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聖剣の勇者 -復讐の焔竜姫-  作者: 96500C/mol
【惑】のガンダルヴァ
12/74

#1

ハーフエルフの娘、ユズリハ・イェルマー。聖剣の勇者に付き従う、「七聖剣」第一席の女。

勇者天路アキラへの接触の理由を偽ったエリザベスは、彼女にアキラのいるスルヴェート城までの案内を頼む。


――――いずれは殺し合う関係。そうと分かってはいても。

「『七聖剣』といっても、今は6人なんですけどね」


 イフェルスを出た商隊は、馬車数十台の隊列を作って山を2つほど越えた先のリュシーユの街へ向かっている。その道すがら、聞きもしないのにユズリハは「七聖剣」の組織としてのあらましを語り始めた。


「アスカちゃん、フィエル、それにグレースとセリア。あとは私を入れた5人で、アキラさんが守った世界に残った火種を消して回っているんですよ。それが『七聖剣』の活動目的です」

「あとの一人は?」ファルがすかさず聞いた。「ユズリハさまは今、七聖剣は6人であると仰いましたが」

焙燐(バイリン)ね」


 最後の一人は獣人だとユズリハは言った。獣人が神のように崇められているらしい遠い国からやってきた、キツネ獣人の女の子だという。


「あの子はいつも、どこで何してるのか全然分かんないんですよね。センジュツとかいう、魔法とも違うワザを身に着けてるらしいんですけど」

「そういえば聞いたことがあるわ。遠いどこかの国で、修行を積んだ動物が獣人に変化することがあるって」


 こっちの国じゃ、獣人は目的のために「生産」されているけれど。出自からして異なる獣人がいるとか。


「で? そいつらはどんな聖剣を持ってるの?」


 私にはそっちのほうが重要だ。いずれ殺し合いをするかもしれない相手である。いまのうちから作戦を立てておくのも悪くない。


「んもー。エリーさんったらせっかちさん。ふふ」


 何笑ってんだこの女。


「いずれ他のメンバーとも顔を合わせることになりますからね。紹介はその時にしましょう。リュシーユの村にはグレースが来ています。まずはあの子からですね」

「どんな奴?」

「それは会ってからのお楽しみです。グレースは七聖剣で一番の頭脳派ですからね、きっとエリーさんとも仲良くなれますよ」


 頭脳派であることと私と仲良くなれることの繋がりが分かんないんだけど。

 私とファル、そしてユズリハが警護を請け負う商隊は、リュシーユまでの山道を緩やかに進む。きちんと整備されていない道は小石が多く転がっている。ガタガタゴトゴト揺れる幌馬車の乗り心地は最悪だった。



  ☆  ☆  ☆



 イフェルスの街を出て5日。リュシーユまであと半日というところまで来た真夜中、私はファルに叩き起こされた。


「……リズさま」

「ん、ファル。どうしたの」

「賊の気配がします」


 板の上にクッションを乗せただけの簡素なベッドから起き上がる。警備を請け負う私たちにあてがわれた馬車、その向かい側ではユズリハが寝息を立てていた。

 安らかな寝顔だ。まるで、この世の悪いモノなんて正義の味方が全部倒してくれると信じている、幼い子供のような。


「ファル、水」

「はい、リズさま」


 ファルは私のやりたいことを察してか、素早くコップに水を注いだ。

 私はそれを受け取り、ユズリハの顔の上でさかさまにする。零れた水が滝になって、ユズリハの顔に落ちた。


「のッ、にょわッ! な、なんですか突然⁉」

「起きなさい。仕事の時間よ」

「え、エリーさん⁉ なんで普通に起こしてくれないんですか!」

「あまりに気持ちよさそうに寝てるから。つい、ね」 

「んもー! 怒りますよっ!」

「もう怒っていらっしゃいます、ユズリハさま」


 素早く身支度を整えた私たちは馬車から出た。外は真夜中、月灯りも半分陰って視界の少し先はもう暗闇に飲まれている。

 開けた場所に、たき火を囲うように幾重もの輪を作って止まった商隊の馬車群。幌つきが半分、幌なしが半分くらいの編成だ。馬車から外されて繋がれている馬たちも、なんだかそわそわしている。


 賊。リュシーユの周辺では最近、旅商人の馬車を襲う盗賊団がいるという。

 ユズリハはひょいと一番背の高い馬車の幌に飛び乗って、辺りを見回して警戒している。

 私も馬車の輪の外へ出て、目に力を込めて視界だけ竜の力を解放した。


 どんな相手かは分からないけれど。ヒト形をした何かが、宵闇に紛れながら商隊を囲う輪を少しずつ小さくしている。

 賊の正体には、私よりファルのほうが先に感づいた。鼻が利くらしい。


「リズさま、賊は獣人です」

「じゃあ、『(アタマ)』を潰せば解決ね」


 獣人は平均してヒューマン族よりも知能が低い。そして社交性が高く人懐っこい個体だけが選別されて交配されている。

 力も強くてタフ、それでいて性格は温厚で他種族に対して友好的どころか、隷属的ですらある。奉仕階級として、強い種族の庇護下で存続を図る選択をした種族だ。商隊でも、数人の獣人の子が荷運び役として使われている。


