第3話 推しの拳
「貴方は――昨日、闘技場で騒いでいた観客の人」
私が走って向かった先で、ミリアナちゃんは何事もなかったかのように、平然とその場に立っていた。
「ピメリィ、それが私の名前」
「変わった名前」
「よく言われるよ。
さて――じゃあミリアナちゃん。
貴女の後ろにいる、ボロボロのディエス先生は引き渡してもらおうか」
「分かるんだ」
ミリアナちゃんはそう言って、にやりと笑った。
†
――それはピメリィが、ミリアナの元へ向かう数十分前の事。
「もう少しで着きます」
「この辺りなら、何となく分かるわ。
昔とは建物が大分変わってるけれど」
ディエスは、周囲を見渡しながらミリアナの後について来ていた。
「やっぱり、この辺りは学生が多い。
昔から変わってないわ」
「そうなんですね」
「もうここまで来たら、もう案内は大丈夫。
これ、私の名刺だから受け取って」
そう言って、ディエスは懐から自分の連絡先が書かれた白い紙を取り出した。
「上質紙! こんな貴重品、なんで」
「研究失敗の時の副産物。
量産は出来ないわよ」
ディエスは何でも無いような事に言った。
上質紙は、高い位の貴族しか使わないような貴重品だ。
ミリアナは思った。
そんな貴重品を、研究の副産物として作り上げてしまうなどただ者ではないと。
「紙の種類はともかく連絡先よ。
今回お世話になったし、困った事があったらそこに連絡しなさい」
そう言って、ディエスは一足先に学園へと向かっていった。
ミリアナは暫く呆気に取られた後、改めて、名刺を見てみた。
そこには、住所と名前が書かれている。
困った事があったら、そこに手紙でも送れと言う事だろうとミリアナは思った。
だが……。
「シャーリアの先生なら、学園内で直接話した方が早い気がするけど。
何でこれを、私に渡したんだろう?」
気にはなったけれど、考えていても仕方ない。
ミリアナはそのまま誘導の指示に従い、新入生が集まる場所へと向かおうとする。
(ん?)
しかしその際、何か学園に違和感を感じた。
具体的には、校舎の奥の方が気になった。
何があるかは知らないが、時間はまだあるので、試しに行ってみようと考え、向かう事にした。
いざ向かってみると、そこには……。
「農園……魔術に使う薬草が育てられてる」
魔術学園らしく、魔術の材料になりそうなものが多数育てられていた。
農園を巡り、一通り見て回るが物珍しい物も特にない。
なぜここが気になったのか、ミリアナは自分でも自分の事が分からずにいた。
ひとまずその場から立ち去ろうとし――彼女は自分の体が動かない事に気が付いた。
「植物達に最期の挨拶は済んだかしら。貴方はこの子達の肥料になるのよ」
ミリアナは、言葉がした方に意識を向ける。
そこには、先ほど別れたばかりのディエスがいた。
「身動き1つ出来ないでしょう?
貴女の推測通りよ。私は特級危険種の能力を持つ者!
あらゆる植物を従える魔植物の王「ギガヘルプラント族」の紋様の持ち主!
元とはいえ、ハンターに見られたからには死んでもらうわ!」
ディエスがそう言うと、農園の植物達が急激に巨大化した!
そうして、牙が生えたような禍々しい形となる。
「どうやら、貴方は植物の力に耐性が全くないみたいね。
私の能力で作った幻惑効果付きの名刺に引っかかって、あっさりとこの場所までやってきた。
どうせハンターとしても、無能だったんでしょうね!
早速だけど――証拠隠滅の為に肥料になってもらうわ!」
身動きが取れないミリアナの元に、無数の怪植物が襲い掛かる!
