#1
エリザベスたちは先代の七聖剣第五席オルガ・オックルの弟、オリヴィアを加えて勇者天路アキラの居城であるスルヴェート城にたどりつく。
聖剣で手を下された妹シンディの仇討ちの旅をするエリザベスと、聖剣で手を下された姉オルガの仇を探す旅をする決意をしたオリヴィア。二人の間には、奇妙な信頼が生まれていた。
太陽の光を吸い込んでしまうのではないかと思ってしまうほど暗い森。それを映す澄み切った水を豊富に湛える湖。その冷たい湖に反射した光を浴びて、七色の光を纏う巨躯を晒しているのが、スルヴェート城だった。
建築様式はゴシック調だけど、材質は見るからに石やレンガの類ではない――――近づいてみて分かった。材質は貝殻だ。
巨大な貝を使ったものではない。小さな貝を集め、砕き、建築資材に使っている。
「ようこそ、スルヴェート城へ!」
「すごい城ね」
「この城は、アキラさんが魚人族から友好の証として贈られたものなんですよ」
友好の証に城をまるごと贈るなんて気前のいい人たちもいたものだ。
馬車が近づくと、門はひとりでに開いた。
門をくぐった瞬間、ミストルティンとフルクトバーレンがきいんと清らかなうなりを発する。おそらく、城全体にある種の防御魔法がかかっている。聖剣、その中でも「グラムの雫」に由来する聖剣のみを識別する魔法が。
城の入口の前に馬車を横づけすると、中からわらわらと使用人たちが現れて馬車を取り囲んだ。慣れた手つきで馬具を外して馬を引いて厩舎のほうへ行き、御者にはチップを渡して「長旅でしたでしょう、城の中でお休みください」と労っている。
馬車の後ろに回った使用人たちは、通路を作りながらユズリハに一斉に「おかえりなさいませ」とお辞儀をした。
「みなさん、ただいま戻りました。お出迎えありがとうございます。
この三人はわたしのお客様です、失礼のないようにお願いしますね」
使用人たちが首を傾げている。
ひとしきり疑問を抱いた後で、話し合いたくなったのか使用人同士で何かこそこそと話し始めた。
「お言葉ですが、ユズリハ様。そこのケダモノもお客様なのですか?」
「何か問題がありますか?」
「はい。獣人に絨毯を踏ませるわけには参りません。汚れてしまいます」
使用人たちの表情は真面目そのもの――――ファルに意地悪をしようというのではない。彼らにとってはそれが「常識」なのだ。
「わたしの客人であってもですか」
「はい。セリアお嬢様から七聖剣の方々には最大級のおもてなしをするよう仰せつかっておりますが、ルールには従っていただかないと」
「じゃあファルちゃんにはどこで寝ろっていうんです」
使用人は言葉を返さず、幌馬車の中、ううん、トンネル状になった馬車の幌、その向こうを指さした。
その先にあるのは、厩舎の隣に建てられたおんぼろの木造小屋だ。
一応小屋の形はしていて、屋根もある。けれど、壁の板は一部剥れかけで、風でぱたぱたと穴が開閉していた。
「いやいや、いくらなんでも……」
「大丈夫ですよ、ユズリハさま。ファルはああいうのは慣れっこです」
「じゃあ私もあそこでいいわ」
城を見たあとだとみすぼらしく見える小屋だけど、野宿上等の冒険者生活をしてきた私とファルにとっては、屋根と壁があるだけでも十分だ。あとは床と寝床の区別があればなおいい。
「じゃあボクも……」
「「「あなたはダメ」」」
「ひどいや」
馬車から降りる。ユズリハ、オリヴィア、そして私が降りるときには手を貸してくれた使用人たちだったけど、ファルには一切関心がないらしく、ファルは自力で馬車から降りなければならなかった。
「ファルちゃん……」
「お気になさらないでください、ユズリハさま。ファルは獣人、しかたのない扱いです」
「セリアに掛け合ってみるからね。ファルちゃんだってわたしの大事な友達なんだから」
「ファル、私は七聖剣と会ってくるから、寝られるように小屋の中を整えておいて」
「はい、リズさま」
