#4
ユズリハの必死の懇願により、私は一旦箱馬から下された。
とはいえ容疑が晴れたわけじゃない。砦の地下牢に放り込まれた私は、改めて沙汰を待つことになる。
「……だからって、ファルまで一緒に牢に入らなくてもいいのに」
私の牢には、ファルも一緒に入っている。
ユズリハとファルは無罪が言い渡されている。だからオリヴィアにとって二人は客人であり、歓待しようと言われたがファルはそれを拒否した。ファルは主の私の無罪を分かってもらえるまでは、オリヴィアの施しを受けるつもりはないと言い放ったのだ。
牢は当然一人用で、ファルと二人だと手狭に感じる。ベッドだって二人並んで寝られないくらいだし。
だけど、なんだか狭い空間で密着していると昔の私とファルの二人旅を思い出しそうだった。
「エリーさん。エリーさんは無実だとわたしは信じてます。わたしがオリヴィアを説得してみます」
驚いたことに、ユズリハまでオリヴィアの歓待を断っていた。
客として扱うことには感謝しているけれど、私の無実を信じてもらえるまでは歓待は受けられないと言ったのだ。流石に一緒に牢に入ることはしなかったので、ユズリハは今鉄格子の向こうにいる。
「やりすぎですよ、オリヴィアは……。無関係な聖剣使いを捕まえて、一方的に裁判みたいなことするなんて」
「無関係って。ユズリハ、貴女まるで犯人が分かってるようなことを言うじゃない」
「犯人は分からないです。でも、七聖剣の中にいるのは間違いないかと」
「なんで?」
「聖剣……いえ、『グラムの雫』から生まれた聖剣は特に、お互いに共鳴交信できるんです。元が同一の存在だからですかね?」
そういえば、リュシーユでアルと戦った後で、ユズリハは魔法も使っていないのにグレースからの「連絡」を受け取っていた。私の聖剣は神代遺物で出自が違うから、グレースの連絡を聞けなかったんだろう。
「わたし、オルガさんはガーゴイルに殺されたと聞いていました……。巣が予想以上に発達していて敵の数が多く、攻略に挑んだ仲間を守るために一人、巣の最深部に残って殿になったと。
もし犯人が見知らぬ人物なら、オルガさんが犯人について発信していたはずです。それがなかったということは」
「完全な不意打ちだった。つまり、犯人はオルガの油断を誘って殺害したってことね。だったらその、一緒に行った仲間が一番怪しいんじゃないの」
「一緒に行ったのはアスカちゃんとフィエル。でもグレースもわたしも単独任務で城にはいなかったから犯行は可能ですし、スルヴェート城は七聖剣が全員出払ってたからセリアもそう。焙燐なんて、あの時どこにいたのかすら分からないんですよ」
「たぶんグレースは違うわね。『イシュメイル』は視界に頼らず戦えるのが強みだけど、グレース自身の剣の腕は大したことない。あんなに綺麗に、聖剣を真っ二つになんてできっこないわ。
剣の腕、という意味なら可能性が高いのは貴女よね、ユズリハ」
「違いますよ! わたしがオルガさんを殺すわけないじゃないですか!
オルガさんは恩人で、わたしにとってもお姉ちゃんみたいな人だったんですからね!」
「冗談よ。何よムキになって」
興奮した様子のユズリハだったけど、ふぅと深呼吸を一つ、普段の落ち着きを取り戻す。
「すみませんエリーさん、怒りたいのはエリーさんのほうですよね。無実の罪でこんなところに入れられているわけですし」
「……ねぇユズリハ。オルガさんってどんな人だったのかしら」
「オルガさんは……わたしの次に、アキラさんの仲間になってくれた人です。わたしに剣術の稽古をつけてくれた師匠でもあります。七聖剣の結成、魔王討伐、治安維持活動――――ずっと一緒に戦ってきた仲間であり、家族なんです」
「貴女がイヤじゃなければなんだけど。そのオルガさんのこと、話してもらえないかしら」
「なんでですか?」
「暇なのよ。牢屋にいるとね」
振り向いたユズリハが「わかります!」と笑顔になった。
七聖剣の中に犯人がいるかもしれない。そんなユズリハの心をよぎった不安感は、一時的に和らいだみたいだ。
☆ ★ ☆
わたしたち――――といっても、当時はわたしとアキラさんの二人旅だったんですけど。わたしたちがオルガさんに出会ったのは、魔王城に向かう旅を始めたばかりのころでした。
