#3
結局押しきられて、私はエルフ女と組むことになった。
エルフ女、名前を「ユズリハ」というらしい。性格もヘンテコなら、名前もヘンテコ。エルフ語か何かだろうか?
小料理屋の代金はファルが出してくれたので、食い逃げの容疑はかからずに済んだ。
元より私は金貨数枚程度しか持ち歩いていなかったので、盗まれてもそれほど痛くはない。けど、財布を盗んだ犯人には、制裁が必要だ。
おそらく、財布を盗ったのはあの、聖剣の匂いがしたよそ者女。
シンディを殺した勇者なんかを信奉しているのだから、七聖剣だってクズの集まりに決まっている。私はファルと別れた後、あのよそ者女の気配を探りながら市場へ戻った。
「……で、その『七聖剣』の知り合いって、どんな女なのよ」
道すがら、ユズリハに聖剣使いのことを聞いてみた。
「イェルマーさんっていうんですけど」
「背は?」
「高いですね。私くらい」
「髪は?」
「長いですね」
あのよそ者女の容姿とは全く一致していない。
やはりこの女、ウソをついているのでは?
「種族は?」
「エルフです。といっても、ハーフエルフなんですけど。その伝手で仲良くなったんですよ」
そういえば聞いたことがある。
エルフというのは閉鎖的な文化を持っていて、故郷を出た後も同族で集まってコミュニティをつくるとかなんとか……ま、どうせウソだろうから関係ないけど。
それにしてもハーフエルフの聖剣使いだなんて。創作にしても、あまりにも出来すぎている。
「あの。お姉さんのことは『リズ姐さん』でいいですか?」
「だめ。どうしても呼びたいなら『エリー』にして」
「分かりました、エリー姐さん」
「『エリーさん』ね。貴女、今度私のこと『お姉さん』呼ばわりしたら殺すわ」
「おー怖。分かりましたよ、エリーさん」
怖いといいながら、ユズリハはにやけ顔を崩さない。
この世で私のことを姉と呼んでいいのはシンディだけだ。こんな変人エルフに姉呼ばわりされる筋合いはない。
市場は私が朝通ったときほどの活気はなくなっていた。相変わらず、市場の遠くから聖剣の気配がするけれど、具体的にどこなのかは分からない。
それより今は、あのよそ者女だ。目立つよそ者は、すぐに見つけることができた。
「……げ」
通りのど真ん中を、よそ者女はリンゴをいくつか抱えて、一つを頬張りながら歩いていた。
私の姿を見るなり、スッと180度ターンして逃げ出す女。
「待てッ」
追いかける。
聖剣使いといえども、相手は所詮ヒューマン族だ。私が遅れを取るはずはない。
私は女を、市場から一本入った、人通りのない、薄暗い裏通りですぐに捕まえることができた。
でも、ユズリハははぐれてしまったのかついてきていない。こっちとしては好都合だけど。
「うひぃ……」
胸倉を掴んで壁に押し付ける。女は抵抗する様子もなく、抱えていたリンゴはごろごろ、地面に転がった。
「な、なんだよ……アタシが何したっていうんだ」
「答えなさい。返答によっては殺すわ」
「……カネならそうさ、盗んだのはアタシだ。でも全部は返せないよ、もう」
やはりコイツが財布を盗んだ犯人か。
女の視線は地面に転がったリンゴに向けられる。「お前から盗んだ金でリンゴを買ったんだ」とでも言いたいらしい。
「……名前は?」
「おいおい、名前を聞くなら自分から……って、痛い痛い! 言うからっ! リンゼイ、リンゼイ・ノネットだっ」
「貴女が【風】の聖剣使い?」
「お、おま……っ、どこでそれを……! ぐえっ」
手を持ち変えて首を掴む。
返答次第では殺す。その言葉に一切の偽りはない。
「私、アキラって人に会いたいの。案内してくれるかしら」
「あ、アキラぁ……?」
「しらばっくれても無駄よ。貴女『七聖剣』なんでしょ。救世の英雄、勇者天路アキラ。知らないとは言わせないわ」
「んぐッ……、知ら、知らねぇよ、そんなヤツ……!」
そんなわけがあるか。
