麗奈の回想
麗奈は、幼い頃から家族から可愛い可愛いと言われながら育った。
確かに可愛かった。
彼女の父は日本人だが、母が金髪翠目なので見た目がどうしたって外国人とのハーフだ。
当然、周りの子供達より随分目立っていた。
そのせいで幼い頃に仲間ハズレにあったり誘拐されかけたりと、とんでもない目に合うことが度々あり、そのせいなのか警戒心が強く少々引っ込み思案な女の子に育ってしまった。
それなりの年齢になってくると異性からのアプローチも結構な数で発生したが、どうもピンとこない。
好意を抱いてくれるのは分かるのだが元々が引っ込み思案で人との付き合い方が上手くない。その上幼少期のトラウマなのか他人との距離感が分からない。
年齢が進むに連れて、誤魔化し方やその場を上手くやり過ごす方法だけが上手くなっていくが、卒なくこなせるだけで自分の気持ちは他人には出せない。
気持ちを正直に話せるのは家族だけだった。
母の云う、『この人! ってピピっときて、ぽわ~んてなって、その人のことを10分に1回思い出す』という恋の仕方も全くわからない。
だけどそれは個人個人で受け取り方がきっと違うのだからと半ば放置し、そのまま社会人になった。
会社の受け付けとして働くことに決まった出勤初日、研修で習ったマニュアルにない事が現場では山積みだった。
受付は4人いるはずなのだが、1人は有給休暇で月曜からの出勤。
もう1人は子供が熱を出したらしく保育園からの呼び出しがあり
『ゴメンね』
と言いながら早退していった。
日報の書き方や鍵の場所等のメモは貰ったし、もう一人受け付けはいるから大丈夫だろうと思っていたら、同じ時間のシフトに入る子が
『彼氏の呼び出し♡ 』
とか言いながら、17時30分で退社してしまった。
『日報書いといてね~』
と軽く言いながら帰るのを見て、この会社はコレで大丈夫なのかとちょっとだけ心配になった。
それでも言われた日報を書こうと用意していると、翌日に届く外注の荷物が予定外に大量に届きアタフタしているうちにすっかり遅くなってしまった。
全てを終わらせて、日報を書いていると、どこまで書けばよいのか分からなくなり書く量が増えて行き・・・
気がつくと受付の前に、眼鏡を掛けた背の高い男性社員が立っていた。
年の頃は20代後半。
ちょっとだけ毛先にウェーブがかかった柔らかそうな猫毛は染めてない黒髪だが、光の加減でこげ茶に見えるようだ。
前髪が長いせいなのか、黒い縁取りのメガネがすぐ隠れてしまい、煩そうに前髪を掻き上げた。
「君、早く帰りなよ。ここの受付は6時で終わりだから、こんな時間まで残る必要ないんだよ」
と、良い感じのテノールが耳に響いた。
メガネの奥の目はちょっとだけ垂目気味の二重で大きくて優しそうに見えた。スッと通った鼻梁。シャープな顎と形のいい唇。
きれいな形の額が掻き上げる髪の毛の間からチラリと見えた。
新人なので分からないと言うと、日報をチラッと覗いて、
「それで上等。もっと簡単でもいいよ」
と言ってくれた。
男性が長い指で隣のページを指す場所をよく見ると、もっと簡単に書いてあり、更に言うなら雑だった・・・
麗奈は目の前の事に夢中になると周りに注意を払うことを忘れ、手掛けているものに全力投球するようなところがある。
今回の日報も、先に先輩の書いたものをよく見ていたらもう少し楽だったかもしれない。
ちょっと恥ずかしくなって笑って誤魔化した。
「じゃあ、お先に」
そう言って去っていく男性の背中を見送りながら、今日会った人の中で1番親切な人だったかもしれないな、と思ったら。
胸がキュンとした。
「あれ? なんで?」
よくわからない。
――え、心不全? じゃないよね。
そこに清掃のパートのオバちゃんがやって来た。
「あら、神谷さんだね」
と呟いたのが聞こえ、またしても胸がキュンてする。
「あの、あの人知ってるんですか?」
「あら、新人さんかい。宜しくね」
「ハイ」
「さっきのお兄ちゃんは経理課の神谷さん。30歳にはなってないと思うけど。あの子、優しいんだよねえ。アタシら清掃員にも挨拶ちゃんとしてくれるしねえ。重い荷物とかも運んでくれるしさ」
「そうなんですね」
「独身で課長さんでしょ? ここだけの話だけど隠れファンもいるみたいよー。でもさ、ありゃあ女側がハッキリ言わないと気も付かないね」
手をパタパタ振りながら嬉しそうに話す清掃員。
「アンタ可愛いから、頑張っちゃってみたらどう? アタシはあの人はお勧めよ。娘がいたら捕まえてこいって尻叩いてるわ」
ケラケラ笑うオバちゃん。
何だか胸が痛い。
じゃあね~早く帰りなさいよね~と去っていくオバちゃんを見送りながら、頭の中は
『神谷さん・経理課・独身・多分フリー』
という情報がずっとぐるぐる回っていた。
日報の片付けを済ませ、麗奈は貰ったばかりのタイムカードを押して、ロッカールームで自分のバッグを肩に引っ掛け会社を出ると自宅のマンションに向かって歩き出す。
その間もやたら何度も神谷という男性が髪を掻き上げる仕草や日報を指す長い指やら、形のいい唇やら、綺麗な顎やらを何度も思い出しては顔がだんだんと赤くなってきた。
耳まで熱くなって・・・
ハッ!
ひょっとしてお母さんの言ってたアレって、 コレのこと!?
気が付いたら彼女は公園に飛び込んでいて、母にLINEを入れていた。
『お母さんどうしよう』
ピコンー
愛『どしたー』
『会社の人に一目惚れした』
ピコンー
愛『ナンダト!』
『お母さんの言ってたぽわ~んとなって何回もその人の事ばっかり考えてるよ、どうしよう! 思い出したらドキドキするしキュンてなって心不全みたいになる!』
ピコンー
愛『おおおお~麗奈、早くゲットしなさい!』
『わかったプロポーズする!』
ピコンー
愛『プロポーズ? 慌てるな!麗奈』←未
ピコンー
愛『あら? 麗奈?』←未
ピコンー
愛『おーい』←未
慌ててカバンにスマホを放り込み蓋をする。
そうよ、ゲットしないと女が廃るってお母さんが言ってたし。
フンスとガッツポーズをする。
いやねえ君、ちゃんと最後までお母さんの云う事は聞きましょうよーとか、外野が声をかけても恋する乙女は聞きませんよね。
知ってるー!!
麗奈がふと気がつき正面を見ると、公園の横の道をコンビニの袋とカバンを一緒に持った神谷が歩いているではないか!
凄い! ツイてる。
そんな訳で勢いだでけで神谷のマンションに押しかけてしまい、サビ残終りの2人が今現在赤くなってモジモジしている訳である・・・
初めて告白した小学生よりモジモジしているかもしれない。