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聖剣の勇者 -復讐の焔竜姫-  作者: 96500C/mol
【惑】のガンダルヴァ
19/74

#8

 洞窟の出口から「獣人解放戦線」の根城まではすぐだった。


 ひと際高いブナの木に登って見渡すと、木造の城塞が鬱蒼とした森の中にぽつんと建っているのが見える。日が傾きかけている中でも、その城塞が獣人の手によるものであることはひと目に分かった。

 木材の切り出しや加工は見事としか言いようがない。長さの揃えられた巨木の柱で覆われた堅牢な城壁と門扉は、生半可な弓や魔法では破れそうにない。けれど、建物のほうはレンガ積みと木造のごちゃまぜ、通路曲がりくねったり上下の傾斜のある外通路ばかりで作りが雑。いかにも突貫工事で作りました、という感じが出ている。

 単純労働に従事するには極めて優秀だけれど、計画を立てて遂行していくのは苦手――――獣人という種族の特性が、あの城塞には現れている。


「……木登りが得意なお嬢様って初めて見ました」

「冒険者なら必須スキルよ」


 ブナの木から降りると、預けておいたレーヴァテインを手にユズリハが話しかけてきた。

 案の定、というか。私が預けている間にレーヴァテインを調べたのか、グレースは難しい顔をしている。

 いや、顔見えないけど。口元から、そんな感じがした。


「すみませんが、調べさせて頂きましたよ、エリーさんの聖剣」

「あらそう」

「本当にそれ、神代遺物なのですね……伝承にある『レーヴァテイン』とは少々姿が違うように見受けられますが」

「でしょうね」


 今見えている巨大な鉄塊、レーヴァテインの刀身は「封印」だ。

 絶えず炎を放つ、片手剣くらいの長さの杖がレーヴァテインの真の姿。この刀身はその炎を中に封じ込め、必要な時にだけ使うための呪具みたいなもの。


「……見つけたときは、『ドラウプニル』が鍔の代わりにつけられてた。この刀身は後から付けたのよ」


 レーヴァテインから放たれる、尽きることのない炎と高熱。それを流水で包み込んで抑え込んでいたのがドラウプニルだ。いわば、ドラウプニルとレーヴァテインは二つで一つ。私とファルの関係みたいなものだ。


「なるほど。鍔が必要なくなったからファルさんに神代遺物をお与えになったのですね。獣人の召使いにしては、随分と高級な装備を与えられていると思いました」

「ファルはただの召使いじゃないもの。あの子は私の家族よ。護身用の武器も必要でしょう?」

「高級な装備といえば、アルもそうですね」


 ユズリハが会話に割り込んできた。


「『戦線』の獣人はみんな普通の格好なのに、アルだけいい装備で固めてる。武器も持ってるし」

「『戦線』の中でも高い地位にいる、ということだと思います。首魁のテオドールから信頼されていて、盗んだか集めたかした武器や防具を与えられているものかと。高い信頼が無ければ、主が獣人に装備を与えるようなことはありません」

「そういえばグレース、貴女さっきアルの言葉について仮説を2つ立てた、とか言ってたわね」


 アルが私たちにオオクロアリの巣穴、というヒントを与えた理由。その仮説の一つである『罠に誘い込むため』というのは、ついさっき実証されたばかりだけど。もう一つ、グレースはどんな仮説を考えていたのだろうか。


「聞きたいですか?」

「……やっぱいいわ」

「いや、聞きたいですよね? 聞きたいんですよねっ⁉」


 この女、しつこい。喋りたがりか!


「いいでしょういいでしょう、聞かせてあげましょう! もう一つの仮説は、アルが私たちに『戦線』を潰させようとしている、というものです」

「は? なんで?」

「さあ? ただの仮説ですから。その真偽を確かめるにはもう少し情報が必要でしたが、仮説はもう一方のが正しかった。なので今となってはもう、どうでもいいことです」

「……どうでもいいことなら喋りたがらないで欲しいわ」

「うふふ」


 何笑ってんだこの女。


「ともかく、今は『戦線』の根城の襲撃方法を考える時間です。

 城壁と門は分厚いリュシーユ・オークの木材で覆われています。特別な防御結界や不可視化魔法の類は見受けられませんが、それだけに突破は難しい。結界や魔法なら、イシュメイルで打ち消すことも不可能ではないのですが……。単純に重く、そして分厚い物理的な障壁の突破が、実は一番難しいのです」


