#2
「エリーさんって、もしかして亜人種なんですか?」
採集依頼を受けたクラヴァディ・キノコを探しに三人で山に入って3時間。話すことのなくなったユズリハは突然切り出してきた。
「何よ。藪から棒に」
「ほら、戦うときってエリーさんなんか、トカゲみたいなのになるじゃないですか」
「トカゲじゃなくて竜。前にも言ったでしょ。あれは変身魔法。竜の姿になって身体能力を高める魔法よ」
ノネット姉妹との決闘の最中に竜人化しているのを見られた私は、ユズリハにあれはただの変身魔法だと言い含めてある。
亜人種をヒューマン族に化けさせる魔法はある(実際私も使っているし)けど、ヒューマン族を竜にする魔法なんてものはこの世に存在しない。でもユズリハはあっさりと信じていた。魔法の知識が乏しいと騙しやすい。
「あれって教えてもらえないんですか」
「嫌よ」
「いいじゃないですか。あれ使えたら便利だなぁってずっと思ってて」
「変身魔法っていっても体を作り変えるわけだし。使うときめちゃくちゃ痛いんだから」
「えっ」
「例えるならそうね……こんな枝が」その辺に落ちていた枝を拾う。「体の内側から生えてきて、皮膚を突き破ってくる。そんな感覚よ」
まあ、ウソだけど。このぐらい言っておけば、ユズリハも「教わりたい」なんてもう言い出さないはずだ。
私の場合は竜になるんじゃなくて竜に戻るだけだから痛みなんてない。むしろ、竜人態から人間の姿になるときの方が辛い。鋭敏だった五感が急にぼんやりになって、眩暈や窒息感に襲われることになるから。
「い、痛そう……」
「その分メリットはあるけどね。どうかしらユズリハ。それでも知りたい?」
「遠慮しておきます!」
「貴女は十分強いんだから。それ以上強くなってどうするのよ」
「そうでしょうか」
「ええ。私はそう思うわ」
ユズリハは強い。その言葉にウソはない。
でも、これ以上強くなられたら困る。いつかは戦うんだし。
「わたしなんてまだまだですよ、エリーさん。この前だってアルに勝てなかったですし、ファルちゃんには今にも追いつかれそうですし」
自分の名を呼ばれて振り向いたファルは、鼻を鳴らして自慢げだ。
「わたしがもっと強かったら、これまでだってきっと救えた人もいるんです。そう思わなくてもいいように、もっと強くなろうって思ってるんですけどね。なかなか――――」
言いかけた言葉を、ユズリハが飲み込んだ。
山に広がる気配に、私たちの足は自然と止まった。
がさがさ。
茂みが騒ぐ。
何かがいる――――だけど、何かが分からない。
竜の目を解放しても、何もつかめない。魔力は感じるのに、生命力がない。そんな不気味な気配が、茂みのむこうに潜んでいる。
「何でしょうエリーさん……イヤな感じです。ぞわぞわして」
「……囲まれてるわね。逃げられないわ」
「リズさま、ユズリハさま。周囲に敵意を感じます。でも、生きている感じがありません」
「まさか……幽霊⁉」
魔力も敵意もあるけど、生きていない――――だからって、なんで幽霊?
