サンドワーム
サンドワーム
各国に存在する冒険者ギルドによって定められた脅威度Bの魔物だ。
地中から出てくるという予測不可能な攻撃に加え、サンドワームは群れる習性があるため、並の冒険者では太刀打ちできない。
群れている状態での連携力はかなりのもので、逃げ道を塞ぐなどの知能も見られる魔物だが意思疎通は不可能。そもそもそれを試そうとする物好きはほぼいないに等しい。
また、地上に出てくる際は餌を求めている時で、空腹状態のサンドワームは凶暴な一面を持つ。
更に自分達が住む土に含まれる魔力を吸収する性質があり、そこは不毛の大地へと成り果てるため、即時排除が推奨されている。
過去にサンドワームが住み着いた砂漠の国は、一夜のうちに崩壊した。
地盤が緩まり、建物は次々と倒壊。逃げようと外を走れば振動がサンドワームを刺激し、圧倒的な力で蹂躙される。
極め付けはやはりその数の多さだ。
その国では崩壊後、ギルドが調査兼討伐に向かった所、実に122匹のサンドワームが確認された。
それらが襲い来る様子はまるで津波のようだったと、その国の生き残りは証言したのだ。
しかしそれも一つの国で起きた出来事。
サンドワームは何も無いような大地に好んで生息する。つまるところ、この荒野ではその国と住み着いているサンドワームの数は劣らないだろう。
そして、自らの住処を荒らされたサンドワーム達は怒りをもって地上へと向かう。不届き者を消し去るために。
思ったよりも数が多い。
この荒野一帯に潜んでいるならかなりの数になると想定していたが、それよりも多いように見える。
まあそこまでは想定内の想定外だ。結局全部相手をしないと解決しないし、問題はないだろう。
俺の後ろではゴブリン達がサンドワームの出現に驚き、叫ぶは泣くわの阿鼻叫喚だ。オークの方は落ち着いて避難を開始しているが、このままではゴブリンが全滅してしまう。
エラルガに頼んでおいたのに皆がうるさすぎて声が通っていない。
「皆!落ち着いて避難をーー!!」
そう考えているうちに、【危機感知】が発動し俺は横っ飛びにその場から退いた。
サンドワームが突っ込んで来たのだ。
俺たちがわちゃわちゃしている間も、魔物は待ってくれない。むしろ好機と見て襲いかかってくる。
地面に顔面から突進したワームを【体刃】で斬りながら、多少無理矢理にゴブリンを安全な場所まで引き戻す。
これじゃジリ貧だ。思ったより彼らの稼働率が悪い。
俺がゴブリンを移動させるよりも、ヘイトをかうべきか?
スキルと身体能力で補うにしても限界がある。俺が完璧に守り切れる範囲はざっと半径五メートルほど。
多少の怪我が許されるなら十メートルはいけるか。
仲間を殺されたのを見て学習したのか、俺ではなくゴブリンやオークを狙ってワームは攻撃を仕掛ける。
身体を【変形】させ守るも、一人では厳しいものがあった。
「きゃああアアあアあああ!!!」
響き渡る叫び声。
一人のゴブリンと子ゴブリンがワームに狙われている。ここからあそこまで行くのに五秒はかかってしまう。それじゃ遅い、急げ急げ急げ!!!
