第5話 纏うは緑、放つは魔粒子
ミリアナちゃんの詠唱が終わるまで、時間が無い。
まずは、ディエス先生を囲う岩をどうにかする必要がある。
(岩を壊す、飛び越える――いやどっちもダメだ。
壊したら、ディエス先生に岩の破片が当たる。
飛び越えて岩の中に入ったら、魂焼の光線の全体がよく見えない。
なら、方法は1つ。)
「消す!」
岩を視る。能力を使って、岩の情報をアカシックレコードから引き出す。
情報を確認した私は、服の上着の懐から私の杖を取り出した。
ナイフ程度の大きさの杖。
一見、小さいだけの杖に見えるかもしれないけど、超技術の特別性だ。
「モード・スピアー!」
そう叫ぶと、杖は一瞬の内に槍へと姿を変えた。
槍を手に取り、私はこう叫ぶ。
「エンチャント・植物属性!」
槍にディエス先生も使っていた植物属性を付与した。
穂先に緑色の光がともる。
さらに、私は岩の方に向かって走りながら、駄目押しにこう叫んだ。
「エンチャントッ!」
単純な身体能力強化。
それも、強化時間を0.1秒にして激烈に能力強化を高めた物!
私はその身体能力強化を生かし、ディエス先生を囲う複数の岩に向かって、槍で攻撃を放った!
「これで――」
全ての岩に攻撃した。それだけだ。
別に岩が壊れた訳でも何でもない。
でも、それだけで十分すぎる。
「消滅完了ってね」
次の瞬間、魔法で出来た岩は全て消滅した。どういう事かは簡単な話。
私は、さっき岩の情報を見た。
するとこの岩は、さっきミリアナちゃんが急造で出したもので、魔法の構造が甘い事が分かった。
だから、魔法の構造の甘い部分に岩――地属性の反対である植物属性を直接ぶつけ、魔法ごと消滅させたんだ。
「よく練った魔法だったら、構造の甘い所を見つけるのが難しかっただろうけど」
私は、そう呟いて槍を杖に戻してしま
「魂焼!」
おうとした瞬間、ミリアナちゃんによって、魂焼が放たれた!
事前に言われてたように、辺り一帯が青の陣で覆われ、景色が変わる。
そして、青い光線も辺り一面に放たれてる。
「エンチャント!」
使わないと時間が無い!
連続使用は体に負担がかかるけど、3回位なら行けるはず。
(光線がゆっくりに見える。
よし、予定通り――予定通りにやろう)
私は槍を構えたまま、集中して――まずは、ディエス先生の魂の在り処を読み取る。
これが分からない以上は、焼く事も出来ない。
本来の魂焼の使い手なら、発動時に魂の在り処が視えるだろうから、こんな事をする必要はないだろうけど。
魂焼を使えない私は、自分の能力で読まなきゃいけない。
(大丈夫。手持ちの手札で戦える)
慎重にディエス先生の魂の在り処を読む。見えた。
ちゃんと体内にある。体内の普通の人と同じ箇所に。
後は魂の構成要素を読み取る――完了。
魂の中の燃やす箇所、その位置を読み取る――完了。
(準備完了!)
次は光線の制御を行う。時間足りるかな……?
(やるしかない)
まず、光線の情報を視る。正確には、魔粒子という魔法を構成する魔力物質の情報を。
魔法というのは、魔粒子という細かい魔力物質から成る。
それは、魂焼みたいな強力な魔法でも例外はない。
この魔粒子の種類は無数にあって、世界ではまだ全体の2割しか解明されてないらしい。
でも……。
(私は、世界の記録全てが見える。この世界にある魔粒子の記録も全て)
私は、世界にどんなが魔粒子があるか全て知ってるし、特性も分かる。昔に暗記済みだ。
この魔粒子の知識を生かして、光線の魔粒子に合う魔粒子を私の魔力から放てば――魔法の構造自体を変える事が出来る。
そうする事で理論上、どんな魔法でも操る事が出来る――はず。
(あくまで理論上。
魂焼ほどの魔法の相手に実践した事はないから、出来るとは言えないけど……やるぞ!)
右手に槍を持って、左手から無数の光線に対応する魔粒子を放つ。
すると光線の軌道は変質し、ディエス先生の魂の方に向かっていった!
(軌道の変更完了――ここまで良し。
後はこの光線でディエス先生の魂の記録を焼く!
それでお終い!)
私の考えるディエス先生の体の治療法――それは、魂の記録を消す方法だ。
魂には本人の記録が残っている。ミリアナちゃんに焼かれたという記録も。
じゃあ、仮に……。
焼かれたという記録が無くなったら?
魂の記録が消えても、別に何も変わらない。と、普通は考えると思う。
でも、実際はそうじゃない。
魂は肉体よりも優先される。魂の情報を変えると、それに合わせて肉体は変化する。
焼かれたという記録が無くなったら、世界の修正力が働いて、肉体が焼かれる前と同じ状態になる。
つまり――事実上、肉体の治癒が出来る!
