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聖剣の勇者 -復讐の焔竜姫-  作者: 96500C/mol
【惑】のガンダルヴァ
14/74

#3

「エリーさん、はい」


 ケースの中から取り出し、手に取った書類を一瞥するなり、ユズリハは私にそれを差し出してきた。


「何なの?」

「わかんないです。私、この字読めないので」


 書かれているのは北国文字の手書きのメモだった。こっちの地方じゃ話者に出会うことも稀だから、ユズリハが読めなくても仕方ない。


「ええと……『獣人解放戦線』?」

「はい。獣人を狙って誘拐している盗賊団が名乗っている組織名です。なんでも、構成員はほとんど獣人で、商隊が運んでいる金品には一切手を付けず、引き連れられている獣人のみを誘拐していくとか」

「ヘンなの。盗賊団なのに」

「最初はリュシーユの村で働く獣人を誘拐するだけだったのですが。村の獣人を奪い尽くすと、今度は村の外から来る商隊を襲うようになったんです。ここ一か月ほどで活動は過激になり、護衛の冒険者や獣人の主人である商人たちにも犠牲者が出るようになりました。

 断片的な証言を集めると、最終目標は獣人だけの国を作って独立することだとか……。誘拐はそのための国民集め、ということなのでしょうね」

「そう」


 メモをケースに戻し、閉じる。


「それを伝えて私にどうしろっていうの?」

「私はその『獣人解放戦線』を討伐するためにリュシーユの街に来たのですが……ほとほと手を焼いていましてね。いかがです、エリーさん。(わたくし)に恩を売ってみるのは」

「自分の仕事を私にやらせようってわけ。その見返りに私が七聖剣に入るのを認めるから、って」

「話が早くて助かりますよ、エリーさん」


 上品に、くすくすと笑うグレース。

 目元が見えない胡散臭さのせいで、小馬鹿にしているようにも見える。


「資料はそのケースの中にあります。目を通しておいてくださいね」

「それにしても、グレースが手を焼いてるなんて珍しいね。一体どうしたの?」

「『獣人解放戦線』の構成員には、村で働いていた獣人もいます。どうにかして彼らを傷つけることなく、首謀者だけを捕縛して獣人たちを取り戻せれば良いのですが……」

「盗賊団のリーダーならこの前見たけど、グレースが戦って負けるような相手じゃないと思うなぁ」

「あの雄の獣人ですね。名をアルというらしいです」


 アル。確か、北国語では「群れのリーダー」を表す単語だったか。


「彼もかつてはこの村で働く獣人でした。とても勤勉で村の皆が彼のことを良く覚えていましたよ。その彼が誘拐されてから、『戦線』の活動は活発化したんです」

「……ん? ちょっと待って。アルは『戦線』のリーダーなんだよね?」

「そう見られていますね」

「それはおかしいよグレース。だって、アルが村から誘拐されたってことは、アルが加わる前から『獣人解放戦線』は活動してたってことじゃん」

「その通りです。彼は部隊を率いるリーダーではありますが『戦線』の主要人物ではありません。詳しくは資料にもまとめておきましたが、どうやら『戦線』の実働部隊を率いるアル、その後ろには彼を操る首魁がいるようなのです」


 ケースを開けて資料を漁る。北国語で書かれたメモはさっきの一枚と、もう一枚しかなかったので余計に目立った。

 名前が書かれている。それと、簡単な素性も。


「テオドール・トゥルニル。獣人奴隷商人の、ヒューマン族の男です」

「人間? 獣人じゃないの?」

「はい。そして彼は聖剣を所持しています。【(まどわし)】の聖剣ガンダルヴァ。術をかけた相手を完全に支配下におく能力を持つ、神代遺物です」



   ☆   ☆   ☆



 修道院での夜。あてがわれたファルと二人の寝室で、私はベッドに腰掛けながらファルが戻ってくるのを待っていた。

 風呂――――といっても、身を清めるための水を張った大きな桶があるだけだったけど、イフェルスを出て久しぶりに私は体を洗うことができた。

 ファルにも一緒に入って洗ってあげようと言ったんだけど、拒否されてしまった。

 一応、人前では主人と奴隷の身分である以上、あまり親密な姿を見られるのは良くない、ということらしい。そういうわけで、ファルは一人だけ、みんなが寝静まった後で水浴びに行った。


 給仕服の下に着ているいつものキャミソールワンピース姿で戻って来たファルは、髪がびしょぬれのままだった。そのまま寝ようとするので、呼び止めて私のベッドに座らせる。


「髪くらいちゃんと乾かしてから戻ってくればいいのに」

「いえ、ファルがお風呂を頂いているのを誰かに見られるのは、あまりよろしくありませんから」

「どうして?」


 ファルの髪を取ってみる。竜の私は獣人のファルよりさらに体温が高い。髪を乾かすのも得意だ。

 つやつやの髪。手入れをしたらもっと綺麗になりそうなのに、ファルはそれをしない。ロングも似合うと思うんだけど、いつも「邪魔だから」とショートにしているし。


「……リズさま。ファルは獣人です」

「そうね」

「獣人は主人に従い、身も心も捧げる存在です。主に『殺せ』と命じられれば親兄弟をも殺し、『死ね』と命じられれば自ら命を絶つ。それを彼らは……」

「彼らって、『獣人解放戦線』のこと?」


 ファルは何も答えない。けれど、耳まで倒して、足をぷらぷらさせている。

 こういう顔をするのは、何か言いたいことがあるときだ。言いたいけれど、大っぴらには言えないことがあるとき。


「話して、ファル。何か言いたいことがあるんでしょう?」

「……先ほどグレースさまから彼らの話を聞いたとき、ファルは思ってしまったのです。もしかすると彼らは悪いものではないのではないか、獣人のために働いている義賊なのではないか、と」


