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Prologue

魔界を出て人間界で暮らす赤竜レッド・ドラゴンの一家、イラウンス家は代々ウェラニウス山を支配してきた元魔界貴族である。その末裔として生まれたエリザベスとシンディは、腕力が姉のエリザベス、魔力が妹のシンディに色濃く遺伝した凸凹姉妹であった。

家督を妹に譲り、屋敷を出て冒険者となって広く世界を見てみたいと夢見たエリザベス。だが、そんな夢想を描ける穏やかな暮らしは、永遠に続くものではない――――


赤竜一族討伐。聖剣の勇者の魔の手が、エリザベスに迫る。

「お父様! お母様! どこですか! 返事をしてください!」


 儀装甲冑(ドレスメイル)が焦げるのも構わず、私は城の廊下を駆け抜けた。


 床に敷かれた真っ赤な絨毯。壁に吊り下げられたタペストリー。

 イラウンス家代々の当主たちが描かれた肖像画――――その全てが、炎に包まれている。

 私の家。家族の家。先祖がこの地に移り住んで千年。誇り高き赤竜(レッド・ドラゴン)の領主イラウンス一族の居城が、歴史が、まもなくすべて灰燼へと帰す。


 どうして。

 どうしてこんなことに。


「お母様!」


 寝室の扉を蹴破る。

 ベッドの上に、お母様とお父様はいた。その顔は安らかに、寝室を燃やす炎で照らされている――――もう、死んでいた。

 肺が焼けそうなほど熱い空気を、私は吸っていた。二人がもう吸えなくなった、空気を。

 二人の着ている儀礼装は、胸の部分が大きく、赤く染まっている。剣で心臓を一突きにされたのだと、すぐに分かった。


 傍らに立つ獣人の少女――――ファルシアはうちの使用人だ。

 ベッドに上っているファルシアは、両親のもう動かない手を引っ張って無理やりに繋がせていた。


「……ファルシア」

「リズさま」


 声をかけると、二人の死出の準備を終えたファルシアはベッドを下り、私の前に跪く。


「広間では無念だろうと思い、お運びしました。お二人はイラウンス家の名に恥じぬ、勇敢な最期を遂げられました」

「そう……ありがとう、ファルシア」

「願わくば、ご主人さま奥さまと共に、死後の国までお供させていただきとうございます。リズさま、このファルシアにご命令ください」

「ダメです。貴女は私と共に来なさい」

「かしこまりました」


 立ち上がり、ファルシアは私に頭を下げた。

 エプロンの裾を掴む手が、怒りに震えている。それを見ていると、零れそうな涙も嗚咽も、引っ込んでしまった。

 お父様お母様の前で、かっこ悪い姿は見せられない。私だって、イラウンス家の赤竜、その末裔なのだ。

 お父様とお母様は旅立たれた。あと心配なのは妹のシンディ。


「シンディはどこ?」

「シンディお嬢様は、賊を追って湖のほうへ向かわれました」

「追いかけましょう」


 ファルシアの体を抱き寄せて、私は翼を出す。

 普段は人間と接するためにヒトの姿をしているけれど、私は竜だ。竜人態――――完全な怪物にならずに竜の力を引き出す訓練も、当然している。

 ファルシアを抱えた私は、そのまま寝室の窓を突き破り、外へと飛び出した。


 賊――――「賊」とは?

 腕が鈍っているとはいえ、お父様もお母様も竜の一族だ。それをああも簡単に。

 城を襲ったのは、相当の手練れだ。だとしたら、追いかけていったシンディが危ない。





 城は山の頂上にあり、カルデラ湖までは目と鼻の先だ。


 湖から斜面を駆け上がってくる夜の風に乗って、血の匂いがする。

 人間のものではない、竜の血の匂い。


 シンディ。

 シンディ。

 私のたった一人の、かわいい妹。

 才気に溢れ、昔から私が体術以外で何一つ勝てなかったシンディ。

 いずれは家督を継いで、次代イラウンス家当主となるはずのシンディ。

 冒険者になって世界をめぐってみたいなんて子供じみた私の夢を、笑って背中を押してくれたシンディ。

 竜のくせに魔法が苦手な私のことを、それでも自慢のお姉ちゃんだと言ってくれたシンディ。

 あの子に何かあったら、私はこれからどうやって生きていけばいいのか――――


















 シンディは、新月が水面に揺らめく湖のほとりにいた。

 賊はもういなくなっている。完全に竜化したままのシンディは、駆け寄った私に気づくと安堵したように鼻を鳴らした。


「おねぇ……ちゃん」

「シンディ! もう大丈夫! お姉ちゃんが来たからね!」

「はっはっは……負けちゃったぁ」


 シンディは酷い有様だった。

 皮を剥がされ、翼はもがれ、角は折られて腕や脚や尾を切り取られ。目も片方を抉られて歯も何本か無くなっている。

 流れた血が湖水に溶けていく。シンディは助からない。すぐにそう悟った。


「よかったぁ……お姉ちゃんが、無事で。わたし、もうダメみたい……」

「大丈夫、大丈夫だから! お姉ちゃんが絶対、助けるから!」

「……うそつきだなぁ、お姉ちゃんは」

「う、うそじゃない! ウソなんかじゃないから! 約束するから!」

「でも……嘘つきのお姉ちゃんも、だい、す――――」


 ふぅ、と最後に大きく息を吐いて、シンディは動かなくなった。



 叫んだ。

 自分の叫びで、鼓膜が破れたんじゃないかってくらい。

 叫ぶしかなかった。


 叫んだところで、失った命が返ってくるわけじゃないけど。

 ただ、叫ぶことしかできなかった。







 それから数か月後のことだ。

 魔王を討伐した、聖剣の勇者の凱旋を見たのは。


 彼の装備していた篭手に、燦然と輝くレッド・ドラゴンの鱗。

 全てを悟った。シンディは、防具の素材にするために殺されたんだって。

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