#2
「なんで逃がしちゃったんですか」
獣人の盗賊団から逃れた商隊は、夜のうちにリュシーユの城壁内へ入った。
商隊と別れ、夜のリュシーユを歩きながら。修道院まで案内するユズリハに問い正される。
「きっとあれ、リュシーユの村に出てるっていう盗賊団ですよ。一網打尽にするチャンスだったのに」
「『頭』がいなかったのよ」
「あたま?」
「獣人はね、自らの意思で盗賊団なんかやらないの。誰かに命令されているに決まってる」
「誰かって?」
「飼い主よ」
盗賊団に「頭」がいなかったのも気になるけど、それよりもあの獣人の男。一人だけ装備を固めていたのもそうだけど、雰囲気がなんだか普通じゃなかった。あの目付き。醸し出す殺気。ただの路上強盗犯だとは思えない。
修道院の扉は固く閉じられていたけれど、まだ室内には明かりがあった。ユズリハが扉を叩くと、修道女服に身を包んだ小さい女の子が少し開いた扉の隙間からひょっこり顔を出す。
「グレース・ガレンはいますか?」
「何のご用でしょうか」
「いるのなら聞いてみて。『ユズリハさんが訪ねてきました』と」
ばたん、と扉が閉じる。
扉の向こうで、ぱたぱた走っていく音がする。しばらく待っていると、またもひょっこりと修道女服が扉の隙間から顔を出した。
だけど、今度はさっきの子よりも随分大きい女だった。それに――――
「ユズリハさん。ようこそおいで下さいました。そちらの方は?」
「イフェルスで仲良くなったんだ。冒険者のエリーさんと、ファルちゃん」
「遠路はるばる、お疲れ様です」
修道女服の女が頭を下げた。
あれで前が見えているのだろうか――――修道女グレース・ガレンは、口元だけ出した、顔全体を覆う金属製の覆面をしていた。
「中で話しましょうか」
グレースに案内され、私たちは修道院の中に入る。入り口から入って正面には教壇があり、その袖から奥の部屋へ入れるようになっていた。私たちを食堂のような場所まで案内する間、グレースは何につまずくことも、手で探ることもない。
「ふふ。驚いているようですね、私が覆面をしたまま普通に歩けることに」
「そんなのをつけたままで、視界は大丈夫なの?」
「そうですね……詳しくは言えませんが。視界を得るために、これを身に付けているのですよ」
グレースは口元を押さえて上品に笑った。
漆藍の分厚そうな金属板に金色のエングレービング装飾。覆面に施されたゴシック調の飾りは修道女の質素な服とは不釣り合いだ。
ただの覆面じゃない。オーラで分かる。おそらく、あの覆面は聖剣だ。
長いテーブルに向かい合って座ると、グレースは自己紹介を始めた。
「申し遅れました。七聖剣第四席、【響】の聖剣『イシュメイル』のグレース・ガレンと申します」
「エリザベスよ。どうしても呼びたければ『エリー』って呼んで」
「お嬢さまにお仕えしております、ファルシアといいます」
お互いに名乗り、握手をかわす。
七聖剣、その第四席。覆面をつけていても、視界に問題はないようだ。グレースの振る舞いには不自然さがない。
「あらあら。エリーさん、見たところ良家のお嬢様のようですが。どんな家銘なのかは教えてくださらないのですか?」
「ファーヴニル」
「ウソですね」
グレースは即座に私のウソを見破った。
「それに冒険者さんっていうのもウソ。エリーさんが背負っているそれ、聖剣でしょう? それもかなり強力な――――おそらく、神代遺物。一介の冒険者が手に出来るものではありません」
「いい『目』をしているじゃない。七聖剣も、ただのバカの集まりじゃないみたいね」
「ふふ、ありがとうございます。ユズリハさんと最初に会ってしまうと、そう思われても仕方ありませんね」
「ん? グレース、もしかして今、私のことバカって言った?」
「さあ、どうでしょうか」
くすくす笑うグレース。一番の頭脳派という言葉もハッタリではなさそうだ。
だけど、修道女の落ち着いた物腰の奥に、何かドス黒いものを感じる。見た目にはヒューマン族に違いないのに、なんだかまるで、怪物がヒトに成り済ましているかのような。そんな得体のしれない感じ。
「聖剣使いを引き連れてユズリハさんが私に会いにきた……ということは、ユズリハさんはどうやらその方を新しい第七席に推薦なさるおつもりなのですね」
「そういうこと。だからグレースにも賛成に回って欲しくて。ね、いいでしょう?」
「いくらユズリハさんの頼みでも、ハイそうですかと聞くことはできませんよ。それに私を味方につけたところで――――」
「ちょっと、ちょっと待ちなさいよ」グレースとユズリハの会話に強引に割り込む。「何の話をしているの? 推薦?」
「はい。エリーさんにも『七聖剣』に入ってもらおうと思って」
「はぁ?」
「だってエリーさん、アキラさんと結婚したいんでしょう?」
「あらまぁ」頬に手をあて笑うグレース。
「だったら入らなきゃですよ。『七聖剣』」さも当たり前のように語るユズリハ。
「それとこれがどう繋がるの?」
「『七聖剣』は」勝手に話を進めようとするユズリハとは対照的に、グレースは私の疑問に答えを出してくれた。「単なる聖剣使いの武装集団ではありません」
「違うの?」
「はい。【覇】の聖剣グラムを持つ勇者、天路アキラを公私に渡ってサポートするのが七聖剣の仕事です。アキラさんが魔王を討伐し平和になった世界を護っていくこと。そしてアキラさんが旅の中でばら撒いてしまった『グラムの雫』から生まれた聖剣の捜索と回収。そして時には枕伽も……」
気持ち悪っ!
じゃあ七聖剣ってただのシンパじゃなくて、全員天路アキラの「嫁」として集められてるってこと⁉
「でも、ただ聖剣を持っていれば『七聖剣』に入れるわけじゃないんですよエリーさん! 七聖剣はいずれ、お互いに血族になるかもしれない相手ですからね。席メンバーの過半数の承認がないと、新しい人は入れないんです」
「第五席のオルガさんが亡くなったのが5ヶ月ほど前。今はその下の席次から繰り上がって、一番下の第七席が空席になっています」
一席が空席なら、残りは6人。入ろうと思ったら、4人以上に七聖剣入りを認めさせないといけない――――ということか。
「グレース。こう見えてエリーさん、すっごく強いんだから。全力のミストルティンと互角だったんだよ?」
「ユズリハさんがそう仰るのでしたら、七聖剣に加わるだけの実力は十分ということですね。
ですが、七聖剣として相応しい使い手であるかどうかは、武力によってのみ決まるものではありませんよ」
グレースは見えている口元だけで笑っている。
不気味だ。口元だけでグレースが今どんな感情なのかは読み取れるけれど、目が隠されているせいで何もかも胡散臭く見える。
「ユズリハさん。あなたたちは今日リュシーユに到着する寸前に賊に襲われた。違いますか?」
「どうして分かったの、グレース?」
「簡単な推理ですよ。明日の朝到着する予定だったイフェルスからの商隊が、大急ぎで夜のうちにリュシーユに入った。何があったか――――少し考えれば、賊に襲われた商隊が、さらなる襲撃を避けるために予定を繰り上げたのだろうと推測可能です」
「獣人の盗賊団だったんだよ、グレース。心当たりはある?」
「ええ、もちろん」
席を立ったグレースは、窓際から小さな革のブリーフケースを取って私たちの前まで持ってきた。
中を開けて見せつけるグレース。ケースの中身はたくさんの書類だった。