 獣人を「誘拐された」のは、獣人たちの主だ。解放戦線の討伐を求めているのもそう。飼い主である彼らは、自分たちの資産である奴隷獣人を「盗まれた」から、解放戦線のことを「盗賊団」と呼んでいる。

 でも、獣人の立場から見れば話は変わる。

 奴隷として命すらも軽んじられる獣人たち。それを非道な雇用主から救い出し、獣人たちが自由に生きられる国を作る。そのための活動。

 主から見れば略奪でも、獣人たちから見ればそれは保護活動だと言えるかもしれない。


「リズさまはどう思われますか」

「どうって?」

「もし彼らが本当に獣人のための国を作ろうとしているのなら……ファルは彼らと戦いたくはありません」


 髪を撫でる手が止まってしまった。

 「獣人解放戦線」と戦うことは、私の本来の目的ではない。これがファルとの二人旅なら、そのまま捨て置いたはずだ。

 でも、グレースに恩を売ることは私の復讐に近づく一歩となるかもしれない。だからこそ、私は彼女の要求に答えようとしている。「獣人解放戦線」を殲滅しようとしている。


「獣人であるファルがご主人のリズさまのご意思に背き、叛言するなどあってはならないことです。だからこれはただの口から出た戯言(ざれごと)――――そう思ってください。ファルはご命令とあれば、彼らとも戦います」

「いいのよ、ファル。話してくれてありがとう」


 私はファルの髪を撫でるのを再開した。

 もうだいぶ乾いてきた。艶のあるファルの銀髪が、蝋燭のほのかな灯りを反射して煌いている。


「私は『戦線』と戦うわ、ファル」

「はい……」

「あなたは優しい子。『戦線』で戦っている獣人たちのことも心配して。でもね、そんなことはあなたが心配することじゃない。

 獣人たちがこのまま、本当に国を作ったらどうなると思う? きっとまた戦争になる。そうなれば、今よりもっと多くの獣人たちが命を落とすことになるでしょうね」


 ファルは俯いている。

 獣人は身体能力に優れる反面、ほとんど魔法を使えない。魔力の少ない個体ばかりを交配させてきたので種族全体に魔力持ちがまずいないし、突然変異的に生まれた魔力持ちの獣人が、魔法体系を学べるほどの教育にありつけることもない。

 そんな彼らが国を作ればどうなるかは目に見えている。

 宵闇に任せた奇襲は彼らに分があるけれど、土地の防衛はほぼ不可能だ。戦争になれば人間か魔族の魔法使いに集落を焼き払われてしまうだろう。獣人にとっては組織だったゲリラ戦をするのが精いっぱいで、山間に隠れ里を作って暮らすのが限界なのだ。


 獣人解放戦線。

 志には共感する部分はあるけれど、彼らに国は作れない。仮にリュシーユの村を占領できたとしても、その後は()民を虐殺されて滅亡、それが末路だろう。

 彼らの夢は叶わない。だったら、引き返せる今のうちに活動を辞めさせたほうがいい。そうすれば、命だけは捨てなくて済む。


「申し訳ありません。ファルはおかしなことを言いました。深く考えもせず、リズさまに楯突くなど」

「いいと言っているでしょう、ファル。あなたは獣人であっても、私にとってたった一人の家族なのよ。意見することに何の気兼ねがいるというの」

「ですが……ファルは生意気でした。獣人失格です」

「あらそう。じゃあご主人さまに楯突く悪い子のファルには、罰を与えようかしら」


 ファルの肩を掴んで私のベッドに引き倒す。

 抵抗しないファルに馬乗りに跨って見下ろすと、ファルはとろけた視線を向けてきた。


「……ファルは、悪い子です。罰をください」

「ええ、本当に。私を熱くさせる、悪い子」


 顔を近づけると、ファルはゆっくりと目を閉じた。

 触れた手の指が震えている。怖い……のとは違うと思う。緊張してるのかな。


 ファルは悪い子。本当に悪い子。

 彼女と触れあっていると、シンディのことを忘れそうになってしまう。

 熱い吐息を鼻から漏らすファルの唇に、のっそりと近づいて――――



 ばぁーんッ!



「エリーさん! 私、思いついたことが――――」


 部屋の扉を蹴破る勢いで、ユズリハが飛び込んできた。


「……」

「…………」

「…………あ、もしかしてお邪魔でした?」

「ええ。ものすごく『お邪魔』だったわ」

「すみません。じゃあ明日の朝にでも出直します」

「いいわよ。今聞くから」


 ベッドを下りると、背後から鋭い視線を感じた。

 ファルの恨めしい目線が、ユズリハと私を突き刺すように見ている。お楽しみを妨害したユズリハと、その妨害してきたユズリハを出迎えた私のことが気に入らないみたいだ。

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