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聖剣の勇者 -復讐の焔竜姫-  作者: 96500C/mol
【霜】のエーギル
37/74

#7

 飛び出していた。


 観客席から飛び出した私は、躊躇することもなく竜人化して、まっすぐユズリハの元へ飛んで行った。

 倒れかかっていた彼女の背中を、支えるように抱きかかえる。


「ユズリハ!」

「エリー、さん」


 傷は浅い。これならまだ、治癒魔法があれば――――そう思った私の希望は、両手に広がる生暖かい感触によって打ち砕かれてしまった。


 セリアの放った氷の礫は、ユズリハの体を貫通していた。


 とめどなく流れ出す血液。体温。そして、命。


「早く、逃げ……ごほっ」

「喋らないで」


 とにかくこの場を離れよう。ユズリハを抱えて翼を広げた瞬間。咄嗟に、私はユズリハを放してレーヴァテインを抜いていた。


 振り向くと、目の前にセリアがいた。

 両手に握った氷の刃を備えた短刀。私の首を狙って、その刃が横一文字に振るわれる寸前だった。

 レーヴァテインを盾に構える。けれど、驚くべきことに、セリアの振るった氷の刃は弾かれることなく、そのままレーヴァテインの刀身を斬り裂いた。

 熱したバターでも切るみたいに、あっさりと。竜人化で強化した反射神経で避けていなければ、私の首ごと斬り裂かれていたところだ。

 仰け反って回避したついでに、セリアを蹴り飛ばして距離をとる。

 体勢がよくなかったせいか、あまりダメージにはなっていない。セリアは少し跳ね飛ばされただけで、浮島に軽々と着地した。


「おしかったわ」

「貴様……っ」

「その姿。やっぱり貴女、普通の聖剣使いじゃないわね。

 大剣を軽々振るう怪力と人間離れした反応速度。魔法に頼らない飛行能力。それに加えてその、真紅の鱗――――貴女、竜ね。それも最低最悪の赤竜(レッド・ドラゴン)。まさか生き残りがいたなんて」

「お前に構っている暇はない!」

「こっちはあるのよ。貴女を殺さないといけないんだから」


 距離を詰めてくるセリア。私は一歩後ずさったけど、踵が横たわったユズリハに当たってしまった。

 