(この方法は上手くいく自信ある!
後は、怪我の記録を焼けさえすればッ!)
先程、魂の位置は既に読み取った。
そう、ミリアナちゃんに焼かれた記録がある位置を!
そこ目掛けて、制御した魂焼を全て叩き込む。
「はッ!」
光線が魂に当たり、次々と記録が焼けていく。
それに伴い、体の傷も少しずつ無くなっていく。
これなら行ける!
「しま!」
……そう思った次の瞬間の出来事だった。
体が回復してきたからか、ディエス先生が若干その場から動いてしまったのだ。
それは、0.1秒にも満たない極微々たる動き。
でもこの作業は精密だ。少しでも動くと!
(まずい、魂焼の狙いがズレる!
魂の違う所に当たったら、大問題! 最悪廃人になる!
止まれ!)
私は、光線の動きを全て緊急停止した。
しかし。
「あ……」
次の瞬間――魂焼の展開時間は終わってしまうのだった……。
†
「どうなったの……?」
ミリアナは、全力の魂焼を撃ってしゃがんだ状態で思わずそう呟いた。
強化魔法をかけている時のピメリィの動きがあまりに早すぎて、ミリアナはほとんど何をしているか見えなかった。
でも、ステップを踏んでいる時に槍を構えているのと、光線が一瞬の内にディエスの元に向かっていった事だけは分かった。
光線がディエスの方へ向かっていったと言う事は、魂焼の制御に成功しているのは間違えない。
しかし、本当に魂焼で人の怪我を治すなんていう事が可能なのかとミリアナは少し疑問に思っていた。
「どうなりましたか?」
ミリアナはゆっくりと近づき、ピメリィに問いかける。
すると、ピメリィは静かにこう答えた。
「……失敗した」
「え゛!」
やはり、魂焼で怪我を治すなんて不可能だったのか。
そう思って、ミリアナはディエスの方へと近づく。
すると……。
「あれ?」
ディエスは酷い状態だった。
髪が全て焼き焦げ、脚と顔に火傷跡が残っている。
……が、それは、あくまで焼けた跡。
怪我については、初めから無かったかのように消え去っている。
「傷は治った。
でも、髪と顔・脚の火傷跡を治すには、もう一手足りなかった」
ピメリィは、残念そうにそう言う。
だが、そんなピメリィを見て、ミリアナは逆に尊敬の念を強めた。
ミリアナは、そもそも怪我を治す事しか考えていなかった。
しかし、ピメリィはそれ以上を始めから考えていた……誰もそこまで求めていないというのに。
「その口ぶり。まさか金髪のお嬢さん、貴女が私を治したの?」
「ディエス!」
顔面の火傷と焼けた頭髪で、誰か分からない状態になったディエスが平然と立ち上がる。
それに対して、ミリアナは鋭い眼差しを向けた。
「起きてるわよ。再戦なんてしないから安心なさい」
「こんな状態でするわけないでしょ。
ミリアナちゃん落ち着いてよ」
「……そんな火傷跡で髪も焼け落ちて、それで平然としてるなんて。
そんなおかしな奴、警戒しない方が無理です」
そう言われて、ピメリィもディエスの方を見る。
……笑っていた。
この状況で変になったのでは無い。そういった狂気の笑いではない。
純粋に、楽しんでいる。
「楽しそうにしてるからいいと思うけど?」
「えぇ!? そういう問題なんですか!」
「金髪のお嬢さん、面白いわね。
名前は?」
「ピメリィだけど」
「変な名前ね。気に入ったわ。
ピメちゃん、魂焼を使ったのは貴女ね?」
「……へ?」
違うと言おうとしたが、ディエスは矢継ぎ早に話を続ける。
「まさか魂焼で傷を治すなんて。その発想、無かったわ。
いいえ。
普通、そんな細かい焼き方は出来ないと言った方が良い!」
「でも跡までは治せなくて」
「ふっふっふっ!
そうねぇ……確かにこれだと教師は無理だわ。
生徒に怖がられてしまう。
だから、ピメちゃん。提案があるんだけど?
あっ、ごめんなさい。
銀髪のお嬢さんには聞かれたくないから、続きは向こうの方でお話しましょう?」
ピメリィはディエスに連れられ、ミリアナから離れていく。
尚、ミリアナはピメリィを連れていくディエスを殺さんばかりの勢いで睨んでいた。
(嫌な予感しかしない)
ピメリィはディエスに連れられながら、そう考えていた。
「じゃあ話すわね」
ディエスはそう言って、ピメリィが警戒する中、話始めた——。
†
わずか1時間後。
「ピメリィ・ムラキ!
これより教員採用試験 授業実演を開始します!
1年生向けの基礎魔法学授業を50分行ってみせなさい!」
ピメリィは、心の中で叫ぶ——。
(なんでこうなったあああああ!?)
たった1時間でどうしてこうなったと、ピメリィはつい先程の事を思い返すのだった。