お嫁様
「おーまーたーせー!」
美沙が隣室と応接間を繋ぐ襖を開けて帰ってきた。
「あら、どちら様?」
「あら、祐一君にそっくり!」
そうか、母親同士は初顔合わせだった・・・
「あー? 美沙、こちらは麗奈さんのお母さんだよ」
「あらあ、はじめまして祐一の母です」
「こちらこそ麗奈の母ですわ~」
何かまた始まりそうだなと身構える祐一と慶次。
「ご挨拶は扠置き、はい皆スマホの準備してして〜! 麗奈ちゃんの引き振り袖姿ですよ〜。あんまり可愛いから私、頑張っちゃってさ〜、ついバッチリ着付けしちゃったのよ! 麗奈ちゃん入って来て〜」
美沙が声を掛けると小さい声で、
「ハイ」
と麗奈の返事が聞こえた。
薄いクリームイエローを基調に赤や緑、紫、青、橙の花の古典柄の見事な紅型染めの引き振り袖に、江戸紫に金糸で梅の刺繍が施された帯を蝶々のように見事に結び、長い黒髪を緩く洋風に結い上げ花簪をサイドからうなじあたりまでを華やかに飾り付けた麗奈が、しずしずと襖の奥からやって来た・・・・
勿論黒猫も一緒に戻ってきた。
「やだー、麗奈、凄い綺麗!」
最初に反応したのはアイーシャである。両手を頬に添えて大興奮している。
「でしょでしょ? 文金高島田で白無垢とか色打掛とかも考えたのよー! でも瞳が綺麗なグリーンだから、引き振り袖で髪型は夜会巻きにしてみたのよーう! どう? どう?」
「いいわ! 素敵! 裕一くんのお母様センスいいわあ〜!!」
両方の母親は挨拶すらそこそこしかしていない筈なのに、麗奈の花嫁衣装姿を見ながら手を取り合って大喜びで盛り上がる・・・
恐るべし熟女パワー・・・
「おおー これはこれは、この写真なら『寄り合い』の爺共も納得ですよ。流石は美沙!」
祐一の父、翔吾はどこからともなく一眼レフカメラを取出して、ちゃっかり着物姿の麗奈を激写中である。
「親父、一体いつの間に・・・」
慶次が、呆然としている。
「うううう・・・」
そして三毛猫を頭に乗せたまま、男泣きをする隼雄。
で、肝心の祐一は。
麗奈を見た途端に口をあんぐり開けたまま、真っ赤になって固まっていたのであった・・・・
ここまで麗奈が美しく着飾っているのに花婿がジーンズにTシャツとかは許せん! という母親2人の主張で、スーツに着替えさせられた祐一。
もっとも彼のスーツは実家には置いていないため、慶次のブラックスーツを借りたのだが・・・
「ネクタイを蝶ネクタイにすりゃあいいんじゃねーの?」
と、礼装用の白いネクタイを蝶ネクタイ型に慶次に結ばれた。どいつもこいつも器用な神谷一家のようである・・・
「写真〜! 玄関で取りましょうよ〜! 慶次アンタ、屏風出して!」
「ヘイヘイ」
美沙が次男を倉庫に走らせる。
その間に、やたらめったら広い武家屋敷みたいな開けっぴろげの玄関へと祐一にエスコートされて、長い廊下を移動して行く麗奈。
「こんなことになるとは思って無かったです・・・」
そう言いながら照れて赤くなる麗奈は、背の高い祐一を見上げた。
礼装姿の祐一の髪型はふんわりとソフトワックスでオールバック気味に流してあり、額に一筋だけ前髪を垂らしてある。
例の変装用伊達眼鏡を今は外しており、その姿は石川社長曰く『アイドル』みたいで妙に色気があって、彼女の心臓はちょっとしたきっかけで今にも爆発しそうだ。
実は先程から動悸がヤバいと自分で密かに思っている麗奈である。
「俺もここまで自分の両親がノリがいいとは思わなかったよ・・・」
本日、何度目かの遠い目になる・・・
「実は俺、一族の次期宗主候補だった関係で『寄り合い』の爺共を説得しないと結婚できない事になってたんだよ。だからさ、麗奈さんの写真をスマホで撮って送っといて貰うためにお袋にお願いしたんだよね」
「え?」
「俺んちは、両親より親戚の爺共がうるさいんだよ」
苦笑いをする祐一。
「麗奈さん、すごくソレ似合ってる。綺麗だ。そういう姿を見ることが出来たんでちょっと得した気分だよ」
ニコリ、と眼鏡を外したアイドル張りの男前に微笑まれて、彼女は心臓がちゃんと仕事をしてくれますようにと祈らずには居られなかった・・・
「あ、ありがとうございます・・・ 祐一さんも凄く素敵です!」
麗奈の顔は、茹でたての蛸より赤かった・・・
鶴と松のおめでたい絵柄が描かれ、上品に金箔を散りばめた六扇仕立ての見るからに古風で立派な屏風を、慶次がよっこらしょと運んできて2人の後ろに設置する。
「いい! いいわっ!」
「でしょでしょ!」
玄関の外側から、一眼レフカメラを脚立にセットして激写中の翔吾の後ろで母親2人が手を取り合って飛び跳ねている・・・
そしていつの間にかJK化している2人の横では隼雄社長が実に複雑な顔をしながらスマホでビデオ撮影をしていた・・・
「慶次! レフ板もっと右上!」
翔吾の指示が入り、デカくてギラギラと反射するレフ板をやれやれといった感じであらよっと、持ち上げる弟君。
「兄貴、俺の時は絶対に手伝わせてやるからな!」
祐一は慶次の言葉を耳にして、苦笑いをした。