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聖剣の勇者 -復讐の焔竜姫-  作者: 96500C/mol
【風】のミストルティン
3/74

#2

 辺境の街、イフェルス。

 魔王が生きていた頃は、この街は魔族に完全に支配されていた。勇者アキラが世界を救ってからは人々も徐々に戻り始めたが、三年経ってもまだまだ復興の目途は立たない。


 勇者アキラの聖剣「グラム」には、対峙するものすべてを討ち滅ぼす力以外にももう一つ、聖剣に準じる武器を生み出す力も持っている。彼は生み出したその偽りの聖剣を、自分の信奉者に与えてまわっているらしい。

 特に強大な聖剣を振るう七人の剣士は「七聖剣」と呼ばれ、この街にも今、治安維持のために【風】の聖剣「ミストルティン」を振るう、七聖剣の一人が来ているという。


 その七聖剣を捕縛しアキラの元まで案内させるか、あるいは非協力的なら抹殺してしまおうというのが、私がこの街へ来た目的だ。


 私は日用品を買い求めるイフェルス住民たちでごった返す市場を歩きながら、気配を探った。人間と同じ姿に変身していても、感覚の鋭敏さは竜のときのままだ。押し合い圧し合いの人混みの中でも、聖剣の放つオーラみたいなものは手に取るようにわかる。

 この道の先、市場の向こうに、聖剣を持っている奴がいる。


 別行動にしたファルには仕事を与えた。市長の邸宅に潜入させ、この地へ来たという聖剣使いについての情報を集めてもらっている。私は聖剣そのもの、ファルが聖剣使いを探す、そんな役割分担。

 私は毎日、朝と夕方の決まった時間にファルと落ち合うことにしている。そこでその日得られた情報を交換するのだ。


「おっと、ごめんよ」


 聖剣の気配を探るのに集中していたせいか、人とぶつかってしまった。

 人混みの中で尻もちをついた私に、ぶつかってきた女が手を伸ばす。


「アンタ、冒険者さんかい?」


 ぼさぼさの髪。右耳たぶを貫通したリング、左目の下に描かれた「☆」のペイント。体型にぴっちりあったボディスーツの上からヘンテコな上着を羽織り、指先が抜かれた珍妙な手袋をしている。

 ひと目で分かる。コイツは、この街の住人じゃない。

 他所からやってきた冒険者か、あるいは。


「ええ。ありがとう」

「どういたしまして」


 手を引っ張ってもらって立ち上がる。

 私が服についたホコリを払っているうちに、その女は人混みの中へ、川の流れに木の葉が埋もれるがごとく、すっと消えてしまった。


「あの女……」


 握られた手を嗅いでみる。

 やはり、というか。その手からは、聖剣のオーラを微かに感じる。

 あの女が聖剣を持ち歩いていたら、気配ですぐわかるはずだ。それがなかったということは、あの女は聖剣使いなのに聖剣を持っていなかったということになる。

 一体どうして――――疑問は沸いてくるけれど、まずはファルとの合流だ。私は市場を抜けて、寂れた裏通りに入った。




 裏通りの一角、薄汚れた小さな小料理屋に入る。ファルと落ち合う予定の店だ。


「いらっしゃいませー」


 店の一番手前、カウンターから一番遠く、外が見えるテーブルに陣取る。窓から通りを眺めていると、ウェイトレスと思しき長身の女が近づいてきた。


「ご注文は?」

「あと一人来るの。それからでもいいかしら」

「はーい」


 そういいつつも、私のついた席の前から離れようとしない女。


「……なにか?」

「いえ。その装備にその大剣、あなた、冒険者さんでしょ」

「そうよ」

「なら気をつけたほうがいいですよ。この街、治安悪いから」

「知ってる」

「へへ、実は私も冒険者だったんですけど」


 ぽりぽりと後頭部を掻く女。

 背は高い。それもそのはず、私は彼女に改めて視線を向けて気が付いた。

 尖った耳、色白の肌。黒い髪を腰の辺りまで伸ばしている。そこにいたのはエルフの女だった。

 エルフが自称冒険者をやっているのは珍しい。さらに、こんな小汚い小料理屋で働いているのはもっと珍しい。


「路銀とかもろもろ、盗まれちゃったんですよねぇ」

「……それでこんなところで働いてるってワケ?」

「そうです。それでなんですけど」


 ぐいっと顔を近づけてきたエルフの女。


「どうです。私のこと、雇ってみませんか?」

「仕事の相談ならギルドにあたって頂戴」

「いやー。だって武具まで全部盗まれちゃったんですもん。ギルドに行ったら」エルフの女はしっしっ、と手で追い払うような仕草をした。「門前払いですよ」

「でしょうね」


 世界が平和になっても、魔王軍の残党や野生化した魔獣の被害が無くなったわけじゃない。世界を旅して回る冒険者にとって、そういうギルドからの脅威の排除や護衛の依頼は、貴重な収入源になっている。

