だが、しかし
気が付くともう、マンションに着いていた。
「えと、ココなんだけど、ホントに入るの?」
「ハイ! 勿論です。ここで引き下がったら女が廃ります」
「え? どゆこと?!」
「母がこの人だってピピっときて、ぽわ~んてなって、その人のこと10分に1回思い出すなら絶対にゲットしないと女が廃るのよって。我が家の家訓です」
「家訓なの?!」
スゴイ家訓とお母さんだ。
――え、でも10分に1回俺の事思い出して、ポーってしたってこと?
え、ちょっと凄くね?
何にせよ、メチャクチャ可愛い女の子に真っ直ぐ自分に好意を向けられると照れるのを行き越して感動する祐一。
まあ、部屋の場所を教えるとか、話を聞くくらいならいいかなと取り敢えず自分を納得させる。
「じゃあ、取り敢えず付いてきてくれる? 階段があんまり広くないからさ」
「はい」
兎に角、麗奈はニコニコである。
――うーん、カワイイ。
エントランスを過ぎ、階段を上がると祐一の部屋につながる廊下に出る。このマンションは1階部分は駐車場になっているので実質は2階なのだが、103が祐一の部屋である。
そう新しくはないが南向きで風通しと日当たりが良いので気に入っている。
だがしかし。
――本当に鍵を開けていいのか? オーイ俺よ。
「うーん」
「開けないんですか?」
「いや、開けるんだけどねえ。俺の家だし。ここ入んないと寝られないしねぇ」
「じゃあ、どうぞ?」
「どうぞ、っていうかさ、君も入るの?」
「はい? 勿論ですが」
「いや、独身の男の部屋にそんなに簡単に入っちゃうとダメでしょ。そんなに可愛いんだからさ、危機感持たないと駄目じゃないかと思うんだよね」
突然説教親父が顔を出した祐一だが、それを聞いた途端にがばっと麗奈が祐一に飛びついた。
うわっと思わず抱きとめてしまったが、ハッと気がついて手を放したが首根っこに両手を巻き付けて離れないレナ。
――わー軽い~ 胸が当たる・・・
じゃねえよ!
「やっぱり、思った通りの素敵な人です! 祐一さん!」
「え、ええぇ~・・・」
「ズルイ人なら絶対に有無を言わさず引っ張り込むって聞きますもん」
「いや、ソレ犯罪でしょ」
「でもそういう人多いって云いますよ」
「んん~~そうかなあ。いや、そうかも。うん、そうだ車のキー取ってきて送ってあげるから、そこで待ってなさい! いや、タクシーで送ったげるから。うん、そうしよう!」
ここまで来たけど、やっぱりコレはいかん! と思い直す祐一。
――一応俺、会社の上司だった! 部署違うけど!!
気づくの遅いよ祐一君・・・
まあ、仕方ないよね~
「嫌ですー! 離れません! ここまで連れてきてくれたのに酷いです!」
更にぎゅうぎゅうと首に抱きついてくるレナ。
「うう。取り敢えず首から離れてくれると嬉しいんだけど」
「じゃあ、部屋に入れてください!」
「ええぇ~・・・」
――困ったなあ~・・・下心は全く無かったわけじゃないけどさ、会社の新入社員だもん。
ちょっとねえ~
・・・しかしいい匂いだな・・・イカン。俺の理性よ頑張れ! 耐えろ!
「あー、わかったから。ね」
「本当に?」
「あ、うん。多分」
「多分じゃ嫌です」
「あー。じゃあ鍵開けるから、手を離して下さい。このままじゃ君を否応なく部屋に連れ込む事になるから。ね?」
渋々離れる麗奈。
「絶対ですよう」
ふう、と一息つくとまずは理性に気合を入れてから鍵を開け玄関に入った。
次に廊下の電気を付けていく祐一。
玄関のドアは開けっ放しで部屋に入っていく。
右手に対面式のキッチンその向こうがリビングになっている。
次々と明かりを付けていく。
「麗奈さんどうぞ、入って」
声をかけるとバタンとドアが閉まる音がして、ガチャンと鍵を掛ける音。
――いや、ちょっと待って? 君が俺んちのドアの鍵を掛けちゃうの?!
