#3
山の中腹、切り立った崖の上にレンガ造りの小さな砦があった。
通路に空いた窓からは街道が見下ろせる。これは魔王軍が健在だったころに、交通の監視用に建てられた砦だったとオリヴィアは語る。
「魔王が没して魔王軍も引き上げた。その時に捨てられたこの砦を、ボクがありがたく使わせてもらっているのさ」
廊下を進むのは、オリヴィアを先頭にしてノーラ、ユズリハ、ファル、そして私。私たち後ろの三人はそれぞれ両脇をノーラと瓜二つの兵士二人に挟まれ、私の後ろにもさらに三人が控えている。床の絨毯は古びているけれど、清掃はきちんとされているみたいで歩き心地は悪くなかった。
相変わらずあの魔法筒――――ユズリハはそれが、魔法筒の発展形である「銃」だと教えてくれた――――を突き付けられている。知らない武器だと威力を推し量れないから、危険度が分からずどうにも落ち着かない。
「ボクはここを拠点に『戦乙女シリーズ』を増産しながら、来るべき敵を待ち構えている」
「『戦乙女シリーズ』?」
私が問うと、顔だけ振り向いたオリヴィアは廊下に面した一部屋を顎で指した。
部屋の中では、作業台に向かってこれもまたノーラとそっくりな兵士二人が作業をしていた。作業台に目線を向けると、そこには切り刻まれた手足――――
一瞬、驚いてしまったけれど、よくよく見て見ればそれは手足ではなかった。ヒトの手足の形をした、金属製の部品の塊だ。
同じ部屋の隣の作業台では、その手足を含む部品の数々が最終組み立てに入っている。くみ上げられているのは、作業する兵士と全く変わらない容姿の人間――――いや、あれは人間じゃない。
人間はあんなふうに、組み立てて作ったりはしない。
「魔導機械人形だよ。戦乙女シリーズはボクが開発した。ヒトの言葉を理解し、そしてヒトを凌駕する戦闘力を持つ人造モンスターさ。ゴーレムって分かるかな」
「ええ、一応は」
土や石に魔力を与えて、人形として使役する魔法。それによってつくられる人造モンスターは、総称して「ゴーレム」と呼ばれている。
「あれの発展形と思ってもらえばいい。その辺にあるもので組み上げるゴーレムと違って使う場所を選ばないんだ。
それにボクの戦乙女シリーズは人格も与えているから、人間と同じように会話も思考も出来る。シリーズの全個体がそうってわけじゃないけどね」
何度かゴーレム使いの魔導士にも会ったことがあるけれど、目の前にいる「戦乙女シリーズ」は私が見たことのあるゴーレムたちとは一線を画している。
ゴーレムは主となる魔導士が魔力で操る「人形」だ。作動原理は操り人形みたいに完全に制御下に置くか、「歩く」とかの簡単なプログラムを施して無制御にするかの二択。
完全に制御下におくには、術者は自分自身の体とゴーレムの体を、ひとつの頭脳で同時に動かさないといけない。だから操れるゴーレムは普通一体までで、それでも動きは緩慢で複雑なことはできない。ヒューマン族の数倍ある人生のほとんどをゴーレム制御の訓練に充ててきた魔族の使い手でも、操れたゴーレムは五体まででそれ以上は聞いたことがない。
無制御のゴーレムは数こそ無限に生み出せるけど、出来ることはとても単純だ。相手の攻撃を盾で防ぐ、なんてことは当然出来ず、斬られようが燃やされようが抵抗もしない。用途は戦列を作って進ませる壁役や、囮に使われるものばかり。
一方で「戦乙女シリーズ」は、まず個体数が多い。今私たちと一緒に歩いている個体だけでも十体いて、さらにこの砦の中ではまだまだたくさんの魔導人形が働いている。オリヴィアがこれだけの数を一人で完全制御しているとはとても思えない。
さらに、戦乙女シリーズは複雑な動きもできている。仲間の魔導人形を組み立てるなんて繊細で複雑な動きを、ゴーレムにプログラムすることはできない。