お辞儀をしたファルはまっすぐ小屋のほうへ行き、私たちは城の中へ入った。
スルヴェート城の中も、外観に負けず劣らずの荘厳さを放っていた。
ゴシック調のエントランスの天井は高く、壁には手元の高さから天井近くまで、細長い窓にステンドグラスが填まっている。乱雑に見える模様に何が描かれているのかは、日差しが入ってきて床に絵柄が映ると明らかになる。
上半身は女性、下半身は魚の姿をした人魚が、難破船から放り出された人間の青年を発見する――――おとぎ話の「人魚姫」だ。
ステンドグラスの絵は続き物になっていて、浜辺に打ち上げられた王子が助けられるのを人魚姫が見守るシーン、魔女に人間の姿に変えてもらうシーン、そして人魚姫が王子と再会するシーン……と続くけれど、王子が別の女性と結婚するシーンらしきものは見当たらない。再会シーンの先は、ずっとそこまでの絵のループだった。
「ようこそ、我がスルヴェート城へ」
声がエントランスに響き、声の主の方を向く。エントランス奥の階段の上に、女の子が一人立っている。
ウェーブのかかった淡青の髪、ゆったりとした、丈の長いパーティドレスは、きらきらと光を反射しゆらゆらと模様が変化している――――まるで、朝日に照らされた湖面の水のよう。
「私は城主、セリア・サルヴェイ。そして七聖剣の一員、【霜】の聖剣『エーギル』の聖剣使いでもあります」
「セリア。実はもう一人、ここに連れてきたい人がいるんだけど」
「ユズリハさん」セリアはユズリハの言葉を遮った。「まずはそこの二人が私に挨拶するのが先じゃないかしら」
私はセリアに向かって片膝をつき、頭を垂れた。
一応城主というくらいなので、形だけでも敬意を払っておかないと。
「お初にお目にかかります。【火】の聖剣『レーヴァテイン』の聖剣使い、エリザベスと申します。お会いできて幸栄です」
「【火】の聖剣……? そんなもの聞いたことがない」
「はい。これは七聖剣の皆さんの聖剣とは出自を異にするもの。神代遺物ですので」
「ふーん、そう。で、そっちの方は?」
今度はオリヴィアも、私を見様見真似で片膝になった。
「ぼ、ボクはオリヴィア、オリヴィア・オックルといいます。【雷】の聖剣『フルクトバーレン』の聖剣使い、です」
「オックル……ああ、もしかしてオルガの妹さん?」
「妹じゃなくて弟さんなんだって」
「え? その格好、どう見ても女の子なのに。あなたそういう趣味なの?」
オリヴィアは答えずに私のほうに目配せしてきた。
この女、殴り殺してやりたい――――そんな殺気が、オリヴィアの瞳の奥に見えた。
殺意とまではいかないけれど、私もセリアのことは好きになれそうにない。
「まあいいわ。七聖剣第一席、ユズリハ・イェルマー様のお客様ですもの。丁重におもてなしして差し上げましょう。行先はどちらで?」
「様」にアクセントを置くと、嫌味にしか聞こえない。
七聖剣ってのはヘンなのしかいないのかな。
「セリア。わたしはエリーさんを七聖剣に推薦するために連れてきたんだよ」
「あら、奇遇ですね。私も七聖剣に推薦する聖剣使いを城に招いているんですよ」
こっちへ、とセリアが横にずれると、奥の扉から一人の女性が現れた。
すらりと長い手足。つかつかと上品に歩く彼女のたなびく銀髪は、浜辺に打ち寄せる波のよう。その輝く銀髪に負けず劣らず、装備している儀装甲冑も白銀色に陽を反射して煌く。
長く尖った耳に細い眉。端麗な容姿――――間違いなく、エルフ族の女だった。
「お久しぶりですね、ユズリハさん。お二人は初めまして。アイリス・イベルナルと申します。セリア・サルヴェイさまにお招きいただき、この城へ参上いたしました」
頭を下げるアイリス。その背中に、彼女の得物である聖剣は背負われている。
長い。剣にしては長すぎるそれは、槍だ。
【砕】の聖剣「アリコーン」。それは骨のようなもので出来た、彼女の身長より少し短い程度の、一本の投擲槍である。