私を勇者の元へたどり着かせない気だな。見上げた忠誠心だけど、そんなのは想定済みだ。
案内する気がないなら、このまま――――手に力を込めると、青い血管が手のひらに浮かんだ。
―――その手、離してもらえるかしら。
気配はなかった。
ただスッ、と。私の顎に、レイピアの切っ先が突きつけられていた。
レイピアの根元に視線を向ける。着飾らない、けれど地味でもない。臙脂色のドレス風装備は、イフェルスの住人とは思えない。
亜麻色の長髪、左耳の前に前髪を結って三つ編みに纏めた、ヒューマン種族の女。
「初めまして、強盗さん。私の妹から手を離して頂戴」
ぐっ、と切っ先がさらに押し付けられた。
白銀色に光を反射する細い刀身のレイピアは、金で作られた護拳部分に閉じた二対の蜻蛉の翅のようなものがあしらわれている。
初めて見たけれど、オーラで分かる。
これこそが、【風】の聖剣「ミストルティン」――――この女が、私が探していた『七聖剣』か。
「強盗呼ばわりとはいい度胸じゃない。そもそも私の財布を盗んだのはこの子よ。それに」
リンゼイから手を離し、ミストルティンの刀身を掴む。
力任せに、私の顎から切っ先を反らす。リンゼイの姉を名乗る聖剣使いは抵抗したけれど、人と竜では、同じような姿でも力の差は歴然だ。
「……っ」
「本当に私が会いたかったのは、貴女のほう」
私が手を放すと、げほっと咳き込むリンゼイは、その場にへたりこんだ。
聖剣使いの女の後ろから、小さい女の子が出てきて、リンゼイに肩を貸している。
黒いアンティーク風ドレスを纏った少女は、耳の上からこめかみに向かって、湾曲した小さな角が生えている。魔族の子のようだ。
「私、天路アキラに会いたいの。案内してもらえる?」
「不可能よ」
「なんで?」
「彼がどこにいるかなんて、私は知らないもの」
ミストルティンをつかんでいた手を離す。
アテが外れてしまった。『七聖剣』は天路アキラの熱烈な支持者で、彼に忠誠を誓う忠実な僕。そう聞いていた。
情報が聞き出せない、案内もさせられないなら、やることは一つしかない。
背中に担いでいた大剣を抜く。
無骨で、何の装飾もない鉄塊を申し訳程度に研いで刃をつけた代物。しかし、素養のあるものが振るえば、それだけで火の粉が舞う。
【火】の聖剣「レーヴァテイン」。私が柄を強く握ると、抜き放ったその刀身が赤熱し、湯気が立ち上った。
コイツで斬るのに鋭利さはいらない。超高温を発する刃が、あらゆるものを溶断する。
この女はここで始末してしまおう。
仲間がやられたとなれば、勇者もこの街にほいほいやってくるはず。
「その大剣……『遺物』、いいえ、『神代遺物』ね」
「その目で見ても、これが『聖剣』だって気づけないなんて。『七聖剣』も大したことないわね」
「せ、『聖剣』……!」
「姉貴、あいつやべぇよ! 逃げよ?」
聖剣使いの女に駆け寄ったリンゼイが、女の裾を後ろから引っ張っている。
「素直に逃がすとでも?」
レーヴァテインを振りかぶる。
【風】の聖剣使いは完全に戦意を失っていた。
必死に押さえようとしても、細く長いレイピアに伝わって、突きつけられた切っ先がプルプル振るえている。
この程度の実力の剣士が『七聖剣』だなんて拍子抜けだ。
「……エリーさぁーんっ どーこでーすかぁーっ」
表通りから聞こえる、私を呼ぶ間の抜けた声。ユズリハだ。
「あっ、エリーさんっ! こんなところに」
「……ちっ」
赤熱していたレーヴァテインをもとに戻し、背中に担ぎ直した。
ユズリハに殺害現場を見せるのは良くない。少なくとも、この女を殺してから勇者が来るまでは、私は善良な冒険者を装わなければいけない。やるなら人目につかないところでないと。
近づくユズリハ、そして逃げていくリンゼイと聖剣使い。
私はそれを追わなかった。焦った行動で計画をふいにするべきではないし、これまで費やしてきた苦悶に比べれば、主目標でないターゲットを見逃すことなんて痒くもない。