#4
枯草を両手で包むように持ったバイリンが、ふぅと息を吹きかけると。たちまち枯草に火がついて、焚き火が出来た。
空は暗くなり始めている。焚き火の火が、バイリンの縦長に切れた黄金色の瞳孔を照らす。
逢魔が時――――昔の人は、夕方の一時をそう呼んだりしていたらしい。夕焼け空の妖しい雰囲気を背景にすると、バイリンの笑みは一層不気味さを増す。
「疑うとるようやねぇ」
「七聖剣が何のつもり? ユズリハの仇でも取りに来たの」
「そなまさかぁ。仇ならおねーさんが取ったじゃにゃぁの」
「どうしてそれを……!」
「ゆーたでしょ。ウチは弱いものの味方。なんでも知っとるよ、おねーさんのこと。いもーとさんが勇者様に殺されたゆーことも」
「……!」
焚き火に息を吹きかけて遊び、バイリンはあの不敵な笑みを浮かべながら、さも当たり前のように語る。
「持っとった【火】の聖剣のことも、旅の目的のことも。ユズ姉やんと仲良ししとったこともね。それから、セリアちゃんが七聖剣を殺して回っとったことも」
火の通ったヘビ肉が焦げ始めて、煙が熱くなった。私は石を掴んで無理やり焚き火から離す。
ファルが毒見を申し出たけど、却下した。毒耐性なら私のほうが高いから。
一口食べてみると、小骨ばかりであまり美味しくはなかった。とはいえ、保存用の干し肉よりは随分マシだ。
毒はないらしい。ファルに薦めた後で、バイリンにも薦めてみたけど断られてしまった。
「毒なら入ってないわよ」
「違ゃーて。ウチは仙人なんやよ。だから肉は食べにゃぁの」
「センニン?」
「そ。修行して、修行して、修行して。その果てにいるのが仙人。ほんだで、ウチは現世の穢れは食べにゃぁの。
仙術は便利よ。ウチの仙術がありゃ、おねーさんがどんな人生を歩んできとうか、手に取るよーにわかるんだで」
正直、彼女の言葉は少しも信じられない。センニン? 一体何の話?
シンディが死んだところから見ていただって? そんな馬鹿な。視線を感じたことなんか一度も無かった。
ただ、バイリンが私を暗殺しに来たわけではないというのは本当のようだ。
気配もなく背後を取り、詠唱もなく魔法を使える。不意打ちで私を殺すチャンスなら、いくらでもあった。
だがバイリンはそれをしていない。半開きにされた扇子――――気配から察するに、あれこそが彼女の聖剣であろう武器を手に、不敵に笑っているばかりだ。
「聖剣の勇者様、天路アキラを殺したゃぁんでしょ」
ぱちぱち。
焚き火が跳ねる。
「……ファル、今この人なんて言ったの?」
「さあ? 分かりません」
バイリンは訛りがひどくて、何が言いたいのか良く分からない。
「ウチは『天路アキラを殺したいんでしょう』ってゆーたの!」
「ああ、なるほど」「それなら分かります」
「調子狂うわぁ……。ともかく、おねーさんが復讐したゃぁゆぅんなら、ウチが手ぇ貸したってもええよ?」
「手を貸すって。貴女、七聖剣の一員でしょ。信用できないわ」
「こうして焚き火を囲んどってもかや?」
「当然でしょ」
出来ることなら今すぐコイツの首を刎ねてやりたいところだけど。
生憎私はレーヴァテインをオリヴィアに預けたままにしてしまった。聖剣なしで七聖剣と戦うほど私は愚かではない。手を下すのばかりファルに頼るわけにもいかないし、また新しい聖剣を探さないと。
「ユズ姉やんとは仲良ししとったにね」
「……ユズリハとは、そんなんじゃないわ。
いつかは殺し合う相手、そう思ってたし。私が復讐を果たすには、あの子は殺さないといけない相手だったのよ。私と出会った時点で、あの子は死ぬ運命だった」
「ふふ。おねーさん、ウソが下手やねぇ」
椅子代わりのレンガの上で、バイリンが足を組み替える。
「ウチには見えとるよ。おねーさんは最近、夢でユズ姉さんのことを見とる」
「は? 何の話?」
「とぼけても無駄やよ。夢の世界じゃ、おねーさんはいもーとさんとユズ姉やんと一緒に冒険者やっとる。絶対にかなわん夢。でも、それがおねーさんの本当の望み」
