魔族の事情
「シ、シカシ、アナタハニんゲンのスガたヲ.....」
静まり返った荒野の一部にて、強制的に沈黙させられたゴブリン達の長が最初に話したのはそんな内容だった。
他の者はまだ麻痺が続いているというのに、ゴブリンの中でも数名、オークも何体かすでに身体の自由を取り戻した者がいる。
先の【咆哮麻痺】だけでは信用を得られないか。
今質問して来たゴブリンだけではなく、オークの方からも懐疑的な視線を感じる。
「信じられないか?なら証拠を見せよう」
そう言って俺は自分の身体を狼と蝙蝠の混ざった姿に【変形】させた。
その姿はまさに合成獣といった容貌で、禍々しいという言葉がよく似合う。人間に見つかれば真っ先に討伐対象になるだろう。
「どうだ?これでもまだ疑うか?」
「い、イエ、メッそウもない!」
ゴブリンに視線を投げかけると、ひどく怯えた様子で頭を下げられた。
ていうかなんでさっきから敬語なんだ?嫌に丁寧なんだよな。
だが俺は丁寧に話す気はない!下手に出るのは悪手な気がする。
「アンタ達は?」
オークの方を向いてそう問いかけるも、スッと目を逸らされた。
何!?なんで目ぇ逸らすんだよ!酷くね!?
やる気なら何度でも相手してやるさ。その度に無力化する自信が今の俺にはあるからな。
もう一度ゴブリンを見ると、いつの間にか麻痺から脱出していた奴らも一緒に俺に向かって膝をついている。
「もウシワけアりまセンでした!!!アナタさマが魔族ダとはツユしらズ!!!」
そして物凄い謝罪。謝りたいという気概がこちらまで伝わってくるみたいだ。なんで急にここまでへり下り始めたんだ?
最初は「ヤレェ!!」とか言ってたのに。
オークからももう殺気どころか戦意すら感じない。どちらかと言えば諦め、怯えを含んだ雰囲気だ。
そんな中、群れから一人のオークが俺の前に出てきてゴブリン達のように膝をついた。
コイツ、他のオークよりも強いな。魔力がこの中では一番多いし、肉体も洗練されている。
ちなみに魔力は【魔力視】というスキルで見ることができる。これは【変形】と同じく生まれつき持っていたスキルで、使い道としては今のように相手の強さの指標になるみたいだ。
そんな強そうなオークはというと.....
「どウか、オサナごにはテをダサないでクださい。ワタしのクびは差しあゲまス。どウか!!」
なんと、俺の目の前で土下座をかまして来た。
しかも内容をよく聞くと、俺が容赦ない殺人鬼みたいだ。そんな小さな子殺さない、ていうか誰も殺さないっての。
冷静に考えてみると、この首を差し出して来たオークや俺に謝罪してきたゴブリンはボス的な存在なのか?
それで代表して俺に話しかけて来てたと見た。
「安心しろ、俺はお前らの中の誰も殺すつもりも害するつもりもない。攻撃されたから出てきただけだ」
「ほ、ホンとうでスか!?」
急死に一生を得たように驚き、喜ぶゴブリン達。
ゴブリンほど騒いではいないが、オーク達もまた目を見開いて驚いている。
「ああ、こんなところで嘘なんて吐かないさ。それに早く立ち上がれよ、俺は別に怒っちゃいない。なんで急に攻撃して来たのかくらいは知りたいけどな」
「なゼ攻撃シたカ、デスカ.....?」
さっきまで流暢に話してたゴブリンが戸惑っている。
あれ?なんかおかしな事言ったか?
「わタし達ガ攻撃シタのハ、アナタさマがニンゲんのスガたをシテいたかラデス。ニンゲんはワタし達を見ルとスぐに攻撃しテクルのデ、我々モそうセザルを得ないノデす」
ああ、俺が悪かったのか。最初から魔物の姿で出て行けば良かったのか。いやそれでも魔物だし攻撃されたかな?
