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聖剣の勇者 -復讐の焔竜姫-  作者: 96500C/mol
【風】のミストルティン
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#9

 民家の陰から翼を広げて飛び上がると、ゼルヒャもこっちに気が付いた。

 竜の姿になった私を見てゼルヒャの瞳孔が開く。


「おねーさん、一体何者……?」

「ただの冒険者よ。今はね」


 ゼルヒャは突き出すように、ミストルティンの切っ先を私に向けてきた。竜巻がその刀身から噴き出し、私を飲み込もうとその口を大きく広げて迫ってくる。


 威力も、攻撃範囲も凄まじいの一言。並の魔物や術師相手なら、絶対に負けることはないはずだ。

 でも相手が私なのは悪かった。

 竜の力の前では、人間の体系化された魔法など玩具のようなものだ。透明な球状の殻に弾かれて、ゼルヒャの起こした竜巻は私に触れることもできない。


「相手が、誰でも……! わたしは、負けない! 負けられないっ!」

「ゼルヒャ……」

「お姉ちゃんが、お姉ちゃんたちが、わたしにくれた、この力……! 絶対に、勝ちたなきゃいけないの……!」


 ゼルヒャの竜巻が威力を増す。竜の力による防御も、壊れるには至らないまでも球から少し歪んだ形に変形させられる。

 弾かれた竜巻は乱流になって辺りに散らばり、広場の周辺を破壊し始めた。そろそろ限界か。


 凄まじい気迫。勝利への執念。何が彼女にここまでさせるのか。

 単なる、両親を殺されたことへの復讐とは思えない。ナンシーの言ったような「自分たちの力を誇示すること」も、ゼルヒャにないわけではないんだろうけど。それだけで、竜である私を怯ませるほどの力を絞り出せるとは思えない。


 知りたいんです――――ユズリハの言っていた言葉が脳裏に響く。

 どうしてノネット三姉妹が、ミストルティンを必要としているのか。その答えは、決闘に勝って聞き出すつもりだ。だから私は、考えなくていい。

 ただ、ゼルヒャに勝てばいいのだ。


「はぁ……はぁ……。でも、まだまだっ……!」


 竜巻で私を倒すのを諦めたゼルヒャは、今度は自分に風魔法をかけて飛び上がった。

 翼もないのに飛べるなんて。それも、私よりも速く。ゼルヒャは距離を詰めてきて、突きを繰り出してきた。

 私はそれを、レーヴァテインで弾く。武器の重さも、体重も私とゼルヒャじゃ違いすぎる。ゼルヒャは空中で姿勢を保てず、攻撃を弾かれるたびにふっ飛ばされて、また風を操って体勢を立て直すのを繰り返しながら、私に向かってきた。


「負けない、負けない! 負けない! 負けられない!」

「……いい加減に、しなさい!」


 ゼルヒャの突きを、左手で受ける。

 ミストルティンの纏った風の刃が、私の鱗を切り裂いて傷を負ってしまった。だけど、それと引き換えに私はゼルヒャの懐に入れる。

 レーヴァテインを重心にして、体をひねりながらゼルヒャの脇腹に回し蹴りを入れる。予想外の攻撃に防御魔法を展開しそこねたゼルヒャはふっ飛ばされて、噴水の近くへ墜落した。


「ぐっ……! まだまだ……!」


 石畳にめり込んだゼルヒャが起き上がろうとしている。


「負けを認めなさい、ゼルヒャ・ノネット。今のあなたの力では、私には勝てない」

「認めない! わたしは、わたしはまだ……!」

「そう、残念ね」


 レーヴァテインの切っ先をゼルヒャに向ける。どうやら墜落の衝撃で、ゼルヒャは足を折ったようだ。立ち上がれず、起き上がろうと体を揺すっている。


「《この世を統べる理よ、我が真言に応えよ》」


 レーヴァテインの刀身が赤熱する。


「《我が敵を遍く焼き尽くし、我が望みを叶えたまえ》」


 この世で最も簡単なエネルギー、それが「熱」だ。

 私には心得がないから、シンディみたいに竜の力をいろんな属性や元素に変換することができない。だから、放出する力はただ熱になるだけ。


 だからこそ、その熱を一点に集めて「火」にできるレーヴァテインとは相性がいい。

 刀身から放たれる竜哮砲は極めて暴力的で、極めて破滅的。最も簡単なエネルギーの最も簡単な放出は、最も簡単な結論を導く。


 抹殺。そして、勝利。


「待ちなさい……っ」


 視線の先。ゼルヒャの前に立ちはだかる人影。


 ナンシーだった。

 ボロボロになったナンシーが、ゼルヒャの前に両手を広げて仁王立ちしている。

 ファルったら。助けて来いとは言ったけど、怪我を治してやれとまでは言ってないんだけど。


「お姉ちゃん……!?」

「ゼルヒャ、あと一撃。あと一撃よ。あんな馬鹿デカい魔力を撃ったら、アイツは動けなくなる。私が盾になるから、その隙にアイツを倒すのよ」

「そんなの……!」

「私のことは気にしないで。ゼルヒャ、そういう約束でしょ?」

「でも、でも……!」


 魔族のゼルヒャはまだしも、人間、しかも魔力も使い果たした今のナンシーが私の竜哮砲を受ければ確実に死ぬ。

 でも、それが分かっていないナンシーではないはずだ。つまり、こいつは死ぬつもりだ。


「……最後に聞かせて頂戴」


 口論していたナンシーとゼルヒャが黙った。


「どうしてそこまで勝利にこだわるの? こんな決闘の勝利ごときに、命をかける価値があるのかしら」

「命をかける価値がないっていうなら……私たちに『勝ち』を譲ってよ!」


 意外な答えが返ってきた。


「私たちは、ノネットさんにもらった恩を返せなかった……! お養父(とう)様が処刑された日も、お養母(かあ)様が焼け死んだ日も。私たちは、ゼルヒャを連れて逃げることしかできなかった!