「分かったようなこと言わないで」
「『ようなこと』やのぅて、ウチには見えとるんやよ。おねーさんの本当の望みが。本当はおねーさん、ユズ姉やんと仲良ししたかったんやよ」
へらへら、不気味に笑うバイリンの背後で太陽が沈んだ。
逆光の中で、黄金色の瞳だけが光っている。七聖剣、焙燐。この女は信用してはいけない――――そう、私の直感が告げている。
★ ★ ★
砂漠の街には活気があった。ラーヴァクという街の名前には、この辺の言葉で「最果ての楽園」という意味があるらしい。
西から続いた街道は、ここラーヴァクで二股に分かれている。片方の東へ向かう道は山岳地方、それを越えると東国がある。そしてもう片方は砂漠の真ん中を突っ切って南洋へ出る道。南洋に隆起した新大陸へ向かう冒険者たちは、ラーヴァクで支度を整えるらしい。
パーティメンバーを募る予定でラーヴァクに留まっている私たちだけど、想像以上に難航している。何人か、新大陸行きを希望する冒険者と知り合ったけれど。剣士も魔法使いも、仲間にするには実力不足な冒険者ばかりだった。
「ダメですよシンディさん。街の中で竜の力は使わないって約束だったじゃないですか」
「だってぇ……」
酒場のテーブルに顎をのせ、シンディは不満そうな声でユズリハに答えた。
「アイツ、お姉ちゃんに色目を使ってたんだもん。弱っちいくせに」
アイツ……とは、今日出会った冒険者の男のことだ。異世界から来た「転移者」だと言った彼は、今は失伝した古代魔法の使い手だと言った。少し見せてもらったらなかなかの使い手だったので、採用しようと思った矢先。シンディが決闘を申し込み、その男を完膚なきまでに叩きのめしてしまった。
いくら古代魔法といえども、使うのがヒューマン族では竜であるシンディには勝てない。
「もうさー。いっそ三人で良くない? わたしとお姉ちゃん、それにユズ姉だけで。この街で待っててもいい人なんか見つかりっこないって」
「確かにね。でも……何だか足りない気がするのよ。何かが」
ユズリハの剣術は荒削りながら、神速だ。新大陸を目指す冒険者には腕の立つ剣士もたくさんいたけれど、ユズリハ以上の太刀筋を持つ剣士はいなかった。
シンディの魔力は人並み外れている。竜だから、といえばそれも理由の一つではあるけれど、竜の中でもシンディは特別だ。
私は――――どうだろう。少なくとも、力自慢の大物使いはたくさんいたけれど、腕相撲でも私に勝てる冒険者は誰もいなかった。
回復魔法ならシンディが使えるし、剣士としては私とユズリハは方向性が違う。私たち三人はバランスのとれたいいパーティだ。
でも、何かが欠けている気がする。何か、すごく大事なものが、ぽっかりと抜け落ちている気がする。
なんだろう――――すごく、すごく大切で、手放せないものだったと思うんだけど。それがなければ生きていけないくらい、大切な……。
「……ファル」
「ん?」
「そうよ、ファルだわ。私はファルを仲間にしたいのよ」
「ファル? ファルってあの、トラ獣人の?」
「そうよシンディ。忘れたの?
うちの使用人をやってくれてた子よ」
シンディの動きがぴたりと止まる。
見回してみると、止まっているのはシンディだけじゃなかった。ユズリハも、酒場の他の客たちも。まるで生気を抜かれたように突然動かなくなっている。彼らが取り落としたジョッキが床に転がり、鼻をつくような嫌な匂いが広がった。
「何? 何がどうなって……?」
おかしい。ここにはファルがいない。いないことに私が気づくと、おかしなことが起きる。
うろたえる私の視界が、光に満ちていく。
世界が壊れる。
私の世界。幸せな夢の世界。そうか、私はまた夢の世界に囚われてしまったのか。
現実じゃない。ファルがいない世界。だけど、シンディもユズリハも生きている世界。
いつまでもここにいられたらいいのに――――ふと思い付いた考えを、脳裏から追い払う。
ダメだ。
ファルは私のために罪を犯した。私はそれに報いると、誓ったばかりじゃないか。