 小賢しい魔法に頼った防御手段よりも、単純な防壁のほうが獣人らしいといえばらしい。魔法が使える獣人はほとんどおらず、逆に力仕事と物量戦なら獣人の得意分野だ。

 だから攻略法もおのずと単純明快になる。


「決まってるじゃない。真正面から、門をブチ破るのよ。私のレーヴァテインでね」

「さっすがぁ! よっ、エリーさん! パワー系お嬢様!」ユズリハが囃し立てる。「上腕二頭筋から生まれた女!」

「それ馬鹿にしてるでしょ」

「できるんですか、あの門を破壊するほどの攻撃なんて」

「可能よ。ただ、少しだけ時間をもらうことになるけど」


 城塞に続く道は、木々を切り払っただけの獣道だった。その真ん中に立ち、私はレーヴァテインの切っ先を城塞の門に向けて構える。


「《この世を統べる理よ、我が真言に応えよ》」


 指先から、鋼よりも硬い竜の爪がにゅるりと生えてくる。手の、そして腕の皮膚が深紅の鱗に変化していって肘の辺りで止まる。同じような部分的な変化は膝から下にも起きる。

 頭からは角が生え、背中に翼が現れる。竜人化は、竜の力を普段よりもう少しだけ引き出すための形態。レーヴァテインの生み出す無限の炎を収束させて放つ竜哮砲は、人間に変身したままだと反動が大きすぎて腕の骨が折れてしまう。


「《我が敵を遍く焼き尽くし、我が望みを叶えたまえ》」


 赤熱したレーヴァテインの刀身から、滾々(こんこん)と噴き出す炎が私の体に纏わりついてくる。薄暗い森の中で、高温プラズマの輝きは否応にも目立つ。城塞の上から、矢が飛んできた。


「エリーさん!」


 私の前に割り込み、跳び上がったユズリハが矢を切り払う。


「防御は任せてください!」


 詠唱の途中で返事は出来ないけれど、私の目配せに乗せた「任せるわ」をユズリハは受け取ってくれたようだった。空中で素早く振るわれるミストルティンが放つ風の刃が、夕立のように降ってくる無数の矢を弾いていった。


「《猛き破壊の奔流よ、我が手綱を受け入れよ》」


 レーヴァテインから放たれる熱、その純粋なエネルギーが切っ先に収束する。


「《弱きものよ、我が(いななき)を背に受けよ――――》」


 暴れ狂う炎が、大口を開けた紅蛇(イラウンスゲ)となって私と城塞の間を駆け抜けていく。竜哮砲――――可燃物も、温度も、酸素すら必要ない指向性の炎。この世の理に「ちょっとした綻び」を生じるほどの、体系化された「魔法」という理解の枠の外にある力。絶対的な防御も、誰かの頭で考えた程度のものなら竜哮砲は容易くそれを打ち砕く。

 間にいたユズリハは寸でのところで炎を避け、飛んできた矢はそのまま紅蛇の舌に絡めとられて消し飛んだ。


「危なッ!」


 竜哮砲が城塞の門に食らいつく。

 木材は炭になって散り、金属は溶けてその形を失う。巨木で作られた重厚で堅牢な門扉は、ものの数秒で「狼藉者の侵入を防ぐ」という門扉としての役割を果たせなくなった。


 城塞の中、建造物にも竜哮砲が襲い掛かる。

 打ち払われて消えていく木の建材よりは少しは頑丈なレンガも、レーヴァテインの炎に曝されれば砂の城と変わらない。打ち寄せるエネルギーの奔流という波の前で、砂の城はあまりにもろい。


 建造物に穴を開けたところで、私はレーヴァテインに込めていた力を緩めた。建物の中にはファルがいるはずだ。入口を開けられれば、それでいい。

 レーヴァテインからの結合を失った紅蛇はたちまち霧散して、その場には私から城塞までまっすぐ、草木が燃えた黒焦げの道ができた。


 ざくっ。


 煙を発する炭の上に、熱を放出しきったレーヴァテインの切っ先を突き立てた。

 竜哮砲を逃れた獣人たちが、焼け焦げた城壁を見、私を身、慄いて動けなくなっている。

 勝負は決まった。レーヴァテインの力の前に、彼らは戦意を失った。


「隠れても無駄よ。さあ、私のファルに遭わせてもらえるかしら?」



 ――――待っていましたよ



 城塞の中。木とレンガが燃えた煙の奥から、男の声がした。

 アルのものじゃない、もっと歳のいった声。


 舞台の幕が開くように。

 煙が払われて、城塞の内部が見えた。大きな部屋、その正面置かれた豪華な椅子。ちょうど礼拝堂のような間取りで、椅子があるのは礼拝堂なら司祭が立つ位置だ。そこに小太りの男が座っている。

 禿げかけた頭に耳や角の類は見えず、服そのものは商人のそれに近い。だがその上からネックレスや指輪をじゃらじゃら身に着けているのは、明らかに獣人ではない証――――グレースの言葉を思い出す。「獣人解放戦線」、その首魁は獣人ではなくヒューマン族。それも、()()()()


「自己紹介しましょうか。私の名は……」

「テオドール・トゥルニル。獣人奴隷商人」

「よくご存知のようで」


 テオドールの傍らに立っているのはアル。左手に装備したドラウプニルで水の防御幕を作り、私の竜哮砲を防いだらしい。

 アルの反対側にはファルが床にへたりこんでいた。潜入用の獣人がよく身に付けている布の服ではなく、使用人用のエプロンドレスを着せられていた。そして――――その首に巻かれた首輪は、テオドールの座す椅子に鎖で繋がれている。

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