#5
振り向きざまに薙ぐように振るわれたグラムは、オルガさんの持っていた剣の刀身を、バターでも切るみたいに、あっさりと切り落としてしまいました。
そのまま喉元へグラムの切っ先が迫りましたが、オルガさんは咄嗟に仰け反ってそれを避け、アキラさんから距離を取りました。
「馬鹿なっ……! 名匠レギンが鍛えた剣だぞ!」
柄だけになった剣に、オルガさんも驚いていました。
「普通の武器じゃ、俺のグラムとは鍔迫り合いもできないよ」
「そうだ……! そうやってお前らが、力を振りかざすから……っ!」
「待って!」
わたしは、ようやくそこで声を上げることができました。
「待ってください。事情があるなら話してください。何も分からないまま戦うなんて、ダメですよ!」
「黙れよ、半血」オルガさんが近づいてきて、わたしの脛を蹴って転ばせた後、胸倉を掴みました。「なんだ、お前。アタシらの事情を話したら、死んでくれるとでもいうのか!」
「それは無理だけど」アキラさんはもうグラムを消していました。「話を聞くくらいなら、いいよ」
「馬鹿にして……っ!」
オルガさんがわたしを投げ捨ててアキラさんに向かっていこうとしたところで、族長が静かに口を開きました。
「やめよ、オルガ」
「族長!」
「やめよ。我々の力では、この者に及ばぬ。弱きものは強きものに阿るのみ。これもまた自然の摂理」
「くそっ!」
オルガさんは突然その場に正座をし、アキラさんに頭を向けたんです。
「その者……オルガ・オックルは今この村で最も腕の立つ戦士。転移者よ、オルガの首を斬り落とすがよい」
「……え?」
「このまま其方らを見逃せば、我が一族は腰抜けと魔王軍から迫害されるであろう。だが戦士オルガの首があれば、我々は全力で戦ったにも関わらず、力及ばず転移者を泣く泣く逃してしまったと弁明することができる」
「アキラさん!」わたしはいてもたってもいられず、アキラさんとオルガさんの間に割り込みました。「ダメです! そんなことしちゃ!」
「うん。分かってるよユズリハ。俺はそんなことしない」
「いや……転移者、黙って殺されるのが嫌なら、早くアタシを殺せ。
覚悟なら……ある。アタシは村のみんなのためなら、命なんか惜しくない」
さっきまでわたしやアキラさんを処刑しようとしていたドワーフが、一転オルガさんを殺せと言ってくる。わたしは訳がわかりませんでした。
でも……。覚悟を言ったとき、オルガさんは言い淀んだんです。それに、命が惜しくないって言った後も震えていて……。死ぬのが怖くない人なんて、いるはずありません。
だから提案したんです。わたしとアキラさんはドワーフたちに捕まり、捕虜になったことにしましょう、と。しばらく集落に捕虜として滞在し、時が来たら「逃げた」という形で集落を出ていくと。
族長さんはかなり判断を渋っていましたが、わたしが「何かお力になれることがあれば」と言ったところで、ついに折れてくれました。
ドワーフの集落には牢のようなものはありませんでした。なので、アキラさんとわたしはオルガさんの家に軟禁……という名の、居候をすることになりました。
家にはオリヴィアもいました。まだ本当に小さな子供で……。家の中ではいつもオルガさんにくっついていました。
アキラさんが族長と話している間、わたしはオルガさんとずっと一緒でした。転移者を憎んでいるらしいオルガさんでしたが、わたしにはなぜか親切でした。裁判場で「半血」と罵ったことも、すぐに謝ってくれました。
なんとなく――――本当に、なんとなくですが。あの時、アキラさんに首を差し出そうとしたとき。オルガさんは死ぬのが怖かったんだと思います。いえ、死ぬこと自体ではなく、オリヴィアを一人遺すことが。だから、それを止めたわたしに親切にしてくれたんだと思います。
「ご両親は?」
「死んだよ。五年前に」