つまり、戦乙女シリーズは自律思考と行動が可能――――生体でない、という点だけでほぼ人間に近い存在である。ゴーレムの発展形、とオリヴィアは言うが、そこに使われている技術は通常の魔法技術の数段上を行っている。
「そういえばネリーはどうしたの、オリヴィア」
「機能停止したよ。2か月前にね。
寿命だよ。命のない魔導人形だって、永遠に生きられるわけじゃない。ネリーの役目は、今はノーラが受け継いでくれている」
廊下の先に、重そうな扉が見えてきた。
扉の前に控えていた「戦乙女」がドアを押し開き、オリヴィアを先頭に私たちは部屋の中へ入る。
「……!」
そこは、部屋ではなかった。
砦からせり出したデッキだ。外に向かうようにひと際大きな椅子が庇の下に置かれ、そこに向かい合うように、五台の箱馬がデッキの縁に並べられている。
当然、デッキの縁のすぐ向こうは崖。落ちたら死ぬ高さだ。
くすんだ鼠色の雲に覆われている空。山を吹き抜ける風がデッキの上をさらっていき、私はその場所が何のための場所なのかを理解した。
ここは、処刑場だ。
「そこに立て」
自分は椅子に座り、隣にノーラを侍らせたオリヴィアは、私たち三人を順番に箱馬の上に立たせた。
脇を固めていた戦乙女シリーズが、私たちの腹に銃口を押し当ててくる。準備が整ったところで、オリヴィアはユズリハに問いかけた。
「ボクはあなたのことを知っている。ユズリハさん、あなたはたぶん違うと思う。だけど、一応形式上聞いておかなきゃならないんだ」
「何を?」
「ボクの姉、オルガ・オックルを殺したのはお前か」
「……誰?」
「元七聖剣です」私の疑問にはユズリハが代わりに答えてくれた。「半年前に亡くなった」
ああ。そういえばこの前グレースがそんな話をしていたっけ。
そのオルガって人が死んで、今の七聖剣は六人になってしまったとか。
「オリヴィア、わたしがそんなことするわけない」ユズリハが冷静に答える。「オルガさんはガーゴイルの討伐の最中、仲間を守るために……。私は別の任務で、新大陸に行ってた」
「証拠は?」
「今ここにはないけど……。スルヴェート城に行けば記録がある」
「……いいだろう。ユズリハさんは姉さんにもボクにも本当によくしてくれた。だからあなたの言葉は信じます」
「ありがとう、オリヴィア」
ユズリハが箱馬から下され、戦乙女シリーズの一体がミストルティンを持ってきてユズリハに返した。
「次だ。そこの獣人。名前は?」
「ファルシア・ファーヴニル」
「ボクの姉を殺したのはお前か?」
「違います。ファルは人を殺しません。獣人ですから」
ファルがあっさりと答えた。オリヴィアは何やらノーラと耳打ちで会話している。
「いいだろう。確かに獣人なら、姉さんを殺せるはずがない。無実だな。お前が本当に獣人ならば、だ」
「ドワーフというのはもしかして目も脳ミソも矮小なのですか」
「ファルちゃん⁉」ユズリハが素っ頓狂な叫び声を上げた。「何てこというの⁉」
「面白いやつだ。状況が見えていないのかな。ボクが手を一振りすれば、キミは銃で撃たれて大量出血、さらに崖下へ真っ逆さまだ。さらに崖の下にはクラヴェイロン・カイマンがうじゃうじゃ住んでいる川が流れている。
つまりキミは確実に死ぬ。失血死、転落死、溺死、あるいはワニに捕食されて胃袋に納まるか。今キミにはどの死に方がいいかを選ぶ権利はないが、そのどれもを回避することを選ぶ権利ならまだある」
「この首輪は獣人の証です。これが見えませんか」
「首輪だけなら誰だってつけられる。暗殺者が無害を装うのはよくあることだ」
「じゃあどうすれば証明できますか? ファルは獣人なので、あまり頭がよくありません。なので、証明しろといわれてもどうすればいいのか」
