#6
アキラさんは魔法筒の改良を行っていました。族長は転移者であるアキラさんの知識を取り込もうとしていたんですね。
ドワーフたちはとても器用でした。まだそれ専門の体になっていない子供であっても、やはり素質があるんでしょうね。アキラさんのアイデアを纏めて、魔法筒を「銃」に作り替えていきました。
それまで笛の音で発動していた点火魔法は爆発性の魔法薬と火打石に。弾丸は使い捨ての呪印つき金属塊から、空中投影紋章を応用して作った、微小の魔法陣そのものを発射する無装填型に。
威力も数倍に上がりました。「戦乙女シリーズ」が装備しているのは、その時アキラさんのアイデアで強化された魔法銃の、さらに発展版だと思います。
しばらくして、ドワーフの子供たちから「大人」になるものが現れ始めました。彼らは魔王軍に参加するときに、アキラさんのアイデアを取り込んだ魔法銃を持っていき、戦場で大戦果を上げたそうです。
すぐに注文が殺到しました。もう、劇的に。
ですがアキラさんは魔王を討伐する旅の最中ですから、無尽蔵に銃が魔王軍に流通するのは自分が困ります。なので、売るのは絶対にドワーフ相手だけにしていました。
それから戦場で他の種族に配られたり、ドワーフたちが銃を取り上げられるのを防ぐために、魔法銃に細工を施すことを考えていました。引き金を固く、銃自体も重くして、ドワーフの腕力でないとまともに使えないようにしたんです。
効果はすぐに現れました。
ドワーフたちが戦力を発揮できるようになった途端、一部が各地で蜂起を始めたんです。ドワーフだけが使える魔法銃――――もう、ドワーフたちは魔王軍の大隊長程度では御せなくなったんですね。
魔王軍の征服戦線は魔法銃の登場で一時的に加速しましたが、すぐに瓦解してしまいました。ドワーフの蜂起を皮切りに、様々な種族が魔王軍に対して隷属しなくなっていったんです。それが積もり積もって魔王討伐に繋がるわけですから、世の中っていうのはわかりませんね。
わたしたちが集落を出たのは、ドワーフたちの集団蜂起が起きる少し前でした。
その頃はもう、集落から戦士は出ていませんでした。魔法銃を増産するために、その村のドワーフの子供たちはみんな、鍛冶師になっていったんです。オリヴィアも……。幼いながら、将来は両親を継いで鍛冶師になりたいと話していました。
そのころはもう、わたしとオルガさんは親友というか姉妹というか、そんな関係になっていましたから。オリヴィアの決意に、嬉しくて感情が溢れたのを覚えています。
アキラさんが最初に聖剣をあげたのはオリヴィアでした。【覇】の聖剣「グラム」には聖剣を生み出す力があるんです。グラムの刀身から零れ落ちる宵闇よりも漆黒の“雫”――――それに触れると、雫はその人にとってもっとも必要な能力を備えた聖剣になる。
そんな特性のことをアキラさんと話していて、なんだかドワーフの生態に似ているね、なんて。生き方を決めると、それに適した体に変化していくドワーフ。持つ人に、一番必要な能力を持つ聖剣になる「グラムの雫」。
わたしもオルガさんも、初めて「雫」に触れたときは何も起こりませんでした。でもオリヴィアは違った。オリヴィアは鍛冶師になることを望み、それを「雫」は聞き届けたんです。
オリヴィアに与えられたのは巨大な戦鎚。雷を生み出す能力を持った【雷】の聖剣でした。今思えば、あの雷の力はオリヴィアがいずれ作ることになる魔導人形に、命を吹き込むための能力だったのかもしれません。
オリヴィアが聖剣を手にした次の日の朝、日の出前にアキラさんとわたしはオルガさんに呼び出されました。
「自分のやりたいこと、アタシはついに見つけたんだ」
「何です?」
「アキラ。アタシを魔王討伐に連れていってくれないか」
願ってもない申し出でした。でも、心配なのはオリヴィアのことです。