 知能も一部の上澄みを除けば、数も数えられないような子たちばかりの獣人族が、盗賊なんてやるはずがない。盗賊をやるように作られていない彼ら獣人には、そんな発想がまずできないのだ。

 賊の正体が獣人なら、盗賊をやっているのは「ご主人」にそう命令されているからだ。だったら、「頭」――――つまり、獣人たちを従えている主人さえ潰してしまえば、獣人たちは襲撃なんてしなくなる。


 ぐわっ、と闇が動く。

 紛れていた暗黒から飛び出した獣人の一体が、私に向かって飛びかかってきた。

 鋭い爪と星光を反射する白い牙。くしゃくしゃの毛は手入れなんてほとんどしておらず、纏う服は防具も何もない、ただの布を乱雑に縫い合わせただけのものだ。


「リズさまっ!」


 とびかかる獣人と私の間に、ファルが割って入った。

 右腕を大きく振って水を操り、空中に「×」の字を描くファル。とびかかった獣人を跳ね飛ばしたファルの操る水は、ロープ状になって空中に静止した。

 そのゆらめく動きは、まるで獲物を前に距離を測る大蛇のよう。獣人たちも、ファルに驚いたのか尻込みしている。


「ここはファルにお任せを。リズさまは『頭』をお願いします」

「ええ、任せるわ」


 暗闇にじっと、目を凝らす。

 オオカミ型だろうか、獣人たちはみな近しい容姿をしている。歳は3か4くらい、人間より早熟な彼らは、その歳でもヒューマン族の10、20歳前後と体格が変わらない。

 ざっと、後ろに控えた個体も入れたら数十人はいそうだ。狼獣人の群れがここまで大規模になるのも珍しい。それに、ただの盗賊というにはあまりにも大所帯だ。


 それに――――


「……おかしい」

「リズさま?」

「『頭』がいないわ」


 獣人とその他の種族は、竜の目さえあれば魔力の有無で明確に見分けられる。

 だけど、闇の向こうをどれだけ見つめても、そこには獣人しかいなかった。彼らを使役しているはずの「主」がいない。


 獣人以外の存在を探るのに集中しすぎていた私は、横から近づく気配に反応するのが遅れた。


「リズさまっ」


 草むらから飛び出した獣人は、推定4歳、人間なら20歳前後の、雄の獣人だった。みんな布を簡単に縫い合わせただけの獣人たちの中にあって、一人だけ胸当てを装備し手にはナイフを握っている。

 空中で体を捻る獣人、振り下ろされるナイフ。私は咄嗟に竜人化して、三日月の軌跡を描いて振り下ろされるナイフを右腕で防いだ。


「……!」


 竜の鱗でナイフを弾き、よろけた相手に拳の一撃を見舞う――――そのつもりで突き出した私の左手は虚を貫き、獣人は後ろへ跳んで私から距離を取った。

 身のこなしも、戦闘の勘も。肉食獣の本能のままに飛び掛かってくる他の獣人たちとは違う。よく見れば、一人だけ少し上等な首輪をしている。


「貴方が盗賊団の頭領かしら」


 獣人の男は答えない。

 喋れないわけじゃない、と思う。煌々と光る目が物語っている。私はあの目を知っている――――怯えきった、助けを求める獣人の目。

 ファルと初めて出会ったときの、あの目に似ている。


「……ここで引くなら、深追いはしないわ」

「……」


 私の仕事は商隊の警護であって、賊の捕縛じゃない。でも何より。


 あの怯えた目。

 昔のファルを思い出してしまうと、つい情けをかけたくなってしまう。


「どうかしら。奇襲が失敗した時点で、貴方たちにはもう数で押し切るしか方法はないと思うのだけれど。そうしたら、大勢死人が出るでしょうね。こっちは聖剣持ちが三人もいるんだから」

「…………」


 男は喋らないけど、表情は変化する。「聖剣」の言葉を聞いた瞬間に、眉間に皺が寄った。

 何かをいいかけた男は、また口を閉じて、右腕を小さく上げた。

 一体何をしてくるのか――――身構えた私の前で、右手を払うようなジェスチャーをする獣人の男。


 それが「撤退」の合図であることに気づくまで、そうかからなかった。

 商隊を囲んでいた獣人たちの気配は闇へと溶けていき、周囲に静寂が帰ってくる。

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