 一方で、依頼を出す冒険者ギルドも相手を選んでいる。定住していない冒険者を市街防衛や物資調達のアテにするには、それなりの高い報酬が必要だ。それなりの金額を出すのだから、必然的に冒険者には弾避け以上の働きが求められる。装備がない冒険者なんて、ハナから相手になどされないのだ。


「だから、ね。まずは雇ってもらって。剣を一本、私にくれれば。どんな敵も切り伏せてみせますよ」


 女は給仕服の袖をまくって、貧弱な力こぶを見せつけてきた。


「あなたが?」

「はい」

「説得力ゼロね」

「じゃあ見てみます? 私の剣捌き」

「見る必要はないわ。だって貴女、路銀も武具も何もかも盗まれるような、迂闊な冒険者ですもの」

「うぐ……それを言われると、弱いなぁ」


 チリン、とドアベルが鳴り、入口の扉を開けておずおずとファルが入ってきた。

 手を振って呼ぶと、ファルはすぐに私を見つけて向かいに腰を下ろした。


「ご注文は?」

「何か軽く、食べられるもの。二人合わせて3カプルまで」

「はーい」


 そういって今度こそエルフの女は引っ込んだ。


「こっちは聖剣使いらしき女を見つけたわ。そっちはどう、ファル」

「すみません。ファルは『聖剣使いは女』ってことと『聖剣使いは姿を消した』ってことしかつかめていません」

「姿を消した……? この街にはもういないってこと?」

「いえ、そうではないと思います。イフェルス市長は【風】の聖剣使いに手紙を送っているそうです。手紙なら返事が来るそうで。本人は三か月ほど前に、この街に来て市長に謁見して以来姿を見せていません」

「どういうことかしら。顔を見せられない事情があるとか」

「分かりません。でも、この街にまだいるのなら、リズさまがお見つけになったのは探している聖剣使いの女なのかもしれませんね。どんな人でしたか」

「ええ、見るからに『よそ者』って感じだったわ。ヘンな髪型、ヘンな服装、ヘンな装飾品。聖剣は持っていなかったけど、手からは匂いがした。この後アイツを追ってみるつもり」


 そこでおまちどう、とさっきのエルフ女がサンドを持ってきた。

 油漬けのニシンをぐちゃぐちゃに潰し、ぼそぼそのパンで挟んだ貧相な食べ物。これでも、土と水がダメになって農業や水産業が壊滅的なイフェルス市街では上等なほうだ。

 ファルは大きく口を開けてサンドにかぶりついている。どうやらこのチープな味が気に入ったらしい。

 そんな様子を眺めながら、またもエルフ女はテーブルの前から離れない。


「いま、『聖剣』がどうとか言ってませんでした?」

「盗み聞き? 感心しないわね」

「えへへ、すみません。もしかして冒険者さんたち、『七聖剣』の人を探してらっしゃる?」

「だったら何?」


 どん、と自分の胸を叩くエルフ女。


「ふっふっふー。だったら私に任せなさい! 何を隠そう、私はその『七聖剣』の一人……と、個人的に知り合いなのです!」


 自慢げに鼻をならすエルフ女。

 知り合いごときで自慢?とおもったけど。小料理屋の少ない客たちがエルフ女の言葉でざわつくのを見ると、それは私が思っているより重大なことらしい。


「なんなら、私がとりなしてあげてもいいですよー?」

「何よ。金でも取るつもり?」

「まさかまさか。ただちょっと、しばらくお姉さんのパーティに入れてもらえたらいいなーって、この街で路銀を稼ぐ間だけでも、ご一緒できたらなーって思っただけで」


 さっきまで「冒険者さん」だったのが「お姉さん」に変わっている。

 馴れ馴れしい女。私はこういう女が一番嫌いだ。

 愛想良く振る舞えば回りがなんでもやってくれて、失敗だってなんでも許してもらえると思っているに違いない。


「どうです、悪くない取引でしょう?」

「貴女がウソを言ってないって証拠は?」

「ありませんが?」


 ないのかーい!


「馬鹿馬鹿しい。付き合ってられないわ」


 ポケットをまさぐる。

 ヘンなのに絡まれてしまった。こんな店、さっさと出てしまおう。代金を払って――――ん?


「……ない」

「どうしました、リズさま?」




「財布が! 盗まれてる!」


 叫ぶ私に、エルフ女はにやけながら呟く。


「ね。だから一緒に、路銀稼ぎしましょうよ」

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