 やっと、やっとチャンスが来たのよ! 聖剣を手にして、その力でゼルヒャの力を世界に見せつける、その日が! だから勝たなきゃいけない! 負けられないのよ! ゼルヒャの勝利、名誉。そのためなら、私の命なんて……!」

「お姉ちゃん!」


 縋るゼルヒャだが、ナンシーはぴくりとも動かない。


 姉――――ナンシーは「姉」だ。私と同じ。

 もし私がナンシーと同じ立場だったら。シンディのためなら、私は命だって惜しくないと思う。

 シンディが強敵に殺されそうになっていたら、身を挺して庇ったはずだ。私の場合は、それが間に合わなくてシンディを喪ってしまったけれど。今のナンシーの行動は、私がかつて出来なかったことだ。


 そう思うとなんだか、全身の力が抜けていってしまった。レーヴァテインの熱が抜けてもとの鉄塊になり、私はゆるやかに降下して着地する。羽や角も変身魔法で消して、元の人間みたいな姿に戻した。


 ゼルヒャのほうは、ナンシーの腰にすがり付いたまま私を睨み付けていた。その手にミストルティンは握られておらず、ナンシーの背後に転がっている。

 ミストルティンの翅が閉じている。力を使い果たしたのか、あるいは時限式なのか。ともかく、もう決闘は続けられないようだ。


「もう一度言うわ、ゼルヒャ・ノネット。負けを認めなさい」

「認めないわ。ゼルヒャは勝つの!」

「……もういいよ、お姉ちゃん」


 ナンシーの服の裾を、ゼルヒャはぎゅっと掴む。


「負けでいいです。負けでいいから……お姉ちゃんを連れていかないで!」

「ゼルヒャ……」

「パパも、ママも死んじゃって……もう、わたしの家族はお姉ちゃんたちだけなの! お姉ちゃんまで死んじゃったら、わたし、わたしは……!」


 泣きじゃくるゼルヒャ。その肩を抱いて、ナンシーはうずくまった。


「……貴女たちには、その姿がお似合いよ」

「なに……?」

「地べたに這いつくばって、泣きじゃくって生きている。聖剣なんて、貴女たちには過ぎた力だわ」

「貴様……っ!」


 ナンシーは私を睨み、ミストルティンを再度手にしようと振り向いた。

 でも、剣を取り上げた先客がいた。


「エリーさんったら、素直じゃないなぁ」


 ユズリハだ。

 決闘が終わるタイミングを見計らって、聖剣を回収しに出てきた。


「ちゃんと正直に、『いい姉妹愛ね。感動的だわ』って言ってあげればいいのに」


 ユズリハはミストルティンを軽く振るい、ピッと真横に向けた。

 切っ先が、リンゼイの喉元に突きつけられている。再度、ユズリハから聖剣を盗もうとしたリンゼイは失敗したようだ。

 

「すみません。あなたたちにこの子は使いこなせないみたいですね」


 広場にいた全員が、ミストルティンを見て固まってしまった。


 ユズリハの手の中、ミストルティンの翅が開いている。

 ナンシーとリンゼイの二人がかりで魔力を注入し「起動」していたミストルティンを、ユズリハは一人で、しかも軽く握っただけで「起動」できている。それは人並み外れた膨大な魔力と、その操作技術の証だ。


「返してもらいますよ、私の聖剣」

「ユズリハ・イェルマー……!」

「これに懲りたら、もう聖剣を手にしようなんて思わないことですよ、ナンシー・ノネット。

 あなたたちが盗んだのがミストルティンで良かった。他の聖剣使いなら、盗もうとした時点であなたたちを全力で殺しに行ったでしょうからね」


 ユズリハの言葉は真実だろうと思う。

 そもそも最初から、ノネット三姉妹は聖剣を盗むのに成功なんてしていなかった。ユズリハの手のひらの上で、盗んだ聖剣をどう使おうとしているのか、見定められていただけだ。


 聖剣は一振りだけで絶大な力を持っている。それこそ、世界をひっくり返せるほどに。

 だからこそ、その使い手も普通じゃない。実力も、度量も。そんな相手から、盗もうとすること自体が自殺行為なのだ。


「これからは慎ましく生きてください。名誉より大切なもの、知らないわけではないでしょう?」


 ナンシーは何か言いたそうな顔をしていたが、ゼルヒャが抱き着くと黙ってしまった。


 自身の命を投げ出してでも勝利の栄誉を得ようとしたナンシーだけど、その栄誉を受けるはずだったゼルヒャが本当に欲しかったのは、ナンシーやリンゼイという家族だったのだ。

 ゼルヒャが勝利にこだわっていたのは、そのチャンスを作ってくれた姉たちに報いるため――――本人は黙っているけど、そうなんじゃないかと私は思う。


 血は繋がらないけれど、姉妹のように育った家族。その愛はきっと、本物だ。

 もし私があのままゼルヒャを殺してしまっていたら。私はあの勇者と同じになっていたかもしれない。


 聖剣の力を振りかざして、家族を目の前で殺害した、あの外道と。

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