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聖剣の勇者 -復讐の焔竜姫-  作者: 96500C/mol
【霜】のエーギル
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#10

 ユズリハの墓は注文通り、暖かくて明るい所にあった。

 暗い森の少し開けた湖岸。波風にさらわれない、少し高台になった場所。あまり深くはないようで、ちょうど人ひとり分が寝られるスペースを掘り返して埋めた跡が見える。ファルが供えたものだろうか、名前も知らない赤紫色の鈴なりの花が添えられていたけれど、ファルの姿はそこにはない。


 墓の前に膝をつく。

 言わなくても分かってる。七聖剣は、弱者を理不尽に虐げる組織であってはならない――――それは、ユズリハの願い。

 ユズリハの願いを踏みにじったセリアを、私は七聖剣から排除する。それが、彼女への私なりの手向けになると信じて。


「……逃げたつもり?」


 墓標代わりに突き立てられたミストルティン、その向こう側にセリアが立った。

 私が膝をついていること、そして安置されたミストルティン。それを見てそこがユズリハの墓だと察したのか、セリアはにやりと笑ってミストルティンを蹴り倒した。


「いいわ。そんなにここがいいなら、仲良くそこにお墓を作ってあげる」

「必要ないわ。こんないい場所に眠るなんて、貴女には勿体ないもの。ねえ、セリア?」

「……いい加減にしてよ」


 エーギルは足から外されて、セリアの手に収まっている。

 その氷刃の切っ先を私の額に向けたセリアは、だいぶ苛ついた様子だ。


「聖剣もないただの魔獣風情が。いい加減負けを認めたらどうなの!」

「初めて出会ったイフェルスの街で、あの子は言ったわ。ミストルティンを盗んだ犯人が、本当にそれを必要とするなら。聖剣を譲ってもいいと思っている、と。

 ユズリハにとって聖剣はただの聖剣じゃなかった。自分の望みを叶える武器だったのよ。誰もが理不尽な現実に虐げられない、強さを持って生きられる世界を作りたい――――そのためなら、聖剣を振るうのは自分でなくてもいい。そう考えていたんだと思うの。もう、確認する術がないのだけれど」

「聖剣は力を与えてくれるわ」


 セリアは私からエーギルの切っ先を反らし、うっとりとその氷の刃を見つめながら、舐めるような視線を転がしエーギルを手の中で遊ばせる。


「私はアキラ様からこの聖剣と『エーギル』という銘を頂いた。エーギルはこの世で最も美しい聖剣。それを振るう私もまた、この世で最も美しい存在なの。

 でもあなたは違う。あなたは美しくない。バケモノのくせに人間のフリをして、半人間のハーフエルフと人間ごっこなんかして。気色悪いのよ」

「セリア、『人魚姫』ってどんな物語だったか、知っているかしら」

「は?」

「人魚姫はある日、溺れていた王子を助け、彼に恋をした。その恋を実らせるために人魚姫は人間の体を手に入れた。自分の美しかった声を代償にね」

「ステキな物語よね。愛のために自らを犠牲にするなんて」

「人魚姫は王子様と再会できたけれど、姿の変わってしまった人魚姫に王子様は気づかない。それどころか、隣国のお姫様と婚約してしまうの」


 セリアの顔が引きつる。

 人魚姫――――セリア・サルヴェイは、王子――――天路アキラに恋をした。その恋を叶えようとすべてを擲ったセリア達サルヴェイ家の魚人たちだったけれど、彼には別のお姫様――――それまでずっと旅を共にしてきた、ユズリハたちがいた。


「人魚姫は姉の人魚たちからナイフを貰う。そのナイフで王子を殺せば、人間からまた人魚の姿に戻って声も取り返せるから、と言われて。

 一度は王子を殺そうと決意した人魚姫だったけど、それは出来なかった。彼を愛するあまり、人魚姫は彼を不幸にして自分が幸せになることができなかったのね」


 人魚姫はもらったナイフで王子を殺さなかった。殺せなかった。

 彼女は人間の姿になると同時にもう一つ、代償を支払っている。王子の愛を手に入れられなかった人魚姫は、泡になって消えてしまう運命にあった。

 自らの死を受け入れた人魚姫は、憐れ、泡となってしまうのでした――――


「その後、呪いで泡になった人魚姫は消えてしまったかに見せて、実は精霊になって王子やお姫様を見守る存在になったの。人々が彼女を想えば想うほど、人魚姫は早く天国に行けるようになる――――そんなラストだったらしいわ。