「幽霊ってのは心当たりのある人間にしか呪いをかけないものよ。
ユズリハ、何か恨みを買うような心当たりがあるんじゃないの?」
「え、えっと……。今朝は朝食を食べすぎちゃったとか……最近ちょっと体重が増えちゃったとか……」
それのどこを幽霊が恨むのだろうか。
「というかエリーさん詳しいですね⁉ 幽霊に会ったことあるんですか⁉」
「ないけど」
「ウソじゃないですか! 騙された!」
がさっ。
茂みが動く。飛び出したのは――――
「あっ、あれは! 伏せてっ!」
ユズリハに言われて、私もファルも咄嗟に伏せる。
茂みから飛び出したもの。それは、金属の筒だった。
「動くな!」
女の声――――だと思う。
人間とも、幽霊とも違う。無機質で、金属の擦れる音みたいな冷たい声。
見上げてみると、声の主が茂みから現れるところだった。
金属の筒を脇に抱えた、背の高い女。布とも金属とも違う、つやつやした謎の素材で作られた鎧で全身を覆い、左半身にはマントのようなものを羽織っている。筒のように見えたのは弓のついていないクロスボウだった。
そういえばどこかで見たことがある。確か、呪文を刻印した金属塊を打ち出すことで、素養がない人間や獣人でも攻撃魔法が使える「魔法筒」があるって。女の持っているものは、それに似ている。
ぞろぞろと、茂みから現れる魔法筒を装備した女たち。
私はそれを見て、息を吸うのを忘れてしまった。女たちは装備が同じだけじゃない――――背格好から顔まで、誰も彼も瓜二つだったからだ。
「武器を捨てて投降しろ、さもなくば撃つ」
「ネリー! ネリーだよね! わたし、わたしだよ! ユズリハ・イェルマー!」
「ユズリハ、知り合いなの?」
「うん、ちょっとね」
どういう知り合いか聞きたいところだけど、今はそれどころじゃない。
魔法筒の威力は、普通の魔法使いが使う初歩的な攻撃魔法と比べても半分以下の威力しかない。それでも、それが数十と集まって全方位から攻撃されるのでは防ぎようがない。
「ネリーとは『何』だ?」
おかしい。「何だ」ってどういうこと?
そこは「誰だ」って聞くところじゃない?
「ネリーじゃないの⁉」
「私の個体識別名はノーラ。ネリーなどという個体は存在しない」
「分かった。じゃあノーラ、あなたの主は誰?」
「それに答える権限は与えられていない」
「仕方ない。じゃあイエスかノーで答えてね。あなたを作ったのはオリヴィアね。オリヴィア・オックル」
「イエス」
「あなたはオリヴィアの命令でわたしたちを捕まえようとしているの?」
「イエス」
「あなたたちに従えばオリヴィアと話せる?」
ノーラはしばらく動かなかった。
目の焦点はユズリハにぴったりと合ったまま。表情筋一つ動かさないから、何を考えているのか全くつかめない。
「……イエスだ」
ユズリハの質問に答えたのは、ノーラではなかった。
頭上、木の上から声がした。ノーラとは違う、幼い、中性的な声。
見上げてみると、太い枝の上に少女が立っていた。金属を使わず毛皮を継ぎ接ぎして作った皮鎧。でも、サイズがあっていないのかだぼだぼで、腕や足がまくられている。
でも何より目立つのは、彼女が肩に担いだ巨大なハンマー。柄は彼女の身長ほどもあり、鎚部分は片腕の長さより長く顔六つ分はありそうなほど巨大なものだ。
装飾は少ない。けれど、磨き上げられた金属の表面は、木漏れ日を反射してキラキラ光っている。
子供のような体躯に凄まじい怪力。紛れもなくドワーフの子だった。
「久しぶりだね、ユズリハさん」
「オリヴィア! ノーラたちに『銃』を下ろさせて!」
ユズリハはあの子とも知り合いのようだ。名前をオリヴィアというらしい――――どうやら、ノーラたちの「主」であるようだ。
「ダメだ。たとえユズリハさんでも信用はできない。聖剣は預けてもらおう」
「分かった。でも、乱暴なことはしないで」
「抵抗しなければ手荒なことはしないよ。約束する」
ユズリハは立ち上がり、ミストルティンをノーラそっくりの別の女に預けた。
私とファルもレーヴァテインとドラウプニルを預けて丸腰になる。
「ようこそ、ボクの森へ。ボクはオリヴィア・オックル。【雷】の聖剣『フルクトバーレン』の聖剣使いだ。そして」
木の枝から飛び降りたオリヴィアが、ノーラたちの前の地面にどすんと着地した。
「人はボクのことを『聖剣狩り』と呼んでいる」