「……ごめんなさい」
「いいだろ別に。今どき親のいない子なんて珍しくもない」
壁を見ると、柄の長いハンマーが2本、飾ってありました。
武器にしては頭が小さすぎる、錆ついて古びたハンマーでした。
「刀鍛冶だったんだ。アタシらの両親は」
飾られているハンマーは、オルガさんとオリヴィアの両親が、仕事で使っていたものでした。
「名の通った鍛冶ではなかったけど……。父と母の打った剣はとっても評判がよかった。
王都に住んでてね。貴族から預かった家宝の遺物を修理していたこともあったし、防衛軍のために武器や防具を卸したりしていたこともある」
「すごいです、職人さんだったんですね」
「でも仕事を追われた」
「どうして?」
「『転移者』のせいだ。お前も見ていただろう、あのグラムとかいう剣」
「【覇】の聖剣、ですね」
「あんなものを使うやつが、今の世界には掃いて捨てるほどいるんだ。戦場の主役は、剣でも槍でも、まして魔法でもない。
勝敗は、いかに強力な『ちーとのーりょく』を持った転移者を抱え込めるかで決まる。奴らは能力で武器まで作る。だから、刀鍛冶が要らなくなった」
仕事を失ったオルガさんたちの両親は、子供たち――――オルガさんと、生まれたばかりのオリヴィアを連れて、故郷に帰る決断をしました。これが運命の分かれ道だった、とオルガさんはいいます。
故郷に戻ったオルガさんたち一家を待っていたのは、決して新たなる人生への希望などではありませんでした。
「今のドワーフは、魔王軍の一員だ。
でも魔王軍の戦力、その中核になっているのは転移者だ。そこに魔族と魔獣が加わる。当然、誰も出来合いの武器や防具なんか使わない。雑兵のドワーフに求められているのは、頑丈な体で武器を振り回す怪力だけだ」
当然、オルガさんたちの両親も兵士として徴用されてしまいました。しばらくして――――オリヴィアが物心つくころだったそうです。両親が戦死した、という知らせをオルガさんが受け取ったのは。
「父と母は刀鍛冶だった。『そういう体』だったんだ。それでもヒューマン族、魔族なんかよりは力もあるが、戦士向きの体じゃなかった」
オルガさんは戦士になるように育てられていたそうです。集落の「子供」たちの中で、戦士として生きる覚悟を決めたものは「大人」になり、集落を卒業、戦場へと送られていく――――だから、集落には子供ばかりだったんです。大人は、戦場へ送られてしまうから……。オルガさんは、アタシもいつか魔王軍の尖兵として徴用されるだろう、と言いました。
ドワーフとエルフの歴史を教えてもらったのもその時でした。元はエルフとドワーフは同じ種族で、平和を尊び、山奥に閉鎖的な村を作った、変化を嫌う集団が不老長寿のエルフに。他種族と積極的に関わり、文化や技術を得て変化していくことを好む集団が、手先が器用で仕事に特化した体へ自ら変わるドワーフに分化していったそうです。
ドワーフが魔王軍側についたのも、世の中の変化を受け入れた結果なのでしょう。彼らは新たな支配者である魔王を受け入れたんです。
社会の変化は受け入れられても、体の変化には限度があります。それまで刀鍛冶として生きていたドワーフは、上澄みの一部を除いてほとんどが戦場へ送られ、慣れない兵士の仕事をさせられて死んでいったそうです。
こんなに悲しいことがあるでしょうか。
刀鍛冶として技術を高めていた人が、仕事を追われて名もない兵士として死んでいく。その子供は、兵士として死ぬために育てられている――――自然と、わたしは泣いていました。
アキラさんに同行した魔王討伐の旅。道中で、ドワーフの兵士も少なくない人数見ました。
非常に手強い彼らを、傷つけることなく止めることはできなかった――――わたしは弱かったんです。救いたい人、救うべき人を、己の無力のために何度見殺しにしてしまったか分かりません。