拝啓、時の向こうの世界へ
「全く、なんでこんなへんぴな場所の調査をしなきゃならないんだよ…ねえ、ユウカ?」
「仕事なんだから、やらなきゃじゃない?チヒロ?」
「はー…あつい…だるい…」
天気は晴れ。砂ぼこりの向こうに二つの人影。その調査服を身にまとった二人が何かを話している。
「あんのクソ上司、目立った成果が出てくるまでかえって来るなーなんて、無能な自分の成果にしたいだけじゃないか…」
「まあまあ、おかげで私たちにも仕事があるんだし…」
星系C193、第4惑星。辺境の星系で、この惑星も人が住める星ではない。
砂漠が地平線の向こうまで広がっていて、時折ちりの竜巻が上がる。気温こそ人がなんとか生きられる暑さだが、おおよそ生命に対して優しい星とはいいがたい。
そんなこの星に、何かが活動していた遺跡のようなものが見つかった。そういうわけで、雇われの私たちが調査に派遣されているのだ。
「目的地点はもうすぐでしょ?」
「あれだよ」
とユウカが指をさした方向には、砂の風に紛れてそびえる遺跡のようなものが残っていた。
「おおっ…あれが…いかにもって感じで面白そうじゃん」
チヒロと呼ばれた人はおどけてそう感想を言う。
「なんだかんだ言ってこれだから…あんまり無茶しないでよね?」
とユウカ。
「もちろんさ」
「はぁ…心配だ」
そう話しながら、二人は遺跡へ近づいていく。
大きな建物ではあったが、そこにぽっかり空いた小さな入り口から、どうにか入る事ができた。
調査の為に派遣された二人はその中をゆっくりと進んでいく。
「しかし、こういう砂漠の遺跡と言ったら、あれじゃない?おとぎ話に出てくる、あの三角形の…」
「ピラミッドのことでしょ?私たちの大昔の先祖が作った遺跡の」
「そうそう、それ。ほら、中からミイラ男とかゾンビが出てくるみたいな話だったけど、誰も居ないじゃない」
「おとぎ話と現実は別だよ。ほら、さっさと進む」
「ちぇー」
そんな雑談をしながら二人は遺跡の奥深くへと進んでいく。
内部は特に装飾されたりしているわけでもなく、レンガのような石畳で造られた、地下へと続く洞窟のような道があるだけだった。
下に進むにつれて気温が下がり、地上の熱が嘘のように涼しくなる。
「しかし、なんもないな。これじゃ成果も何も持って帰れないなあ…」
「発掘調査なんて言っても、今時は何もない事の方がほとんどだからねえ」
「これで給料安いんだから大発見の一つでもなきゃやってらんないっつーの」
「まあまあ…こうやって未開惑星に立ち入れるのは私たち発掘調査員の特権だし」
二人がそうこう話しながら奥に進んでいくうちに、だんだんと天井が高くなる。
道なりに沿って進んだ先で、特に分かれ道で迷わされることもなく、大広間のような空間に出た。
「おっと、ここがこの遺跡の中心かな」
チヒロはそう言って辺りを見回す。今までの細い道とは打って変わって、どこまでも続く高い天井と、部屋の中心に置かれた何かが見える。
「あれがここの王様じゃない?ちょっと見てみようよ」とチヒロ。
「ちょっと、ちょっと、そんなに慌てないでよ…」ユウカはそう言いながらもついていく。
そうして二人は中央の台座の前に到着した。
「別に、ミイラが寝てるとかそういうのじゃなくて、普通の台座だ」
「そうだね…今までの道と違って大広間だけれど、何かあるわけじゃないね…」
「あーあ、またくたびれ儲けかあ…またあの上司に成績が上がらないーとかで叱られるのか」
「まあ、いつものことだし」
その時だった。
地面がグラグラと揺れて、周囲から突然大きな音が響き始めた。
「まっまずい、地震?早く戻らないと…」
音はどんどん大きくなっていく。次第に砂が天井から降ってくる。
「伏せてっ」
その声を聞いた後、大きなフラッシュを炊いたような光がやってきて、次いで私たちは夢の中で落ちているようかのような感覚に陥った。
いや、実際に落下している。部屋自体が、崩れてしまったのだ。
「ふええ…落ちてく…死にたくない」
「調査には危険なこともあるっていう契約書はあったはずだけど…」
「それでもこんな終わりはやだぁ」
私たちは宙に浮かび、先の見えない所まで落ち続けながらそう話した。
「これどこまで落ちるんだろう…」
「こんな時に私に聞かれてもわかんないよ~」
不意に、落ちる速度が弱まっていく。エレベーターで一階に止まるかのように、私たちの落ちる速度は減速していた。
そして、私たちはゆっくりと、だんだんと、完全に止まった。
落ち着いて辺りを見回してみると、どうやら見知らぬ部屋にいるようだ。
「ここは…」
そう言っている間に、部屋の隅が空いて、光が差してくる。
光の方から歩いてきた、ヒゲを生やした博士のような人が歩いてくる。
「どうやらお客様がお見えになった」
博士はそう言った。
///
応接間のような場所に私たちは通され、お茶を出される。そこへさっきの博士がやってきた。
