#6
決闘会場にひと際強い風が吹き荒れる。
浮島全体が大きく傾き始め、私は観客席の手すりをがっしりと掴んだ。ユズリハはどうなった? 確か、水に落ちて――――私が視線を向けると、湖面が巨大なすり鉢状に渦を巻く中にユズリハはいた。
ミストルティンを手に、全身に竜巻を纏わせて宙に浮いている。
そういえば、ゼルヒャも風魔法で空を飛んでいた。彼女とは比べ物にならない嵐を起こせるユズリハなら、同じように空を飛べたって何もおかしくない。
これがユズリハの策だろうか?
「そんな風魔法に頼らないと飛べないなんて。やっぱり半血はダメですね!」
煽るアイリスの背から、光の翅が生えた。
アイリスが飛び上がる。ユズリハが飛べたとしても、まだアイリスには絶対的な優位にはならない。純血のエルフであるアイリスは、魔法に頼ることなく空が飛べるからだ。
「消えろ! 私の前からッ!」
突き出されるアリコーン。
ユズリハは引かない。あらゆるものを破壊する槍の切っ先が、防御の構えを取ったユズリハのミストルティンに触れる――――
「この時を、待っていましたっ!」
ミストルティンを振りぬくユズリハ。弾かれるアイリス。
その場の誰もが息を飲んだ。一体何が起きた?
触れたものはたとえ聖剣であっても必ず破壊するはずのアリコーン、その切っ先が、ミストルティンに弾かれたのだ。その事実に一番驚いているのは、誰よりもアイリスだ。
「馬鹿なっ!」
空中でバランスを崩したアイリスに、ユズリハがミストルティンの切っ先を向ける。吹き荒れる竜巻がアイリスを押し出し、浮島へと叩きつけた。
「うっ……どうしてっ⁉
確かに触れたのに……どうして砕けないの⁉」
近くに降り立ち、突きを繰り出すユズリハ。アイリスは槍でその切っ先を弾こうとしたけれど、逆にアリコーンのほうが弾かれてアイリスが体勢を崩してしまう。
「なんで……なんで、なんでなんで⁉」
半狂乱になるアイリス、押し込めるユズリハ。それを見て、オリヴィアが小さく「そうか」と呟く。
「オリヴィア?」
「ユズリハさんの策だよ。触れたものはすべて打ち砕いてしまう【砕】の聖剣『アリコーン』、それでもアイリスさん自身は破壊されていないんだ。本当に触れたものを例外なく破壊するなら、直接手に触れているアイリスさん自身が破壊されていなければいけない。
つまりアリコーンが破壊できるものには例外があるってこと。『破壊』するにはは壊すべき『実体』がないとできない。だから単なるエネルギーでしかない、実体がない魔力は破壊することはできないんだよ。だからユズリハさんはミストルティンで増幅した自分の魔力を刀身に纏わせ、魔力そのものを剣にしているんだ」
最初に絶対に効くはずのない風魔法を使ったのも、きっとそれを確かめるためだったんだ、とオリヴィアは続ける。
「ユズリハさんの風魔法、アイリスさんは魔法で打ち消すか避けるかしかしなかった。もしアリコーンが魔法も斬れるなら、風の刃をアリコーンで切り払えば済む話だからね」
ユズリハの切り上げが、アイリスの手からアリコーンを弾き飛ばす。
宙を舞ったアリコーンが二人から少し離れた位置に落下する。突き刺さったアリコーンは浮島の舞台を破壊し、穴を開けながらずぶずぶと沈み込んでいった。
ユズリハはミストルティンの切っ先をアイリスの喉元に突き付けている。背を仰け反らせたアイリスは身動きが取れない。
「降参しますか、アイリス・イベルナル。わたしはあなたのことがキライですが、命まで取ろうとは思っていませんよ」
「くっ……半血のくせに。魔力も少ない、知識も少ない、聖剣の力だって私のほうが上なのに……!」
「そうですね」
ミストルティンを引き、腰に差し直すユズリハ。
緊張が解けたアイリスが脱力して膝をつく。
「アイリス、あなたはわたしよりずっと強い。だから負けたんです」
「……え?」
