神谷家と祐一の事情
「じゃあ、この麗奈さんが祐一のお嫁さん? うわ~~カワイイじゃないのー。でかした祐一! 宜しくね!」
母の美沙がケラケラ笑いながらお茶を飲みながら麗奈の持ってきたクッキーを食べ、その横で父の翔吾は家の電話で『寄り合い』に連絡している。
「やー息子が婚約者を連れてきたもんで・・・は? そうそう、祐一の方ですよ。あー慶次? ありゃあまだです、あーはいはい・・・」
「なあ、こんなに簡単でいいのか?」
社長が祐一にコソッと耳打ちをする。
「ああ、大丈夫ですよ社長。それと母さん、麗奈さんと半年以内に籍入れると思うから、写真用意しといてくれる?」
突然の祐一のセリフにぎょっとするのは石川親子だ。
「あら、早いわね。いいわよう〜、打ち掛け何色にしようかしらあ。彼女、色白だから何でも似合いそうね! 楽しみ〜! ねえ、麗奈ちゃんこっち来てくれる?」
ムフフフと笑いながら、リナを手招きしながら立ち上がる美沙。
どうやら隣の座敷に行くようである。
「はい?」
首を傾げながら付いていく麗奈・・・の後ろに黒猫も洩れなく付いていく。
「俺は〜?」
「社長さんとお父さんと一緒に待っててー!」
座敷から母の声が返ってきた。
「はいはい、そうです。会社の社長さんのお嬢さんで長女さんですから入婿ですね。あーそうそう美人ですよ。そ~なんですよね、はいそれじゃあ又〜」
黒電話の受話器を置く『チン』という音がした。
やっと『寄り合い』との電話が終わったようだ。
「や~年寄りの電話は長くてイカン。あれ? 美沙と麗奈さんは?」
座布団に胡座をかいて座る父、翔吾。
「隣の部屋だ。多分打ち掛け見てる」
何だかどんどん流されていくのについて行けてないのは石川社長である。
「おいおい、神谷、いいのかこんなに軽く婿養子に来ちゃって、お前長男だろう」
何故か今更焦る社長。
「ああ、石川さん大丈夫ですよ、ウチは他にも何人かスペアいるんで」
父の言葉が終わるか終わらないか、というタイミングで・・・
「スペア言うな!」
障子をスパーンッと開けて、父の翔吾ソックリの顔をした青年が和室に入ってきた。
「慶次、お帰り」
「おう、祐一ただいま。で結婚するの?」
「おう。婿養子な」
「そうか。じゃあ、香菜と俺で本家継ぐわ」
「おう。どうせそのつもりだったろ?」
「ま〜な〜。祐一がいつ迄も嫁貰えそうになかったからな」
――もう、この家族の会話について行けないのは、自分がおかしいのかも知れない。
うんきっとそうだ。
三毛猫と雉虎猫を膝に乗せた隼雄社長は遠い目になりながら、そう考え始めたのであった・・・
「石川さん、ウチはね〜、絶対男が産まれる家なんですよ〜。まあ、云うならば男系の家とでもいいますかなぁ。ですからね、余っちゃうんですよ息子が」
トンデモナイことを翔吾が言い始める。
「私の兄も4人とも婿養子に行っちゃいましたからね、慣れっこなんですよ」
「はあ、成程! ウチの嫁は女系なんですが。反対ですな!」
三毛猫を頭に載せた隼雄が、相槌をうつ。
「どっちが生まれるか楽しみですなあ〜」
「そうですねえ〜」
何だか父親同士が急に仲良くなったようである。
「それとですね、我が家は元々は殿様に仕える家系でして」
「は? 殿様?」
「そうそう、元は忍者の家系なんですよ」
「あ」
あっちで裕一が忍者の装備になったのを急に思い出した隼雄。
「成程そうですか~」
「あれ、驚きませんね?」
「ああ、はい。納得しました。いやあ~、本当にいい婿を娘は見つけましたよ〜」