「ようこそ、『ユウカ&チヒロ記念転送研究センター』へ、私はここの所長をしている三田と言います」
「ちょ、ちょっとななんで私たちの名前が…ついてるの」
「それについてはちょっと説明させてもらおうかな」
ここはあの遺跡があった場所の上に建てられた研究施設ということ。あの後私たちは救助隊によって捜索されたが、結局見つからなかったこと。
遺跡周辺に重要な地場の歪みが検出されたこと。それゆえ、功労者として、私たちの名前が施設に刻まれるようになったこと。
「という事は…あれからずいぶんと時間が経っているわけですね?」チヒロが尋ねる。
「今は新暦260年だから…君たちの時代の暦に直すと、約1000年経過していることになるね」
「1000年…」ユウカはそうため息をつくようにつぶやいた。
「君たちが思うほど状況は深刻じゃない、この惑星は遺跡発見後に研究拠点としての整備が進んできた。」博士はそう続けた。
「もちろん最大の功労者であるあなた達を無下に扱うつもりはないさ。そんなに経済規模の大きい星ではないけれど、君たちが定住したいと思うなら喜んで受け入れるつもりだ」
チヒロの目が輝いた。「おお…それって…!」
「今は良く分かっていない当時の習慣についていろいろ聞きたい事もあるからね。いずれにしろ後できっちり聞かせてもらうよ」
そして博士は、神妙な面持ちでこう述べた。
「それから…もし君たちが元の世界に帰りたいのならば、返すこともできる」
///
「明日まで、なんて急だよなあー」とチヒロ。
「仕方ないじゃない」とユウカ。
施設の屋上には公園があって、ブランコが設置されていた。風はそれほど強くなく、静かな夜の空には星々が広がっていた。
博士曰く、元の世界との位置関係が離れていない今なら、そう大きくずれていない世界へと送り返すことが可能だという。
ただし、元の世界において、ここで起こった事は夢として扱われ、消えるようにすぐ忘れてしまうだろう、そう博士は言っていた。
「君たちの元の世界とこの星の会合周期は約100年だから、次のタイミングは生きている間には生まれない。…やってきてすぐにこんなことを言うのも酷だけれど、君たちには戻れるうちに、ここに残るか帰るかどうか、決めてほしいんだ。」
「チヒロはどうするの」とユウカ。
「そりゃあ、こっちで生きていくに決まってるでしょう。あの嫌な上司の顔も見なくて済むし、何より千年後の世界だよ?探検家としてこれ以上の楽しみは無いね」
「そっか、まあチヒロならそうするよね」
「ん?ユウカは?」
チヒロがそう聞くと、ユウカは空を仰いで、
「私は…帰りたい場所があるし、大事な家族がいるから」
そうユウカはぽつりと答えた。
「そう…だよね」
チヒロは、以前ユウカが話していた大事な妹の話を思い出しながら、答えた。
「じゃあ、ここでお別れか…」
暗闇にぎい、とブランコの音が響く。星空は一層のこと輝いて見えた。
「大丈夫、私ユウカのこと忘れないから」
ブランコを漕ぎながらチヒロは言った。
「短い間だったから、そんなにユウカのこと知ってるわけじゃないけど、なんだかんだ楽しかった。」
「うん」
「生真面目な所も、ちょっと口うるさい所も、好きだった」
「うん」
「…妹さんによろしく」チヒロはそう言って、ブランコを止めた。
ユウカはチヒロの方を見て、言った。
「時々でいいから、思い出そう。約束ね。」
そう言ってユウカは手のひらをチヒロのほうに差し出した。
「おう!」
チヒロはその手をやさしく、ぱしり、と叩いた。
////
8...7...6...
「あの時の彼女は何を思っていただろう」
4...3...2...
「今の私は何を思っているのだろう」
1...
ピピピ…ピピピ…
目が覚める。ずいぶんと長い夢を見ていたような気がする。そういえば昔にも見た、そんな夢。
「ユウカねえちゃん~もう朝だよ~」
「はいはい」
いつもの朝。なんだか懐かしい夢。私は朝の支度をしながら、幼い頃から何度も見た、あの星空を思い出していた。
「約束ね」
そんな夢の声がどこかでリフレインしながら、パンの焼ける香りへと消えていった。
居間で家族と一緒に朝食をとる。
「考古学職試験の結果発表、もうすぐだね」
そう、母に言われた。今日も一日が始まる。
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「チヒロ所長」
ふと後ろを見ると、生意気な後輩が居た。
「たそがれちゃって、好きな人でも思い返していたんですか~?」
「やかましいわ」
アイツ、元気にしてるかな。そう心の中でひとりごちた。
砂の惑星は珍しく今日は晴れで、研究所に敷設された滑走路には、多数の輸送用飛行機が着陸している。
ギィィィーンと、旧式ジェットの飛行機の着陸音が辺りに響き渡った。
了