そうして、1人の少女は瞬く間に瀕死の重傷を負った。
「――え?」
「甘い」
重傷を負った少女は……ディエスだった。
「え?」
ディエスはまるで理解が追い付いていなかった。
気が付けば、自分の体が焼かれていたのだ。
「攻撃とはこうやるもの。それだと遅すぎる」
「こ、こぉ……」
ディエスは思考が回らない頭でこれだけは理解した。
自分は、これから、死ぬ。
「後はそのまま死んで」
その時だった。
「間に合ええええ!!!」
ミリアナの耳に、最近聞いたような声が聞こえてきた。
「人が来る。
罪人を殺してる所を見られても別に……あっ、しまった。
今の私はハンターじゃないから、罪人でも殺すと普通に犯罪になるんだ」
ハンター資格を持つ者は、モンスター狩り・罪人狩りが認められている。
しかしミリアナは、つい先日ハンターを辞めると同時に資格も返納してしまっていた。
その為、今の彼女の扱いはただの一般人である。
一般人が罪人を殺すのは、この国では重罪の可能性も十分にある。
反射的にやってしまったが、とんでもない事をしてしまったとミリアナは気が付いた。
「でも、私に回復は使えない――。
とりあえず」
水の攻撃魔法を最弱の出力で、ディエスに放ち、一旦消火する。
その後、地面から土の攻撃魔法を何度か放って、ディエスを覆うような壁を数秒の内に作り上げた。
攻撃魔法の土なので、尖った土の塊が無数に重なっており、壁としては違和感しかないが。ディエスを隠す急場しのぎには十分である。
「これで出来る事は全部やった」
人が過ぎ去るまで、ミリアナは待つ。
しかし、声のした人物は一直線にミリアナの方へとやってきてしまった。
「はぁ……まずい。これ手遅れかも」
ミリアナは、その人物を見て少し驚いた。
昨日、闘技場で自分が勝った時に観客席で騒いでいた金髪の少女だ。
なぜか、昨日と同じような私服でこんな場所にいる。
だが、ひとまず冷静に対応しなければバレる。
そう考えたミリアナは、まずこう切り出すことにした。
「貴方は――昨日、闘技場で騒いでいた観客の人」
「ピメリィ、それが私の名前」
「変わった名前」
偽名かとも思ったけど、そんな事は正直どうでも良い。
早くここを立ち去ってほしいと願っていた。
「よく言われるよ。
さて――じゃあミリアナちゃん。
貴女の後ろにいる、ボロボロのディエス先生は引き渡してもらおうか」
その時、ミリアナの中で何かスイッチが切り替わった。
バレた。なら――。
「分かるんだ」
無意識だったが、ミリアナはにやりと笑っていた。
†
(うーん、最悪だな)
私は、今の状況を整理していた。
さっき、私はディエス先生の居場所を能力で見た。
そしたら、ディエス先生そのものの気配が弱くなってた。
何事かと思って、もう少し詳しくその場所について見てみると、昨日会ったミリアナちゃんがディエス先生を焼いてると。
普通に最悪すぎる。
いくらハンターでも人殺したら、捕まっちゃうって!
そんな事絶対にさせない!
後、ディエス先生に死なれたら、私がディエス先生やらなきゃいけなくなるじゃん!
ノリでやったのに、マジでやらなきゃいけなくなるのきついって!
……ん?
ミリアナちゃんよく見たら、今ここの制服着てるから、もうハンターじゃなかったりするの?
というか、そもそも何でディエス先生を殺そうとして……。
駄目だ、もう少し情報を引き出す時間があったら分かりそうだけど、そんな余裕はないや。
なぜなら――。
「ミリアナちゃん、落ち着いて!」
「せやああああ!!!」
今、滅茶苦茶攻撃されてるからね!
なぜか魔法を拳に纏って。
「おかしくない?」
「何が?」
「魔法使いなんでしょ? 魔法遠くから撃った方が早くない?」
「殺すならそう。
でも記憶を消す――だけだからッ! こっちの方が効果的!」
「なるほど納得! 記憶消すには殴るが1番!」
私もそう言って、1歩踏み出す。
ミリアナちゃんは、この都市に来てから初めて推せると思った子だった。
この子に犯罪者になって欲しくはない。
「私が全部解決してあげるよ! 今からね!」
新たな戦いが始まる。