聖剣を手にしたとはいえ、まだまだオリヴィアは幼い子供。戦鎚は重すぎてまだ扱えません。そんな子供を連れて危険な冒険に行ってもいいものか――――顔を見合わせたわたしとアキラさんに、オルガさんは言いました。
「オリヴィアは置いていく」
「え」
「あの子は鍛冶師になるんだ。それなら、冒険よりこの村にいたほうが絶対いい」
「それはそう……ですが。大丈夫でしょうか」
「大丈夫じゃなくてもそうする。着いていくのはアタシだけだ。
ずっと考えてた。アタシは戦士だ。村を守り、仲間を守るのがアタシのやるべきことだって信じてた。でも、アタシは『オトナ』になれなかった。どこか、アタシには自分の行くべき道に迷いがあったんだ」
オルガさんは集落で随一の戦士でありながら、なかなか大人になりませんでした。力は十分なはずなのに……。族長も不思議がっていました。
「きっと両親のことだ。アタシが戦士として生き、戦士として死ぬとき。刀鍛冶だった父と母のことを覚えているものは誰もいなくなる。誰も覚えていなくなったとき、父と母は今度こそこの世から消滅してしまう。だからアタシは死ねない。戦士として死ぬべきときに、死ぬ決断ができない――――それじゃ戦士としては半端者だ。だから、アタシは大人になれなかったんだ。
今は違う。オリヴィアがいる。
あの子が立派な鍛冶師になれば、父と母の作ったものは失われない。二人の命は、オリヴィアの中で生き続ける。そう思える。
これは復讐じゃない。転移者が憎いとか、両親を排斥した世界を壊したいとか、同朋たちを使いつぶしてきた魔王軍を倒したいとかじゃない。オリヴィアが鍛冶師になる未来。ドワーフが、兵士にされることのない世界を作るために。アタシはこの命を使う。アタシはきっと、そのために今日まで生きてきたんだ」
突然、オルガさんの体が盛り上がりました。筋肉が、それと骨が。急激に成長していったんです。
オルガさんはあっという間に「大人」になりました。アキラさんよりも背が高く、強く気高い女性に。
「アキラ、アタシにも『雫』をくれよ」
「この前はなんともなかったじゃないか」
「アタシは生まれ変わった。今なら聖剣を手に出来る……そんな気がする」
オルガさんが「雫」に触れると、「雫」に変化が起きました。
ぐつぐつと、煮えたぎるようにして膨張していった「雫」が、大剣に変化したんです。
大きくて、重い。ただそれだけのその刀身だけど、何者にも破壊することはできない鋼鉄の刃。ある時は敵を屠る牙となり、またある時は仲間を守る盾となる。それが【鉄】の聖剣。
「名前をつけたほうがいいな。何がいいか……」
「…………ツヴェルゲンシュタール」
「ツヴェ……何?」
「ツヴェルゲンシュタール。『|ドワーフの鋼鉄《ZwergenStahl》』という意味だよ。
なるほど。確かにこれは、アタシにとって一番必要な力だ」
重そうな聖剣を持ち上げ、オルガさんは朝焼けが滲みだした空にかざして呟きました。
「その聖剣、何の能力もないように見えるけど」
「運命はアタシにも両親の生きた証を残せと言っているらしい。この聖剣を振るうアタシそのものが、刀鍛冶オックル夫妻の作った最強の武器であり、防具になるってことさ」
出立の日、オリヴィアはずっと泣いていました。
一度だけ、オルガさんとドワーフの集落に――――居場所を転々としていたので探すのに苦労しましたが、オルガさんの里帰りに同行したことがあります。
ネリーに会ったのはその時です。オリヴィアはもうほぼ現在の「戦乙女シリーズ」に近い形の魔導人形を制作していました。機体数は今よりずっと少なかったですけど。
その体躯、そして表情。ひと目見て分かりました……。戦乙女シリーズは、オリヴィアがオルガさんと離れ離れになってしまった心の傷を埋めるために作り出した、オルガさんの代わりになる「姉」なのだと。