#2
アイリスが顔を上げると、勝ち誇った表情をしていた。
セリアがアイリスに代わって略歴を話し始める。
「アイリスはここからずっと北にある、エルフのはぐれ集落に生まれた子。魔法の腕を認められてルシアード魔法学院に入学、卒業しているの」
「アキラ先生は学院では私の担任教官でした。魔術と武術の両方を教わりました。それはもう……手取り足取り♪」
何頬染めてんだコイツ。
「卒業の際に頂いたのがこの、【砕】の聖剣」
アイリスは背中から槍を引き抜いた。
材質は金属じゃない。ベージュ色の骨のような質感の板を、透明な軸に螺旋に巻き付けたような構造で、それ以外にこれといった特徴のない直槍。
長さはアイリスの背よりも少し短い。とはいえ、エルフらしくアイリスは長身だ。たぶん、あの聖剣は私の身長より長い。
「故郷の伝説になぞらえ『アリコーン』と名付けました」
「すごい聖剣だ」オリヴィアがうっとりと呟く。「氷海をかちわって進む鯨のように雄大で力強く、それでいて優雅だ」
「……何その例え」
「『とても美しい聖剣だ』ってことですよリズ姉さん」
ドワーフってこんな比喩が仰々しい種族だったっけ。それとも、オリヴィアが独特なだけ?
「七聖剣にこれほど相応しい人材はいないんじゃないかしら。実際、アキラさんからも『いいんじゃないかな』っていってもらえているし」自信満々のセリア。
「じゃ、じゃあ……!」狼狽えるユズリハ。「他の七聖剣の同意も……?」
「アスカ様とフィエルは認めてくれたわ。私は言うまでもなく。グレースは保留、だからあと一人の承認があればアイリスは七聖剣に入れる。
貴女は当然拒否するでしょう? だからあとは焙燐ね」
「焙燐は何て……?」
「返事がないの。あの子ったら、一体どこに行っているんでしょうね」
ここまで取り乱しているユズリハは初めて見た。
ノネット姉妹にミストルティンを盗まれたときも、ファルが獣人解放戦線から戻ってこないときも。私がオリヴィアに一方的な裁判にかけられているときでさえ――――真っ暗闇のトンネルで怖がって震えていたことはあったか。でも、ここまで冷や汗を垂らしたりはしていなかった。
何かある。私の直感が言っている。そしてその理由を、セリアは知っている。
「と、ところで……。アキラさんはどちらに?」
「今はいないわ。東の国で竜王を名乗る魔物が暴れてるんですって。アスカ様とフィエルを連れてその討伐に出てる」
「し、七聖剣の任命には、最終的にはアキラさんの承認が必要……」
「そうね」
「じゃ、じゃあ、まだその子が第七席になるって、決まったわけじゃないんだ!」
「そうね。まあ、ほぼ決まったようなものだと思うけど」
高笑いしながら奥へ引っ込むセリア。それにアイリスも続く。
緊張の糸で釣られていたユズリハが、糸が緩んだ操り人形のようにその場へ崩れ落ちた。
☆ ★ ☆
ファルにあてがわれた小屋は、中も相当に酷かった。
母屋であるスルヴェート城、その荘厳さと同じ敷地にあるとはとても思われないほど貧相だ。窓は質の低い曇ったガラスが嵌められているし、一応寝床としてベッドはあったものの、掃除が行き届いていないのか少しかび臭い。家具といえばそんな古びたベッドと、食事用の小さなテーブルがあるだけだ。
ファルは嫌がったけど、ついには折れてオリヴィアを小屋に入れた。4人入るとやはり窮屈さを感じる。私とファルはベッドに腰を下ろし、ユズリハとオリヴィアはテーブルの粗末な椅子に座った。
「まさか、セリアが新しい七聖剣候補をもう見つけてたなんて……」
「そんなに取り乱すようなことかしら」
「エリーさんはいいんですか、七聖剣に入れなくても」
「別に? 最初から、七聖剣に入るために旅をしていたわけじゃないし」
私としては天路アキラに近づければそれでいい。スルヴェート城を留守にしているのはちょっと想定外だったけど。
「それにしても……七聖剣っていうのは、変な組織だね。席次の順に偉いのかと思ってたけど、そうじゃないみたいだ」
オリヴィアの指摘は、私も気になっていたところだ。
ユズリハは第一席。席次の順に階級が決まっているなら、七聖剣で一番位が高いのはユズリハであるはず。事実、第四席のグレースはユズリハに対して終始丁寧な対応で、敬意を払っているように見えた。
だけど、スルヴェート城の城主はセリアみたいだし、セリアは終始ユズリハが見上げる位置にいた。彼女の席次は分からないけれど、席次が絶対の組織ならありえない対応だ。
「七聖剣はそういうのじゃないよ。席次はただの強さの順。順位に文句がある人はメンバー過半数の同意を取り付けるか本人に同意を得るか、それでまとまらないときは決闘で決着をつけることになってる」
……思ったより血の気の多い組織だった。
それでも、第一席に鎮座しているということは、ユズリハは七聖剣の中で他メンバーを黙らせられるほど強いか、一番人望があって誰にも下克上されないかのどちらかだ。
理由がどちらだったとしても、今のユズリハの様子は明らかにおかしい。
戦ったら絶対に勝てるくらい強い自信があるなら新メンバーに怯える意味が分からないし、下克上されない人望があるならドンと構えていればいいのだ。
まして、新メンバーが増えることを恐れているわけでもない。なぜなら私はユズリハに、新たな七聖剣候補としてこの場に連れてこられているからだ。新メンバー加入を恐れているなら、私のことも拒絶していないとおかしい。
「ファルちゃん。お水、もらえるかな」
「ユズリハさま、今日はどうされたんです?」
ファルはコップの一つに水を注ぎ、ユズリハに手渡す。
ユズリハはそれを一気に飲み干した。私が以前話した、上流階級の水の飲み方作法も忘れてしまっているらしい。
「ごめん、大丈夫、大丈夫だから」
「とても大丈夫には見えないな」
冷や汗も滝のように流している。飲んだ水が、その場で全部流れ出てしまっているのではと思うほどに。




