そうだランチにいこう!
祐一の住んでいるマンションは古い。
なのでセキュリティはめちゃ甘いので、簡単に目的の部屋まで一直線である。
消化器のセールスマンだろうが新聞の勧誘だろうが、簡単に玄関のチャイムを押せる。
何だったら近所の小学生がイタズラでピンポンダッシュをしたりできるくらいだ。
だが今、その誰でもかれでも気軽に押せてしまう玄関チャイムを鳴らすために、清水の舞台から飛び降りる勢いで押そうとしては、舞台裏に引っ込みます(涙)みたいに手を下ろす、を繰り返す麗奈の姿があった。
手にフラッグを持たせると、きっと手旗信号と認識されてしまう勢いである。
いつまでも羞恥の沼にハマっていては、今日中に祐一に会えなくなってしまう事にやっと気が付き、大急ぎで部屋の掃除と片付けを済ませていざ連絡を・・・ 出来なかった。
そう、彼女は祐一との連絡手段が無いことに気が付いたのだ。
女神くらいのノリでLINEの交換くらいはするべきであった。
もっとも彼女は、母が祐一とLINEの交換をしているなんてこれっぽっちも知らないのだが・・・
麗奈の人付き合いが下手なのは半端ない。なんてったって22年の堂々たるキャリアである。
まず、自分から電話番号を聞き出すというような高等技術は持ち合わせていない。
更には自分の番号を教えるというのは余程じゃないと思いつかない。
つまり、愛しの『初恋の君』(笑) に会ってデートする為には、昨日押しかけた彼の自宅に自分で行くしかなかったのである。
幸い歩いて1時間程度の場所なので、こんな感じかな? と薄いクリーム色のワンピースに白いレースのカーディガン。ワンピースと同色のパンプスという、王道? の女の子らしいオシャレをして、ひたすらテクテク歩いて来たのは良かったが、いざドアの前に立つと胸の動悸が半端ない。
「だめよここで負けたらホントに女が廃るわ!」
意を決して手を伸ばす。
「どうしたの、麗奈さん」
後からふいに声がした。
飛び上がる麗奈。
後ろを振り返ると、Tシャツにジーンズ、スニーカーという格好の祐一が煙草の箱とライターを持って、立っていた。
「待たせてごめんね」
ドアの鍵を開ける祐一。
前髪が鬱陶しかったので、近所の理容店に行っていたらしい。
そういえば、全体的に短くなっていると納得する麗奈。
昨日は前髪が眼鏡を隠していたが、今日はレンズの上の方に触るか触らないかくらいの長さになっている。
猫毛で、余り短くするとハネるのであまり短くしたくないのだという。
「朝、焦るんだよね。ありえない方向にハネるんで」
あはは、と笑う祐一の顔に釘付けの麗奈。まるで今、見逃したら一生の不覚という勢いでガン見である。
「取り敢えずどこか出かけようか? 何処へ行きたいの?」
「あ。え~と」
実は考えてなかった。
羞恥の沼で悶るので精一杯だったので計画を立てるのは忘れていた。
「じゃあさ、ランチに行こうか。後一時間位で昼だしさ」
ぱあーっと明るい笑顔になった麗奈を見て、祐一は実家で飼っている犬を思い出した。
吹き出しそうになったのは内緒だ。
マンションから降りて、目の前の公園を突っ切って反対側に出るとレンガ作りのこじんまりした建物があった。
コーヒーのいい香りと美味しそうな料理の入り混じったいい匂いが漂ってくる。
木枠のガラス戸は軽くて、開けると優しいカウベルの音がした。
「喫茶店だけど、食事も出来るから」
落ち着いた雰囲気の店内はウェスタン調で、天井が低く木張りの床が歩くと独特の音がする。
カウンター席にカウボーイが座っていても不思議じゃない感じがする。
壁一面に英文字の本がディスプレイされていて、客が適当に手に取り席に持っていくのが目に入った。
鉢植の大きな観葉植物がホールのあちこちに配置されていてボックス席同士が気にならない様に配慮されていて、そのうちの1つに座ると、メニューから日替わりランチを2人は選んだ。
「今朝、君のご両親と妹さんと会ちょ、じゃない、お祖父さんが俺んちに来てたよ」
「ええ~!」
メニューをウェイターに返しながら祐一がサラッと爆弾を落とす。
「さすがに昨日の今日で、家族全員に会うとは思わなかったよ」
あはははと笑う祐一。
「ご迷惑をお掛けしまして申し訳ありません」
「いや、まあいいんだけどさ。まさかの会長と社長じゃん、流石に焦ったよ」
「うう・・・」
恐縮しまくりの麗奈を見て、ああやっぱり昨日は無理をかなりしてたんだなと、再確認して安堵した祐一である。
「麗奈さん、提案があるんだけどさ。いい?」
「あ、はい」
「取り敢えず、LINE交換しようか。そこからでしょ」
「そうですね。今朝になって私、連絡方法がないって気がついて。焦って、また自宅に押しかけてしまいました。ゴメンなさい」
「あ、いいって。大丈夫。そうそう人が来る家じゃないしさ。たださ、あと半年位で俺と結婚するか、異世界で神格上げるかなんでしょ? 俺、正直魔王なんか倒せないと思うんだけど」
あれ? 何で知ってるのかしら。ひょっとして家族に聞いたのかな?
「あの、ひょっとして父のアレ聞きましたか?」
「うん、まあ。常識で考えたら、ちょっと信じられないんだけど君のお母さん見てたら、あながち嘘でもないというか。なんと言っていいか」
遠い目をする祐一。
はぁと溜息をつく麗奈。
「取り敢えず、魔王は今はいないと思います。あの人、100年毎に復活するはずなので」
何かな~、1年に1回の浄水器のフィルター交換みたいだ。しかも人って。
「前回は30年前なので、あと70年は復活しない筈なんですよね」
「なるほど」
大型地震みたいなもんか?
「お待たせしました~」
ランチが運ばれてきた。
ホントに昨日からタイミングいいよね。
食事をしながら、何故か清掃の、パートのオバちゃんの話しになる。
「それで結局、若いんだから頑張って捕まえてきなさいって背中を押してくれて」
可愛いからって言ってたのは、言わない麗奈。
この辺の空気はさすがに読めるらしい。
「オバちゃん、何とまあ・・・」
お節介なと、言えないでもないが可愛い子と知り合えたのでありがとうなのかも知れない。
――でもオプションが凄いからなー。
「今度会ったらお礼言っとくわ」
「!」
「あ」
赤くなる麗奈を見て、コレは何かな~墓穴を更に深くしたんじゃないかな。
――ま、いっか。
喫茶でのんびり食事を終わらせ、又公園へと戻る2人。
そこへ
ピコンー
――LINEだ。なんか嫌な予感がする。
隣を見ると麗奈もちょっと引きつっているような・・・
ピコンーピコンー
レナが小さなショルダーバッグからスマホを取り出し『ふええ~』と変な声を上げた。
その途端、周りが眩しい光に包まれた。
祐一は、慌てて麗奈の肩を抱き寄せ、自分の胸に顔を押し付けて自分は残った腕で顔を覆う。
光が収まったのを感じて目を開けたら、そこは異世界だった。