「フンッ!!!」
その時、俺が到着するよりも早くワームに攻撃を加えた者がいた。
オークの長、アイグである。
エラルガに避難誘導の指揮を任せこちらに参戦しに来たようだ。
正直言ってめちゃくちゃ助かった。
彼がいなければあの親子は死んでいたかもしれない。避難を頼んでいたとはいえ、今のは俺の落ち度だ。一層気を引き締めねば。
何らかのスキルで肥大化したアイグ腕はワームの胴体をしっかりと捉え、それを貫通している。アイグはワームを放り捨てると、俺の方にやって来た。
「大丈夫でスカ?微力ナガら手伝わセテいただきまス」
「いや、微力なんてとんでもない。ぜひ手伝ってくれ。俺が攻めるからアイグは守りを頼む」
「ハッ!」
よし、アクシデントはあれど、これでワーム共に集中できる。
俺は左手を右手で掴むと、そのまま肩から腕を引き抜く。上腕部分が変形し、左腕は一本の剣へと変化した。そこらに落ちているワームの死体を食いちぎり、それを養分に腕を作り出す。
レパートリー少なに突っ込んでくるワームを避け、一閃。ずるりと首が落ち、ワームは絶命した。
硬いが斬れないほどじゃない。
剣など使ったことはないので我流、というのも烏滸がましい剣状の物を振り回しているだけだが、威力はお墨付きだ。
斬りやすくするために刃の部分を細かく振動させているため何でも斬れる。
いわば振動斬撃といったものだ。いや、厨二っぽいからやっぱりやめよう。チェンソーみたいなものだ。
避けて、斬る。
それだけで大半のワームは対処でき、このまま行けば案外楽勝に終わるーー
なんて思っている時ほど足元を掬われるわけで。
一体一体が大きいので避けるのにも一苦労。
身体を全部地上に出しているやつは時に尻尾も使って攻撃してくる。
それを剣で逸らして勢いのままワームを斬りつけると、足元が次々と膨れ始めた。
避けようと思った時にはすでに遅く、俺は下からの攻撃で空中に飛ばされる。
ここで追撃がきたらやばい。
流石に無傷じゃ済まないし、下手すりゃ致命傷まであり得る。
そう思いグッと身体に力を込めるも、想像していた衝撃は中々やってこない。
感じるのは自分が浮いているという浮遊感と微弱な魔力.......魔力!?
カッと目を見開くと、あらゆる方向から飛んで来る土の塊を強化された眼が捉えた。
恐らくサンドワームのスキル【土操作】によって射出された土塊だ。
【土操作】というスキルは土を生成、変形させるのみならず、上手く使えば土自体を自由自在に操ることができるようになる。そのエネルギー源は魔力であり、魔力が尽きればスキルの使用はできない。
人間の使う魔法と違うのは魔力に全ての工程を依存しているかどうか、である。
土を集める、固める、思い通りの形に変える、そんな数あるプロセスを全て魔力に頼るのが魔法だ。もし飛ばしたいなら射出する、というのも含まれ更に使用魔力の量は増える。
しかし、スキルは違う。魔力を使うのは「土を生成」という場合のみなのだ。他の動きは全てスキルとしての力でなされる。
これは「生成」という行為が「操作」ではないからというのが俺の見解なのだが、詳しいことは知らない。
なにせ今説明したのはあくまで俺が【土操作】を手に入れた時の解釈だからな。
でも多分大体合っているとは思う。
それよりも問題は今の状況だ。避けなければ死ぬ、でも隙間なく発射された土塊を避けるのは到底無理そうだ。
ならば受けるのはどうだ?
いや、身体を【変形】させても結局自分の身体で受けてるのと変わらない。駄目だ。
取れる選択肢はただ一つ。
俺は身体を丸めると、ボコボコと自分を【変形】させる。そして、俺の身体から無数の弾丸が飛び出した。
身体を切り離す「分離」。【変形】の力を発展させた技術で、切り離された部位は俺の体の一部では無くなる。つまり使い捨てだ。これは今手に持っている剣にも応用されていて、俺の身体との繋がりは完全に斬れている。
まあそれを補充するにも栄養、食べ物が必要なんだが。
俺の肉片達は土塊を相殺していき、俺が地面に着くまでの時間稼ぎをしてくれた。
まさかサンドワームが連携プレイをしてくるとは思っていなかったが、何とか凌いだ。
だけどこの手はあまり使いたくはない。剣だけならまだしも、大量にとなると消耗が激しくて疲れるからな。
残りのワームも少なくなって来たし、俺もそろそろ奥の手を使わせて貰おう。
剣に魔力を纏わせ、俺はとある魔法を発動させる。
「フッ!」
掛け声に合わせて剣を横薙ぎに振るうと、刀身が伸びて周囲のワームを薙ぎ払った。
飛び散る水滴、太陽光を反射する刃。
水属性魔法《水刃》。
サンドワームの弱点は水だ。土と水は相性が良いように感じるが、そこはファンタジー世界の原則。
属性同士には有利不利がある。
なので水属性を纏った剣ならば、先程よりも簡単にコイツらを調理することができるのだ。
「さてと、後は流れ作業.......っつ!?」
地面が揺れる。
大きく、強く。それは段々と力を増していき、平衡感覚が崩される。
嫌な予感と共に冷や汗が背中をつたい、【危機感知】が脳内で鳴り響いた。
一層強い揺れのあと、それはその姿を現にする。
そして、次の瞬間俺は真横に吹き飛んでいた。