「一番おかしいのはお前が神代遺物を持っていることだ。獣人ごときが持てる代物ではない。どこで手に入れた?」
「リズさま……いえ、我が主エリザベスさまからいただきました」
「なぜだ」
「護身用……と聞いています。ですが何より、【水】の聖剣は【火】の聖剣を封じるために組み合わされていたもの。【火】の聖剣を使うのに、【水】の聖剣は邪魔なのです」
また、オリヴィアはノーラと何かを話している。
意識を集中して、聴覚だけ竜の力を解放する。オリヴィアとノーラは、ファルの発言にウソがあるかどうかを協議しているらしい。
「……いいだろう、信じてやる。だが、遺物は返せない。そこにいるお前の主の無実が証明されるまではな」
ファルは箱馬から下された。しかし、ユズリハのときとは違ってドラウプニルは返されない。
「さて、最後はお前だ。名前は?」
「エリザベス」
「下の名前は」
「……黙秘するわ」
「半年前、オルガ・オックルを殺したのはお前か?」
「そんなわけないでしょ。そんな奴のことなんか、今日初めて知ったんだもの」
オリヴィアとノーラが耳打ちしている。竜の感覚で二人の会話が聞き取れた。あいつは何かを隠しています――――ノーラがそう言った。
言葉にウソはない。だけど、今の私は変身魔法で存在そのものがウソだから、きっとそれを感知されているんだろう。疑われても仕方ない。
「お前の聖剣について教えろ」
「【火】の聖剣『レーヴァテイン』。神代遺物の一つ。一年くらい前に見つけたの」
「なぜ聖剣を持っている?」
「なぜって?」
「神代遺物を探して手に入れる。これくらいは普通の冒険者でもたまにいるが、それを武器として持ち歩いているのは何故だ?
売れば一生遊んで暮らすことだってできるし、遺物を振るえる腕があるのなら、遺物の威光で領主になって、国を治めることだってできるだろう。なぜそれをしない? お前はなぜ旅をしている?」
「それは……!」
ユズリハが答えようとしたけれど、戦乙女シリーズに制止されてしまった。
聖剣を持って旅をしていたら、いつか天路アキラに行き当たるから。そう答えようかと思ったけど、やめた。
それを言ったら、次の質問は「何のために?」だ。そこで「婚活」なんて表向きの理由を言っても、騙し通せるとは思えない。
「言いたくないようだな」
「ええ、だってこんなの裁判じゃないもの。
私があなたのお姉さんを殺したというのなら、そっちこそ証拠を持ってきなさいよ。何を根拠に私を処刑しようってわけ?」
「証拠はない。だが、姉さんが聖剣使いに殺されたのは事実だ」
オリヴィアが指を鳴らすと、庇の陰から二体並んだ戦乙女シリーズが歩み出た。
一糸乱れぬ動き。完璧な左右対称で稼働する戦乙女だけど、その両手で抱えるように持っている二振りの大太刀だけは片方が柄、片方が切っ先なので非対称だ。
オリヴィアは椅子から立ち、大太刀を持ち上げて床に突き刺す――――それは二振りの大太刀ではなかった。
一本のツヴァイハンダーが、柄から切っ先へ、縦に真っ二つに切り裂かれたものだ。
「【鉄】の聖剣『ツヴェルゲンシュタール』。姉さんの遺品だ。
姉さんの聖剣をこんなふうに斬れるのは、同じく聖剣をおいて他にはない」
戦乙女シリーズに制止されていたユズリハが、驚いた口を両手で覆っていた。
縦に切り裂かれた聖剣。そんな芸当ができるのは聖剣だけ――――つまり、オリヴィアの姉は聖剣使いに殺されたんだ。だからこそ、オリヴィアは通りがかる聖剣使いを捕まえては尋問し、姉の仇を探している。
ユズリハから見れば、それはもっと恐ろしい可能性を示唆している。
オリヴィアの姉オルガは七聖剣の一員だった。つまり、彼女に最も近く、また油断を誘えた人物は同じ七聖剣の仲間だっただろう。
オルガを殺した犯人は、七聖剣の中にいるかもしれないのだ。