「お邪魔します」
ジャケットを脱いでブラウスにスカートという出で立ちで部屋に入ってくるレナ。
――あ、イイとこのお嬢さんだ。
そう思いつつも、その立ち姿を見て思わず、う~ん、ボン・キュッ・ボンだな~ と一瞬見とれたのはナイショである。
「適当に座っててくれるかな?」
キッチンから声をかけるとレナはソファーに座ってキョロキョロ部屋を見回している。
なんか成り行きで部屋に入れてしまったとか後悔しつつ、昨日作ったカレーの入った鍋をコンロに置いて温め始めた。
ちょっと考えてからコンビニで買って来たサラダを2つに分けてサラダボウルに入れ、チキンをサイコロ状にカットしてその上に置いてチキンサラダにする。
冷凍してあったご飯を2食分引っ張り出して電子レンジで解凍してカレーを盛り付ける。
「あとは水かな」
カウンターにカトラリーと先程盛り付けたカレーとサラダを置いた。
最後に、氷の浮かんだミネラルウォーターの入ったピッチャーとグラスを置く。
「麗奈さん、晩御飯まだでしょ? 一緒に食べない?」
――取り敢えず俺の腹が減った・・・
細長いキッチンからリビング側に出てきて、長い木製のカウンターに備え付けの椅子に座って手招きする。
「スゴイ、美味しそう」
「辛かったらマヨネーズとか卵とか使っていいよ」
「あ、多分大丈夫です」
チョコンと祐一の横の席に座る。
おしぼりをさっき電子レンジで作っておいたので、それで手を拭くように勧めると素直に手を拭く麗奈。
「食べながらでいいからさ、何で、俺んちについてきたのか教えてくれるかなあ」
「え」
水を飲みながら麗奈が目を白黒させた。
「だってさ、ちょっとイキナリ過ぎでしょ? 信じられないって言うと悪いと思うけど。ね、付いてきたのって何か理由があるんじゃないの?」
祐一が首を傾げると、長過ぎる前髪がサラリと落ちてきた。
――うげ。絶対朝イチで散髪だなこりゃあ。
「えーと、何処から話すといいでしょうか」
スプーンを置いて、真面目に応対しようとする麗奈。
――あ~、やっぱりこの子真面目なんじゃないかな。 知り合ったばっかりの男の部屋に押しかけるような子じゃ無いはずだよ。多分だけど・・・
「あ、やっぱり冷めないうちに先に食べてからにしようか」
「あ、はい」
またスプーンを手にとって食べ始める。
――やっぱり可愛いよな~。
と横目でチラチラ見てしまうのは男の性だ。しょうがない。
目を逸し、サラダをモグモグしながら天井を見ながら完食した。
「えとですね、実はお願いがあって」
食べ終わってソファーに移動してから麗奈が切り出してきた。
――うん、そうだよな、そんな美味しい話はあるわけ無い。
「実は結婚を前提に、お付き合いをしてほしいんです」
飲みかけた水を思いっ切り吹いて、コップに全て戻してしまった祐一である。
「だ、大丈夫ですか?」
「ゲフッ、いや大丈夫。でも、そもそも何で俺なの? 君なら俺みたいに冴えない男じゃなくてもいいんじゃないの?」
「え、ピンときて。この人だって感じだからです。さっき言ったでしょう?」
「あ、はい。聞きました」
「不束者ですが宜しくお願いしますね」
顔は日本人とは言い難いのだが、三つ指をつかれるとつい畏まってこっちも正座をしてお辞儀をしてしまう。
「付きましては、私の両親と祖父に会っていただきたいです。あと、出来れば祐一さん、キャッ♡ の御両親にもお会いしたいです~」
両手で自分の、頬を抑えて恥じらう麗奈。
「実は特殊な事情が有りまして、週末毎にお会いしたいのですがどうぞ宜しくお願いしますね!」
彼女はペコリと頭を下げた。
どうやら明日、どうしても彼女と出かけなければいけないらしい。
――うーん、布団が干せないのがちょっと痛いかもしれない。でも可愛い子とのデートだしなあ。やっぱり布団乾燥機買おうかな~。
ちょっと遠い目になって、どこで買うかを頭で算段している時点でお付き合いは決定事項として考えている事に気が付かない祐一。
「どうしたんですか?」
「いや、ああ。布団乾燥機を買おうかなーって考えてて。毎週末出掛けると布団が干せないかなあと思ってさ・・・」
急に麗奈の顔がボンっという効果音が付きそうな勢いで赤くなり、ソレを見てハッと気がつく祐一。
ソレってつまり彼女の申し出を受けたことになるわけで・・・
顔を赤くしたのは麗奈だけではなくなった。