの発する炎の奔流が、ツヴェルゲンシュタールの割れて作られた隙間を満たしていく。
「《強きものよ。我が勝鬨に慄け――――》」
レーヴァテインの刀身に、模様が浮かび上がる。周囲に吹き荒れていた風が刀身に巻き込まれ、巨大な炎の渦となってシンディめがけて放たれた。
「うそ、そんなっ、ばかな――――」
炎を纏った竜巻が、シンディを飲み込む。
そのまま空の彼方まで貫いた私の竜哮砲は、バイリンの作った虚構の世界を捩じ切っていった。
「エリーさん」
ねじれて壊れる世界。ユズリハが私の手を離す。
「ユズリハ……っ」
反射的に伸ばした手を引っ込める。
あのユズリハは私の願望、夢の産物。私はそれを手放さなければいけない。
「エリーさん、わたし……」
「言わないで、ユズリハ」
光の粒になって融けていくユズリハを、私は見送る。
「それを聞いたら、あなたは本当にただのニセモノになってしまう」
信じたい。本物のユズリハが助けに来てくれたって。
夢の中でくらい、私の望みが自由に叶ったっていいじゃない――――
★ ☆ ★
「……さ……」
うん?
「リズさま」
ううん。
私が瞼を開くと、辺りは真っ暗になっていた。
微かに窓から漏れる光。その中に、ファルがいた。
ベッドに寝かせられた私を覗き込んでいる。不安そうな表情はすぐに消え去って、ファルは優しく微笑んだ。
「リズさま、ご無事でなによりです」
「ファル」
ファルの後頭部に手を回し、ぐっと抱きよせる。
唇を触れあわせると、ファルは一瞬引いたけど、すぐに私に合わせてくれた。
温かい、生の感触にとろけそうになる。
ファルは確かにここにいる。夢じゃない、と信じたい。
「ファル。今までありがとう。
ずっと私に尽くしてくれて……それなのに私は、貴女に酷い仕打ちをしてきたわ」
「何のことです?」
「貴女を妹の代わりだなんて。ファル。貴女はシンディの代わりなんかじゃない。
貴女は私にとって、命よりも大切なもの」
「だめですよ、リズさま。イラウンス家の末裔ともあろうお方が、ファルのような卑しい獣人に向かってそのようなお戯れを」
「戯れなんかじゃないわ。ファル。私は貴女を愛してる」
もう一度、ファルとキスを交わす。
熱くて甘い。甘くて切ない。
切なくて酸っぱい。酸っぱくてしっとりしている。
しっとりして、情熱的。ただただ、そこにある愛を貪る。
口ではダメなんていっていても、ファルのほうが私よりちょっと強引だった。
「リズさま。
砂漠の夜は冷えますゆえ。お許しを頂ければ、このままリズさまのお体が冷えないよう、夜更けまでお供をさせて頂きたいのですが」
「ふふ、許可します」
ファルはベッドから降りると、いつも着ている使用人服を脱ぎ始めた。
砂漠の夜は寒いっていうのに、服を脱ぐなんて矛盾してないかなって思うけど。
「――――えへへ。仲良しっこやねぇ」
「「わッ!?」」
枕元で囁くように声を掛けられて、私はベッドから飛び上がりファルは壁際まですっとんでいった。
「ええねぇ、ええねぇ。ウチは気にせんで続けてちょーやわ」
「バイリン!」
バイリンがベッドに顎を乗せてニヤニヤ、私を見ていた。
コイツ、まともに私の竜哮砲を食らったはずなのにピンピンしている。
「うふふ。『確かに殺したはずなのに』って顔しとるねぇ。化けて出たわけでも幻覚でもにゃぁよ。ウチはちゃーんと生きとる。
だっておねーさんに負けたん、夢の中だなも」
「そういえばそうだったわ」
ベッドから離れる。私が伸ばした腕に、下着姿のファルがレーヴァテインを差し出した。
夢の中と同じように、レーヴァテインは新生している。刀身はいつか見たツヴェルゲンシュタールが再利用されていて、私の意思に応じて刀身が開いた。
「今度こそ地獄へ送ってあげる」
「待って待って、待ってちょーやわ!」諸手を挙げるバイリン。「降参、降参やよ。ウチの負け、おねーさんの勝ち」
「あっそ。じゃあ負けを認めて死を受け入れなさい」
「待ってってゆーとるでしょー! ウチはおねーさんの力になろ思て来たんやよ!」
「力ぁ?」
「ウチのことは絶対生かしといたほうがええと思うんやよ? だってアスカちゃんフィエルちゃんが本気出したら、おねーさんなんか明日には殺されとるもん」
アスカとフィエル――――ユズリハがそんな名前の子について話していた。確か、七聖剣のメンバーだったか。
「フィエルちゃんの持っとる聖剣は【月】の聖剣『カリスト』。あれはワームホールを作ってな、どこにでも自由に行ける力を持っとるんよ」
「わーむほーる?」
「転移魔法のどえりゃぁのだと思っとったらええよ。フィエルちゃんがおねーさんのこと殺そ思たら、今この瞬間にこの部屋に来ることだって出来ちゃう」
そんな馬鹿な。私は使えないけど、転移魔法なら使っている冒険者を見たことがある。
転移魔法は目的地までの異空間通路を作る魔法で、出口は明確に位置をイメージできていないといけない。だから転移は目に見える範囲の短距離に使うか、長距離転移なら出口を固定するためのポータルを使う必要がある。まして、どこにいるか分からない相手のところへ転移するような芸当はできないはずだ。
「ウチならフィエルちゃんの能力も防げるんやよ。おねーさんが勇者様を抹殺するまでの間、ウチがおねーさんのこと守ったげる」
「何が目的? 貴女七聖剣なんでしょ。その貴女が、どうして私に味方するの?」
「ゆーたでしょ。ウチはいつでも弱いものの味方なんやよ。
勇者様とおねーさん、比べたらどっちが強いかなんて明らか。おねーさんのほうが弱い。やからウチはおねーさんの味方になる」
弱い?
私に負けたくせに、何言ってるんだか。
「信用できない」
「んもー。おねーさんったら疑りっこやねぇ。ウチもトラ子ちゃんと同じ獣人やのに」
「一緒にしないでください」ずっと静かにしていたファルが口を開く。「ファルはあなたと違って、リズさまに隠しごとなどしません」
「ウチも隠し事なんかしとらんよ? 最初からゆーとるでしょ、ウチはおねーさんの味方なんやよて」
「じゃあなんで襲ってきたのよ。私に変な夢を見せて、復讐を諦めさせようとして」
「あれは試しただけやよ」
「試す?」
「そ。おねーさんが本当に復讐を遂げられるのかどうか。
妹ちゃんの姿を真似たウチでも、おねーさんは情に流されずに殺せるのかどうか」
私はバイリンのテストに合格、だったんだろうか。
勝手に試されていい気はしない。バイリンは一体何様のつもりなんだろうか。