当時のわたしは母からアキラさんに売り払われたばかりで、まだ魔法の知識も剣の腕もなく、ただアキラさんに引っ付いているだけだったんです。アキラさんは「一緒にいてくれるだけでもいい」って言ってくれたんですけど……。でも、わたし自身我慢ができなくて。何か役に立つことはできないかと考えていました。
ドワーフの森……あのときはわたしもアキラさんもこの世界そのものについての知識が乏しくて、そこがドワーフたちが縄張りにしている森であることを知らなかったんですが。ドワーフたちは森に入ったわたしたちに問答無用で剣を向けてきたんです。その先頭に立っていたのが、オルガさんでした。
当時のオルガさんはまだ小さかったんですよね。今のオリヴィアより、もっとです。
ドワーフは自分の人生でやりたいことが決まると、それに適した体に急成長するんだそうです。だから、そのころのオルガさんはまだ小さかったんですね。小さいオルガさん……それからドワーフの人たち。彼らは「転移者」を憎んでいました。
「お前たちのせいで、アタシらは仕事を追われてしまった」
ドワーフの皆さんに降伏し、縛られた私たちは彼らの集落に連れていかれたんです。
エリーさん、ドワーフに会ったことは? ……ですよね。今やドワーフは絶滅危惧種なんです。エルフ社会ほど閉鎖的ではないですが、ドワーフもやはり他種族との接触は避けているので。
その集落は、まだ子供のドワーフばかりの小さなものでした。でも、大人はどうしたのかと聞いてみると、彼らは十分に大人と呼べる年齢だったんです。オルガさんも、わたしなんかより十倍も生きていて……。でも、彼らはまだ子供でした。
その村のドワーフたちは、まだ人生で「やりたいこと」を見つけていなかったんです。
「『転移者』……それに、エルフだな。半血の」
アキラさんとわたしを裁判場(オリヴィアの作ったものは、当時わたしが見たそれとソックリでした)へ引き出し縛り上げて、集落で唯一大人の姿だったドワーフの族長は言いました。よくある組み合わせだ、とも。
「降伏して魔王軍のために働け」
「断る」
「魔王軍からは、軍門に下らない転移者はすべからく殺せと命じられている。故におぬしは死刑となる。申し開きはあるか」
「冗談じゃない。突然異世界に連れてこられて、そんな理由で死刑にされてたまるか」
「おぬしたち『転移者』が殺してきた魔物とて同じ。ただそこに生きていた。人を食らう生き物が、人の領域を侵した。だから殺される。おぬしも同じだ。ただそこに生きている。戦争の火種を作る存在が、我々の領域を侵した。だから殺される。
故にこれは自然の摂理なのだ」
子供たち――――といっても姿だけでおそらく歳はわたしよりも大分上なんでしょうが、ドワーフの子供たちが魔法筒を向けてきました。
「ユズリハ、ありゃ何だ?」
「あれは魔法筒です! 魔法が使えない人でも魔法が使えるようになっていて……!」
「俺にはリコーダーにしか見えないが」
当時の魔法筒はまだまだ簡単なつくりで。笛の音で術式を発動、点火して弾丸を発射する仕組みです。使う人の素質を要求しないという利点はありますが、まだまだ威力も低くて実用にはほど遠いものでしたね。
それでも、数が多ければ致命傷を負う危険もあります。族長が発砲の指示を出し、ぴぃと魔法筒の笛の音が響いた瞬間――――アキラさんの聖剣が、空から降ってきました。
アキラさんの聖剣、【覇】の聖剣グラムは、呼べば空から降ってくるんです。しかも何本も。へーこーどー……とかなんとか。それを使って、アキラさんはドワーフたちの魔法筒をすべて破壊し、縛っていたロープも切ってしまいました。
勝敗は一瞬でつきました。
「形勢逆転だな」
アキラさんがグラムの一本を掴むと、降ってきていた残りのグラムは幻のようにふわっと消えてしまいます。ドワーフたちは超常の力を持つグラムに恐れをなして、裁判場から散り散りに逃げていきました。
それでも、椅子に座ったまま微動だにしなかったのが族長さんです。
「今すぐ俺たちを解放しろ。それから、もうこんな裁判ごっこはやめるんだ」
グラムの切っ先を突き付けられても、族長さんは怯みませんでした。
「そうはいかん。転移者を見逃したとあっては、我が一族の沽券にかかわる」
それからもう一人。
圧倒的なグラムの能力を目の前にしても、まだ怯まないドワーフがいました。
剣を振りかぶり、アキラさんに飛び掛かった一人のドワーフの子――――それが、オルガさんでした。