それに人間は魔族を見るとすぐに攻撃してくるとは、アルシオンが言っていた通りだ。
確かに彼らの話し方は少し聞き取りづらいから、魔物の鳴き声に聞こえなくもない。
それが誤解を生んでいるんだろうな。
「なら俺に命乞いをして来た理由は?」
まるで俺が殺すの大好きみたいに扱われたんだけど。
「アナタ様はマゾくであらせラレまスよネ?マゾくとマゾくの戦イデは、負けタホうは絶対服従ガ鉄則ナノでス。そシテ、その中デ死を命じル者も多ク.....」
なるほどね。
魔族ってのは結構荒っぽい性格の奴が多いと見た。
彼らの世界は人間とは違い、弱肉強食の風潮が濃いのだろう。
弱い種は淘汰され、強い種は繁栄の道を進む。まあこれも美しい生命のあり方なのだろうけれど、俺的に好ましくはない。
「もう一度言うが、その事について心配はいらない。君達の中の誰の命も俺は奪うつもりはないからな。.......強いて言うなら今日の寝床を誰か提供してくれないか?」
拠点にしていた洞窟を出たのが昼過ぎで、ここに到着するまでに数時間。戦闘までして話を聞いていたら、もう太陽は地平線の彼方に沈みかけている。
これから戻るのにも時間がかかるし、ここで帰ればもう彼らには会えないかもしれない。
意地でも泊めてもらわなければーー
そうして、俺はゴブリンの集落にお邪魔することになった。
頼んでみた所、快く引き受けてくれた。というより多分俺がまた暴れるのを怖がって承諾してくれたという感じだ。
オークの集落に行っても俺は良かったのだが、家の数が少なく、俺が泊まれるスペースがないらしい。
その点ゴブリンは一人一人の大きさもそこまでではないし、場所にも少しくらいなら空きがあるとのことで俺はこちらに来ることになったのだ。
あの巨岩から少し歩いた所に集落は存在し、住居は崖をくり抜いて作られていた。
ちらほらとゴブリンが見えたのだが、全員痩せ細っているのが分かる。骨と皮だけのような身体で、身に纏っている服も小汚い布だけだ。
生活は決して良いとは言えない状況。そんな時でも俺を招く事に賛成したとは、お人好しというか何というか。
「こチラが我ラが長の住処デス」
洞窟の更に奥。一番高い所に案内されるまま、俺は乾燥した木のツルで出来たカーテンをくぐって中に入る。
長、とは言っても他のゴブリン達と姿形は変わらず、身に付けている物にも変わりは無い。
それだけ生活が逼迫しているのだろうか。
「ようこそいらっしゃいました。私がゴブリンの長 エラルガと申す者です」
なっ!?訛りがない!言葉がスムーズに聞き取れる!
それに名前、他のゴブリンの名前聞いてなかったな。あとで聞いておくか?
久しぶりの完璧な発音に驚いていても失礼なので、俺は咳払いをして気持ちを切り替える。
「こちらこそ失礼する。俺はルクスという者だが、今日はここにお邪魔させてもらうことになった」
「ええ、偵察に出た者からも話は聞いております。何もおもてなしなぞ出来ませんが、ゆっくりして行ってください」
先にここに入ったゴブリンから事情は聞いていたのか。どうやって説明しようか無駄に悩んでしまった。
「それで、あなた達はオークと何か言い争っていたように聞こえたが」
「そのようですね。エスティ!!」
エラルガがパンパンと手を叩くと、外から一人のゴブリンが入って来た。
ん?あれは俺に真っ先に謝ってきたリーダー格っぽいゴブリンじゃないか。
「お呼びでしょうか」
「何があったのか説明しなさい」
「はい、実はーー
エスティが話し始めた内容は、俺としても無視できない問題だった。
簡単に言うならば、それは食料問題。
この荒野の中で、魔物を探して倒し、食料にするのには様々な問題がある。
まず第一に、魔物を探すのが難しいこと。このだだっ広い場所で、魔物を探すのは想像以上に難易度が高い。
そして二つ目。
根本的な問題として、彼らに魔物を倒せるだけの力が無いということ。俺は簡単に魔物を排除していたが、ゴブリンは違う。武器も粗末な物ばかりだし、お世辞にも筋力が優れているとは言えない。
逆に襲われて負傷した者もいるようだった。
ゴブリンはハッキリ言って弱い。だから魔物もゴブリンを食おうと襲いかかって来るそうだ。
しかし、オークは痩せていても弱くはない。種族としてパワーはあるし、タフネスもかなり高いようで、魔物も好き好んで襲う相手ではなかった。
つまり、両者の利害は一致しているのだ。
ゴブリンを囮にし、オークがそれを狩る。そういう作戦を実行するために今日は会談の場を設けたのだが、取り分などの話し合いが上手くいかず、危うく戦闘になりかけたのだとか。
「あなた様が割り込んで下さって助かりました。戦いになれば万が一にも我々に勝ち目はありませんからな」
「はイ、しかしそのセイでゴ迷惑をおかけシて...」
申し訳なさそうに項垂れるエスティ。
もう気にしてないって言ってるのに、律儀な奴だ。
食料問題ねえ。俺も無関係ではないな。
最近魔物が寄ってこないし、俺も食べ物が無くなってきている。最悪食べなくてもいいけれど、彼らはそうはいかない。
魔族だといっても食料と水は生きるのに必須なのだ。それが無ければ死ぬ。
「........ルクス殿を強者と見てお願い致します。命を救って貰った身で厚かましいというのも分かっております。それでも、私は部族の長として皆を守らなけれはなりません。どうか、我々を助けていただけないでしょうか」
そう言ってエラルガは頭を下げる。ただの礼ではない、土下座だ。
うーむ、どうしたものか。
植物でも育てられれば解決するが、試してみめそれは無理だと分かったらしい。どれだけ水や肥料をやっても作物が育たないとか。
正直、今の話を聞いて大体の解決案は思いついた。
問題なのはそれを実行に移すかどうか。失敗すれば信用と居場所を失う大きな賭けだ。
だが、俺はアルシオンから魔族のことを任されている。
俺に助けを求めた時の覚悟を決めたような眼。それが俺の脳裏に焼きついて離れない。
いちいち口出しするのが正解ではないといのも分かっている。でも、これくらいは助けてやっても良いだろ?
俺はエラルガの前で一本の指を立て、
「一週間、一週間時間をくれればこの問題を解決してみせる」
そう言い放った。