「すべてを打ち砕く【砕】の聖剣。あなたは自分の強さに酔って、アリコーンの攻略法なんて存在しないと思っていた。いいえ、存在しないと信じて疑わなかった。だからわたしが風魔法を撃ったときも、ただの悪あがきだとしか思わなかった。
悪あがきをしているように見せかけるのが、わたしの作戦でした。魔法の撃ちあいじゃどうしてもあなたには勝てない……だから、あなたにはアリコーンで接近戦を仕掛けてもらう必要がありました」
「私は……まんまと乗せられたっていうの?」
「はい。嵐を起こしたのも、わたしがミストルティンの力に頼っていると思わせるためです。あなたはミストルティンを破壊するか、わたしを殺してしまえば勝てると思った。
あなたが油断しない人だったら、絶対に優位の取れる魔法の撃ちあいを選んだでしょうね。だってわたしは風魔法しか使えないのに、あなたは同時にいくつもの魔法を撃てる。手数だけでもわたしの不利は明白でした」
「くっ……!」
崩れ落ちるアイリス。ユズリハはしゃがんで穏やかに声をかける。
「あなたを七聖剣から追放します。また鍛え直して、戻ってきてくださいね」
「……へ?」
「アイリス、あなたは自分を高められる人だとわたしは思います。無詠唱魔法、実戦で使えるほどまでに極めるのは簡単ではなかったはず。
自分の強さに対する盲信が無ければ、あなたはもっと素晴らしい聖剣使いになれるはずです」
「生意気な、半血のくせに……!」
「その意気です。今度こそは絶対、油断することなくわたしを殺してくださいね」
立ち上がったユズリハは、アイリスに手を差し伸べた。
自分を殺そうとする敵――――『半血』と嘲った、生かしておけばいつか自分が殺されるかもしれない相手とも手を繋ごうとする。ユズリハはそういう子だ。だって、私とも仲良くしたいなんで言い出すくらいだから。
しばらくうつむいていたアイリスも、ついに折れた。顔をあげ、ユズリハの手を掴んで立ち上がった。
半壊した決闘会場で握手を交わすユズリハとアイリス。さっきまで殺し合いをしていた二人が、まるで健闘をたたえ合うかのようにも見える。
そこに、どこに隠れていたのか、今まで姿を見せなかったセリアがのそのそ近づいてきた。
「……ホント、使えない子」
「セリア?」
「私は貴女にどんな命令をしたのか、覚えているのかしらアイリス?」
「……セリアさん、すみません。負けてしまって」
「『すみません』じゃないのよ。貴女言ったわよね、『絶対に勝てる』って。期待外れもいいとこだわ。
あーあ、七聖剣にも入れないような、貴女みたいな雑魚に肩入れするなんて、無駄なことしちゃったわ」
「セリア、言い過ぎだよ。謝って」
「七聖剣の第一席だからって、なんでも命令できると思わないことね。ユズリハ・イェルマー。
周りを見て御覧なさい。この決闘の観客が誰なのかをね」
観客は誰か――――決闘を見ているのは、私たち三人を除けば魚人族たちだ。それも、全員がスルヴェート城で働く、サルヴェイ家の息のかかった使用人たち。
「筋書きを変えましょう。
『七聖剣第一席、ユズリハ・イェルマーは決闘の最中、不幸にも命を落としてしまう。七聖剣第七席の新入り、アイリス・イベルナルはユズリハを抹殺するために七聖剣に入り込んだ暗殺者だったのだ!
アイリスは決闘の審判を務めていた第五席、セリア・サルヴェイに襲い掛かる……が、セリアはアイリスを返り討ちにし、ユズリハの仇を取るのだった』――――うん、これがいいわね」
「セリア……?」
「ユズリハ、それにアイリス。それから貴女の客人とかいうあの三人組。それをこの場で全員消せば、決闘の結果を知るものは誰もいなくなる。
まずは貴女からよ、アイリス」
一瞬だった。
腰のホルスターから、セリアが短剣を引き抜いた瞬間。セリアと二人の間の空間が突然凍り付き、無数の氷の刃になってユズリハとアイリスに襲い掛かった。
咄嗟にアイリスを突き飛ばして湖に落とすユズリハ。セリアの無数に放った氷の刃の一片が、その場に一人残ったユズリハの胸を貫いた。




