神谷家
一方、神谷家に向かうJeepは無事山間にある祐一の実家に辿り着いていた。
田畑と山しかないホンマモンの田舎である。
綺麗な小川の脇にレンゲが咲いていて、川の流れに逆らうように小魚の群れが泳いでいるのが、太陽の光に反射してキラキラと輝く。
「凄いな、都会からたったの1時間半でこんなのんびりした場所があるんだな。お、メダカか?」
「タナゴですよ、多分」
「どう違うんだ?」
「違う魚です・・・」
社長と祐一のアホな会話の横でガチガチになっている麗奈。
そりゃあそうだ。
イキナリ婿養子になることを前提にお付き合いをさせて下さいと祐一の両親にお願いしに行くのだ。
父の脳天気さが恨めしい。
『あ~どうしよう、どうやって挨拶しよう? 息子さんを下さい、とか? いやいやいや、違うわよね、結婚を前提にお付き合いをさせて下さい、つきましては婿養子をご検討頂きたく・・・』
可愛らしさ全開の顔の裏で両親への挨拶をあーだこーだと考えて目が回りそうな麗奈。
祐一の運転する車は大きな門構えのある武家屋敷に勝手に入っていき、大きな松ノ木の前に止まった。
他にも何台か車があり、本当に適当な感じで置いてあるので駐車場なのかもしれない。
「麗奈さん? 着いたよ」
いい感じのテノールボイスが耳に響き、麗奈はハッと気が付き顔を上げる。
祐一が後部座席のドアを開けて、降りて来るのを待っていた。
「あ。ボーッとしてました」
手土産の菓子折りの袋を持って、祐一の手を借りて白いサラサラした砂利の駐車場に降りると、足元に何やら黒い物が・・・
「あれ? 猫が」
「ああ、ウチのだよ」
黒猫がグルグル喉を鳴らしながら、彼女の足首に胴体を擦付ける。
「気に入られたようだなあ〜、ハッハッハ」
そう言いながら笑う父は何故か三毛猫と雉虎猫を抱いていた・・・
「電話しといたから居るはずなんだけど」
祐一の案内で、正面玄関に案内されるのだが、兎に角デカい家である。
そして何というか、映画のセットみたいなお屋敷である・・・
長い廊下が屋敷のぐるりを囲うように続いていて、壁と同じ位大きなガラス窓は木枠で重そうだ。内側の障子で部屋の中は外から見えない。
歩いていく庭の塀沿いに紅葉や松、笹、椿といった和風の木々が植えられている。
「神谷、お前の家は武家屋敷か? それとも先祖は殿様なのか? 偉くでかい家だな」
「あー、平屋ですからね、確かに敷地面積はありますね。でも武家の家でも殿様の血筋でも無いですよ、あ、いた!」
玄関を行き過ぎた辺りに広い日本庭園があり、松の木と南天の木の間に何故か打ちっぱなしゴルフの的のスクリーンが貼られている。
そこの前に細身の男性と後ろ姿が色っぽい雰囲気の女性が立っており、何か揉めているようだ。
「だーかーら、祐ちゃんが大事な話があるって言ってたでしょ!」
「いや、だってさ呼ばれちゃったから仕方ないでしょ」
男性の方は40歳前後で体型は祐一に似ていて背がスラッと高く、手足も長い。涼し気な目元をしたイケオジ。
女性はやはり同い年くらいだろうか、後ろを向いていて顔は見えないが、小柄で均整の取れた体格をしているようだ。
「おーい、どうしたんだよ。今帰ったんだけどさ」
祐一が声を掛けると此方に向かって2人が
「「知ってる!!」」
と、叫んだ。
「いやいや、祐一の会社の社長さんでしたか~」
祐一の父、翔吾がニコニコしながら名刺を受け取っている。
母である美紗は祐一によく似た目元で、若干垂れ目気味の童顔である。
まるで少女のように見える笑顔でお茶を出しながら、
「スミマセン、変な所お見せして」
と謝っているが視線は麗奈に向いている・・・因みに温度はかなり生温かそうである。
「祐一が家に急に帰ってくるって連絡があったから待ってたんですけど、『寄り合い』から連絡が入って行けるって返事しちゃったんですよね、この人が」
そう言いながら、ジロリと冷たい視線を翔吾に向ける美紗。
「で。どういった御要件でしょうか? 息子が何か会社で失敗とか・・・」
慌てて座り直す翔吾。
その横に美沙も座る。
「いえ、神谷君は経理課では部長以上にしっかりしておりますので、我社では大変有能な人材です。ご心配なく」
祐一、突然有能な社員に格上げした。
「そうですか~」
嬉しそうな両親に向かって
「スマン。俺、婿養子に行くわ。後は慶次に継いでもらってくれ」
祐一が直球ストレートを打ち込んだ。
「社長のトコ、姉妹だから俺が婿になるわ」
慌てる社長と麗奈を他所に祐一が言葉を続けると両親は顔を見合わせる。
「「あ、わかった。慶次に言っとくね〜」」
と、言うとははははっと笑った。
軽い・・・