 貴女が人魚姫だったらどうするのかしら、セリア。

 きっと、もらったナイフで迷いなく隣国のお姫様を殺しにいったでしょうね。大好きな王子様を奪われないために。

 そんな貴女に、どんな運命が待っているのかしら」

「おとぎ話がなんだっていうのよ」

「子供向けの童話には、道徳を育むという側面があるの。人魚姫の自己を省みない愛は良い行い、己の利益のために他人を害することは悪い行い。そして――――良いことをする人間は報われて、悪いことをする人間には罰が下る。童話とはそういうものなのよ」


 良いことをした人魚姫は王子様と再会し、悪いことをしなかった人魚姫は泡になって消えず、精霊になれた。


「もう一度言うわ。セリア・サルヴェイ。

 我らがイラウンスの血族が、必ず貴女の心臓を抉り出す。貴女には、安らかな死など訪れない」

「は? 何いって




 どすっ。




 ……え?」


 突然、セリアの胸を刃が貫いた。

 金属ではない。流れる水――――ドラウプニルの能力で作られた、ミストルティンによく似た細剣。


 背後に立ったファルが、セリアの心臓を流水の剣で刺し貫いていた。

 言葉を交わさずとも私の意図を察して動いてくれる私の妹、ファル。あるいは、とっておきの聖剣。


「なッ……⁉」


 力の抜けたセリアが、ユズリハの墓に覆いかぶさるように倒れ込む。

 ファルはセリアを足蹴にして墓から退けると、その手からエーギルを蹴り飛ばした。


 イラウンスの血族――――私の親族は両親も妹も、誰も残っていない。けれど家族はいる。ファルシアだ。

 いくらユズリハの死で頭に血が上っていても、聖剣使いと丸腰で戦うほど私は馬鹿じゃない。最初から、私はセリアを挑発して油断させ、ファルに手を下してもらうために動いていた。計画より早く戦闘になってしまって、ここまでセリアを誘導することになってしまったけど。


「なんで、獣人(ケダモノ)が……⁉ その剣、何ッ⁉」

「お初にお目にかかります。イラウンス家に仕えております、ファルシア・ファーヴニルと申します。あなたさまの御命を頂戴した者です。以降、お見知りおきを」


 お前の名前なんて聞いていない、とでも言いたげに口をぱくぱくさせるセリア。もう声も出ないらしい。

 そういえば、セリアはファルと顔を合わせたことがなかった。

 まさか私に帯同していた使用人が、しかも獣人が聖剣を持っているなんて想像もしていなかったに違いない。


「ユズリハは私に罪を告白しながら死んだわ。あなたは最期に、何を言うのかしら」


 私の足に縋りつこうとするセリア。

 「助けて」と言いたいのかもしれない。ユズリハの死に際と比べると、なんと生き汚い女だろうか。


「魚人は故郷の繋がりを大事にするそうね。だったら私は、貴女が一番嫌がる死に様を用意してあげるわ。

 湖から離れた森の中、野生の魔獣がうじゃうじゃいるところに貴女の死体を放置するの」

「……っ!」

「墓穴もなし。墓標もなし。貴女の死体は誰に弔われることもなく、魔獣に食い散らかされて、土に還る。泡になって消えるより、ずっとステキよね」


 なおも縋りつき、体をよじ登ろうとするセリアを私は乱暴に地面に投げ捨てた。


「ファルシア。お墓を直しておいてあげて。それから私の分の花も、代わりに供えておいてもらえるかしら」

「かしこまりました」


 礼をして盛り土を直し始めるファルの前で、私は変身を解いて巨大な竜になった。

 弱々しく藻掻くセリアを脚で掴んで飛び上がると、湖から顔を出すスルヴェート城の使用人たちが見えた。


 彼らはサルヴェイ家、もしくはそれに仕える魚人たちなんだろう。

 現城主のセリアが暗く深い森に向かって連れ去られるのを、彼らは声もあげず手もあげず、ただ見送るだけで何もしては来なかった。

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