祐一が胡乱な目で父親達を見ていたのは言うまでもない。
「ですからね、姫君に仕えるのなんて平気の平左なんですわ〜!『寄り合い』の爺さん達もいい姫君が見つかって良かったなと褒めてました」
ん? 待てよと首を捻る隼雄。
「姫君って? ウチの娘がですか?」
「ハッハッハ、勿論そうですよ〜、神谷の男は嫁さんを姫君として扱いますからなー」
思わず頭の上の三毛猫を落としそうな勢いで祐一を振り返る隼雄。
祐一はというと、遠い目になって父親の言葉にウンウンと頷いていた。
「社長、忍者は仕える主君が本来必要なんですよ。でも主筋が途絶えちゃったりして仕える先も減ってきたんで、あちこちに忍者村みたいな観光地ができてるんですよ」
祐一がそう言いつつ、煎茶を口にする。
「成程なあ」
猫を落とさないように頷く隼雄。
「でまあ、主がいないと、ただのスパイ業みたいになるんで余ってる奴等はスタントマンとかになったり、普通の職業に就いてみたりするんですけどね。どうも神谷の男は嫁が出来ると嫁に仕えたくなっちゃう呪いみたいなもんがあるらしくって・・・」
「呪いかよ・・・」
目が点になる隼雄社長である。
「まあ、特殊な訓練するのが当たり前で育ちますし、お陰様で皆がほぼ健康なんで、誰が宗主になってもいいんですよ」
「宗主?」
「ああ、忍者の頭領ですね本来なら神谷の次期頭領は祐一なんですがね。ちょっとした手違いでコイツは世間に顔がバレちゃったんですよね〜」
あははははと笑う翔吾。
「どういうことだ、神谷?」
雉虎猫の喉元を撫でながら問う隼雄。
リラックスし過ぎじゃないかな社長・・・
「スタントマンのバイト先で騙されて、映画にちょっとだけ出演しちゃったんですよ。そしたらアイツは誰だって映画見た人達から問い合わせが来たらしくて、テレビ番組持たされちゃって・・・」
頭を掻く祐一。
「何だそりゃあ?」
「映画では顔が出ない、通行人役が足りないからって駆り出されたんですよ。そしたら橋から飛び降りるシーンに変更になっちゃってたんですよ・・・」
「ほう」
「そのシーンでスクリーンに顔が写って人気が出たらしくて・・・」
「ほうほう」
「同じ監督が子供向け番組のスタントマンとして破格の値段で雇うから来てくれって声が掛かって、」
「わかった。騙されて出演したんだろ」
「そうです」
眉尻を下げる祐一。
石川社長がじっとその顔を見て
「眼鏡もそのせいか? よく見りゃあ伊達眼鏡じゃねえかソレ」
そう言った。
「眼鏡外すと、お前、マジでアイドルみたいな顔だな・・・」
ダサい黒縁メガネを外した祐一の顔を初めて見て、少々呆れ顔の隼雄。
「俺、どっちかっつうと女顔なんですよね。母親似なんで。もう1人の弟もそうなんですけど」
「ま、テレビ番組の件は『寄り合い』の伝手を使って、祐一のプロフィールは握り潰してます。本物の忍者の頭領が身バレは困るんで。でもまあ、石川さんちの婿になるんならもういいかな?」
何やら黒さが滲む笑顔の翔吾に、
「いやあ、握り潰しときましょう!!」
隼雄が笑顔で速答した。
「ウチにも世間にバレたら不味い事情があるんで」
「ほほう?」
「もう、面倒なんで。嫁を呼びますわ!」
更なる笑顔でポケットからスマホを出し、何やら画面に速攻で打ち込む石川隼雄46歳既婚のゴツいイケオジ。
どうやら怒涛の展開に1人で太刀打ちが出来なくなってきたようである。
「あ」
祐一が言葉を続ける間もなく、和室いっぱいにありがたい女神の光が満ちたのであった・・・・