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聖剣の勇者 -復讐の焔竜姫-  作者: 96500C/mol
【風】のミストルティン
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#1

聖剣の勇者天路アキラによる赤竜の討伐。

父と母、そして妹を失ったエリザベスは、死した家族の躯を前に復讐を誓う。


彼のものの血と肉を墓前に捧げる――――そのための旅。エリザベスは念願だった冒険者になり、三年の月日が流れた。

だが、復讐に憑りつかれた竜姫の表情に、晴れやかさは一つもなかった。


「……さま」


 うーん。


「リズさま」


 うん?


「リズさま、大丈夫ですか」


 重い瞼を開くと、肌着だけのファルシアがそこにいた。

 ベッドに横たわった私に覆いかぶさるようにして、不安そうな顔で私の顔を覗き込んでいる。


 さっきよりもちょっと大きく……あ、そっか。さっきのは夢だったのか。


「すごい汗です、お水をお持ちしましょうか」

「いいえ、大丈夫よ」


 ベッドからむくりと起き上がって窓の側へ行くと、外はまだ真夜中だった。

 あの日――――家族を全員殺されて、私とファルだけが生き残った三年前のあの日と同じ、新月の夜。


「ちょっと、昔のことを思い出しちゃってね」

「……ファルも、新月を見ると思い出してしまいます。あの日のこと」


 不愉快な新月をカーテンで隠してベッドに戻る。

 ベッドの中で、ファルの毛むくじゃらの手を握る。獣人族のファルの手は、私のそれより少し温かかった。


 生きている。

 ファルシアも、私も。生きてしまっている。


「あれからもう、三年ですね」

「ええ、そうね。ようやくヤツの足取りが掴めた」


 瞼を閉じれば、いつでもあの顔が浮かんでくる。

 シンディを素材にした篭手を付けた手を、凱旋パレードに詰めかけた群集に向かって振る、忌々しいあの顔――――



 魔王を倒した救世の英雄。聖剣の勇者「天路(アマジ)アキラ」。

 彼は身に付けている物珍しい装備について聞いた国王にこう答えたという――――


 ――――この篭手ですか。はい、赤竜を。俺が自分で()って、作ったんです。

 これは赤竜の中でも特に魔法に長けた個体の鱗だったらしくて、着けているだけで魔法力が増大するレアスキルがあるんですよ。

 竜を狩るくらい大したことないですよ。その時も3匹くらい狩って、一番強い素材でこれを作ったんですハハハ――――



 それを聞いた私がどれだけ怒り狂ったか!

 私の妹を、家族を、歴史を、未来を。防具の素材のために蹂躙したあの男。

 イラウンス家を継ぐはずだったシンディの才能を、ただの自分の道具にしているあの男。


 アイツにシンディと同じ苦しみを味わわせてやる。

 手足を捥ぎ、皮膚を引き剥がし、片眼を抉って絶望と苦痛の中で殺してやる。

 仇をとる、そのためなら。例え地獄に堕ちようともかまわない。その日から、私の復讐は始まった。


「……リズさま」

「なに」

「この三年間、ファルは幸せでした」

「私もよ、ファル」


 この三年間、色々あった。

 勇者アキラの手にする【覇】の聖剣「グラム」。敵対するものをあまねく討ち滅ぼす力を持つその聖剣の前には、どんな武器も防具も意味を為さない。永遠に消えない竜の火を打ち払い、あらゆる攻撃を弾く竜の鱗を刺し貫く。

 その聖剣に対抗するためには、こっちも同じ力――――「聖剣」を手にしなければならない。そしてファルとの二人旅の果て、私はそれを手に入れた。


 壁に立てかけられた、鞘と見紛うほどの巨大な鉄塊。刃渡りが私の身長ほどもあるその大剣こそ、【火】の聖剣「レーヴァテイン」だ。レーヴァテインが生み出す炎は神をも焼き殺すという。

 討ち滅ぼす力と焼き尽くす力。神代の逸話に語られた二つがぶつかったらどうなるか、私にも分からない。けれど、グラムに対抗する術があるとすれば、同じく聖剣しかない。

 そのレーヴァテインに封印を施していた、対となる【水】の聖剣「ドラウプニル」は今ファルの手に収まっている。文字通りに、腕輪となってファルの右手首に付けられて。


「……ファル」

「はい、なんでしょうかリズさま」

「何か言いたい事があるようね」


 ベッドの中でファルが話しかけてくるときは、決まって何か言いたいことがあるときだ。


「いえ、ファルは何も。どこまでもリズさまについていくだけです」

「言いなさい、何でも。私が許可します」

「……ファルはこのままずっと、リズさまと旅がしたいです」


 それが出来たら、どんなに楽しかっただろう。

 知らない街へ行き、知らない人々と出会い、そして別れ。私は念願の冒険者になって世界を巡る旅を、この三年間でしてきた。

 イラウンス家の令嬢、赤竜のエリザベス・イラウンスではなく、ただの冒険者「リズ」として、新しい自分になるのも悪くはない選択肢だった。


 でも、今更そんな道は選べない。


 私だけ、幸せに生きるなんてこと。

 父が、母が、シンディが得られなかった幸せを、私だけが享受するなんてことは。


「ファル。もし貴女が望むなら、私の元から離れてもいいのよ」

「……やめてください。そういうつもりじゃないんです、そういうつもりじゃ」


 私の手を、ファルはぎゅっと握ってきた。


 側仕えのファルシア。

 ホワイトタイガー型獣人の、奴隷階級の子。その昔、お父様が私とシンディの遊び相手に、と市場で買ってきた子だ。「ファルシア」という名前は、その時に私がつけた。

 十年以上も一緒にいると、もう姉妹みたい。イラウンス家の使用人として働いていたファルシアだったけど、お父様もお母様も、私もシンディも、ファルのことは家族のように愛していた。


 短く揃えられた銀髪。筋の通った顔。しなやかな筋肉ときめ細やかな肌。主人である私の贔屓目は少し入ってしまうけれど、ファルは美少女といっていいと思う。

 使用人としてどころか、嫁の貰い手だっていくらでもありそうだけれど。父が死に、奴隷契約が解消した今でも、私は彼女を手放せず、側仕えとして引き連れている。


 家族ごっこ――――と、人は言うかもしれない。

 私は妹を失った悲しみを、ファルで埋めているだけ。だから私はこの、ファルの手を握ったまま、いつまでも離せないでいるのだ。


「お館さま、奥さま、シンディお嬢さま。ファルが頂いたご恩をお返しする前に、皆さま死出の旅に旅立たれました。もはやリズさまにお仕えすることでしか、ファルはご恩をお返しできないのです」

「ファル、貴女の奴隷契約は父と交わしたもの。父が死んだ今、貴女は自由よ。イラウンス家に縛られることはないわ」

「自由であると仰るのなら、リズさま。ファルは地獄の果てまでも、リズさまにお供しとうございます」

「ありがとう、ファル。そしてごめんなさい。貴女を私の復讐に巻き込んでしまって」


 抱きしめると、ファルの鼓動が強く伝わってきた。


 本当の復讐は、ここから始まる。

 聖剣の勇者、天路アキラ抹殺。私たちの、復讐の始まり。

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