 逃げられない。私だけならまだしも、ユズリハをここに置いていけない。

 まだ息がある。ここで私が逃げれば、セリアはユズリハにとどめを差すに違いない。


「仲良く死ぬのがお好みなら、そうしてあげるッ!」


 レーヴァテインの刀身は斬られて、残った長さは三分の一くらいしかない。これでは盾にならない。

 私がどうすべきか焦っていると、私とセリアの間に一筋の閃光が、空から浮島へ走り抜けた。


「リズ姉さん!」


 オリヴィアだ。

 フルクトバーレンを空に掲げたオリヴィアが、浮島のあちこちに大量の雷を降らせていた。

 セリアは突然割り込んできたオリヴィアを睨めつけながらも、降ってくる雷を避けるので精いっぱいのようだ。


「この場は任せて。リズ姉さんはユズリハさんを!」

「助かったわ。貴方も気をつけて」


 私はユズリハを抱え、決闘会場から逃げ出した。




   ★   ☆   ★



 私がファルを見つけて桟橋に降り立つと、ファルはすでに湖に落ちたアイリスを回収して戻っていた。何も言わなくても私の意図を察して動いてくれる。流石のファルだ。

 既に意識も朦朧として虫の息になったユズリハをその場に寝かせると、アイリスはユズリハを挟んで私の反対側に座り込む。


「アイリス、回復魔法は使える?」

「……ええ、まあ」


 瞼を閉じ、何かをぶつぶつ言い始めたアイリス。光が漏れ出した手のひらを、アイリスはユズリハの傷に当てた。


「……それほんとに回復魔法でしょうね」

「なんで疑うんです?」

「貴女がユズリハを殺そうとしていたから」

「そんなことしやしませんって。今この場でこの半血を殺したら、あなたたち私を八つ裂きにでもするんじゃないですか」

「よく分かってるじゃない」

「私はそこまで馬鹿じゃないですよ。半血のことは嫌いですけど、自分の命を捨ててまで殺そうなんて思いませんし」


 ひゅっ、とユズリハが息をした。


「ユズリハ!」

「エリー、さん……逃げられたんですね」

「ええ、もう大丈夫よ」

「う、ううん……たぶん、大丈夫じゃないです」


 ファルが私の隣に座りこみ、ユズリハの手を握った。


「約束通り……わたし、勝ちましたからね、エリーさん。七聖剣に、入って……げほっ」


 ユズリハは苦しそうに血を吐いた。


「ええ、約束だものね。入ってあげるわよ、七聖剣に」

「よかった……約束、ですよ?」


 ファルの上から、私もユズリハの手を握る。


「わたし、エリーさんに話してないことが、あって……」

「後で聞くわ」

「いいえ、今じゃないとダメです……。

 げほっ、げほっ。ウェラニウス山、赤竜討伐……あの時、わたしもあの場所に……」


 ユズリハの手を握っていた私の手は、自然と解けた。


「えへへ……そうなんです。わたしも、エリーさんの、復讐相手……。

 ほら。嬉しいでしょう、エリーさん。仇が死にますよ」


 嬉しい?

 そうだ。私は妹を殺した勇者を抹殺するために旅をしてきた。

 ユズリハは勇者と旅を共にしていた。だったら、妹を殺したときだって、その場に居たって何もおかしくはない。

 コイツも、シンディの仇だ。


「シンディちゃん……といったんですね、あの竜の子。

 ごめんなさい……あの時のわたしは、気づかなかったんです。アキラさんの為すことは、すべて正しいと信じて……

 わたしも、シンディちゃんを傷つけました。湖に待ち伏せして……ミストルティンで何度も……。

 シンディちゃんの皮膚で、篭手、作ったときも……げほっ。悪いことだなんて、これっぽっちも、思わなかった……!

 少し考えれば、分かること……だったんです。屋敷には、夫婦がいて……シンディちゃんがいて。家族だった……狩られる竜にも、家族はいたって。げほっ、ごほっ。

 酷いですよね……理不尽に、虐げられる人が、いない世界にしたいだなんて……。そのわたしが、聖剣の力に溺れて、エリーさんの家族を、殺した!

 竜だったから! 村の人の話だけ聞いて。竜だからって、一方的に殺されていい理由なんか、ないのに……!

 反省すら、してなかった!」


 私の両手は、自然とユズリハの首を絞めていた。

 夢にまで見た瞬間。シンディの仇に、死を与える瞬間。それが、今私の目の前に来ている。


 殺せ。

 自分に言い聞かせる。

 ユズリハを殺せ。

 コイツはシンディを殺した仇だ。

 殺せ。

 殺せ。殺せ。

 お前はこのために、旅をしてきたんじゃないのか。

 殺せ。殺せ。殺せ。殺せ――――


 でも、私は両手に力を入れることができなかった。


「……泣かないでください、エリーさん。謝っても……許されないことを、わたしはしたんです。

 わたしは、あなたの仇。わたしを殺すために、旅をしてきた。これは報いなんです。わたしが死ぬこと、エリーさんは喜ぶべき、です。

 所詮わたしは忌み子……だから」

「違うわ」


 拳を開いて、ユズリハの頬を撫でる。


「生まれなんて関係ない。貴女は貴女よ、ユズリハ。自分の命を顧みず、凶刃からアイリスを庇った、【風】の聖剣を持つに相応しい剣士よ。

 貴女が私の仇であったとしても……それは賞賛に値するわ」

「えへへ……エリーさんに褒められると、嬉しいなぁ」


 アイリスが回復魔法を止めた。

 私がにらみつけると、静かにアイリスは首を横に振る。 


「げほっ、げほっ……わたし、まだまだ、話したいこと――――」

「……眠りなさい、ユズリハ。言葉にしなくても、分かっているから」


 ユズリハの髪を撫で、囁くように歌う。

 桟橋で歌っていた、ユズリハの子守歌。私の知らない国の歌。きっと、ユズリハが母親から聞かされていた歌だ。


 忌み子だなんてとんでもない。祝福されない子供に、母親が子守歌など唄うはずがない。

 愛されていた。ユズリハは、母親から。子守歌は、ユズリハにとっての愛の証だったのに違いない。


 子守歌に一瞬驚いた顔をするユズリハ。でもその顔はすぐに安らかな寝顔になって、大きく息を吐く。




 それきり、ユズリハが瞼を開くことはなかった。


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