荒れ果てた荒野
光が収まり、俺の足にしっかりとした地面の感触が蘇る。
咄嗟に閉じていた目を開けると、そこには木一本さえ生えていない荒野が広がっていた。
アルシオンの説明によれば、ここは彼が統治していた国のはずなのだが.......うん、マジで何にもないな。
あの野郎.....次会う事があったらぶん殴ってやる。
人どころか木すらないのだ。およそ人間が生活できるような場所だとは思えない。ああでも、俺が探しているのは魔族だから大丈夫なのか?
この世界について大体のことは教わったけど、そこまで詳しくは知らないんだよな。
人が見つかれば情報収集には丁度いいとは思うが、俺は魔族を探さなければならない。それにいつかは敵対するかもしれない人間と仲良くするのはどうかとも思う。
まあ、敵対しないという選択肢もあるか。
転生初手から絶望的な状況だが、俺も人間ではないから問題ないだろう。とりあえず他の生物を探そう、そうしなきゃ何も始まらない。
あれからどれくらい歩いたのだろうか。
この変わり映えしない景色を眺めながら歩くのは最早拷問に近い所業だったと言える。
普段から運動していなかった俺からすれば、ウォーキングの楽しみなど今はまったく分からない。
アルシオンが死んでから荒れ果てたとしてもこんなになるものか?本当に何もないんだけど。
遮蔽物もないので、日差しが全部直撃する。汗はかかないが、暑いものは暑いので苛々するから嫌だ。
三日五日くらいは何も食べずに活動できるけど、流石に一週間となるとキツい。今の所、食料も飲水も無いからそっち系を探さなきゃ不味いな。俺だってまさか服だけの状態でほっぽり出されるなんて思ってもみなかったさ。
転生までして空腹で死ぬなんてドジな真似はできん。食料の確保は急務だ。
もう太陽が沈みかけ、あたりはオレンジ色に照らされている。転生した時は朝だったので、もう何時間もぶっ通しで歩き続けたということになるな。
今は疲れたのでそこらの岩に寄りかかって休んでいる最中だ。ゴツゴツしているので背中が痛い。いざとなったらこういう所で寝る必要もあるのか。
いや、それはちょっと。眠れないだろ、こんな岩肌じゃ。
そこらに転がっていた小石を蹴ってストレスを発散する。
その時、岩の後ろから聞こえて来たのは唸り声。
「グルルルルルルゥゥゥゥ」
おいおい、これってまさか......。
チラリと後ろを見ると、想像通りそこに立っていたのは狼のような獣だった。違う所といえば目が四つある所とか爪が妙に鋭い所とか口からダラダラと涎を垂らしている所くらいのものだ。
はい、魔物ですね。転生してからのファーストコンタクトが魔物とは、ついてないな。
戦う決心をして狼もどきに向き合い、俺は腰を落として戦闘態勢に入る。戦いの心得など無いが、やってみれば何とかなるだろう。アルシオンに教わったスキルも一つある。
狼系の魔物、なら足は速いだろうし噛みつきと爪による引っ掻きには注意だな。
まだ戦ってすらいないのに逃げたい気持ちでいっぱいだ。あんなの当たったら死ぬか怪我してまうやろが!
でもやるしかない。つい戦闘するという気を示してしまったので、相手さんもやる気だ。四つの目が俺を見据えているのが分かる。
怖い、普通に怖いけど、やる事は決まっているのだ。勝負は、奴が飛びかかって来る一瞬前!
足をグッと縮め、狼もどきは足へと力を溜める。
その瞬間に合わせて俺は右腕に意識を集中させ、その名を口に出す。
「【変形】」
風切り音を立てて狼もどきの首が飛んだ。
そこを通り過ぎたのは鞭のようにしなった刃、もとい変形した俺の右腕だった。
スキル【変形】
俺の持っているスキルの一つで、ある魔物が所持している固有スキルだ。効果は単純で、自分の身体ないし触れている無機物を変形させることかできる、というもの。使い勝手は良いようで、今のように腕を変形させて剣のようにする事もできる。
ちなみに変形はイメージが重要とのこと。
腕は自分の意思で動かせる身体の一部なので、変形させて狼もどき目掛けて思いっきり振ったところ一瞬で奴の首を切り裂いた。
思っていたよりも凄い威力で驚いたのは秘密だ。
一応当てやすい胴体を狙っていたはずなのだが、狙いがはずれて首に当たってしまった。これが首以外だったら冷や汗ものなので、不幸中の幸いといったところか。安心である。
さて、この【変形】はとある魔物の固有スキルだと言ったが、その魔物とは何か?
転生するにあたって、俺は名前を変えた。姿を変えた。そして、種族すらも変えたのだ。
その種族は魔族ではなく、魔物に位置する生物。
アルシオンが勝手に決めたその生物とは合成獣である。
キマイラではなく、キメラだ。あらゆる魔物を合成した魔物、のはずだが、俺は生まれ落ちた時から人間の姿をしていた。それは転生したことが問題なのだろうけど、俺的には得をした気分なのでいい。
初めてネズミ以上の大きさの生き物を自分の手で殺したというのに、動揺どころか特に何も感じていない。
魔物として転生したからだろうか?
上手い餌を狩った、とまでは流石にいかないが、やはり罪悪感などない。
死体に近寄り、俺は再び右手をかざす。
一応言っておくと、死体蹴りをするわけではない。
「【変形】」
そう言って俺が作り出したのは巨大な顎。それは大きく口を開き、狼もどきの死体をバリバリと貪り食っていく。
腕から食べ物を吸収するというのは変な感じだ。
便利そうではあるが、好んでやりたくはない。
これは捕食行為というだけではなく、キメラという魔物の特性を表すために必要な行動なのだ。
キメラは、身体を自由自在に変形することができる。それは無機物をイメージすることによって成ると言った。しかし、すでに実在する生物に変化する際には、その生き物のデータが必要になるのだ。
つまり、狼に変形したければ狼の情報が、人間に変形したければ人間の情報がいる。
その情報を得るには、その対象を喰らい、身体にそれを覚えさせるという方法しかない。ゆえに俺はコイツを食べた。
大変美味でした。
『スキル【嗅覚強化】【脚力強化】【複眼】を獲得しました』
途端、俺の頭の中に機械音声が響く。
これはスキルの取得を知らせるもので、何がこれを伝えてあるのかは分かっていないらしい。判明しているのはスキルを取得したときにそらを知らせてくれるということだけ。世界的な不思議として認識されているとか。
これからも分かる通り、キメラは捕食した対象の力すらも獲得する事ができる。俺としてはかなり強いスキルだと思っているが、いかんせんこちらの基準が分からないのでなんとも言えない。
ていうか狼が【複眼】って.....おかしいだろ。普通虫とかが持ってるものじゃないの?
それはさておき、スキルの詳しい説明は、頭の中でスキル名を思い浮かべることで閲覧できる。
【嗅覚強化】
嗅覚を強化することができる。強化具合は熟練度に依存する。
【脚力強化】
脚部の筋力を強化することができる。強化具合は熟練度に依存する。
【複眼】
真後ろを除く350度を見渡すことができる。
全部今の俺からすれば使えるスキルばかりだ。特に複眼は奇襲などを防ぐのに使えるので、重宝するのではないだろうか。
この荒野にも魔物が多く生息しているだろうし、ガンガン狩ってガンガンスキルを取得したい。
ごちそうさま、と手を合わせ俺はまたもや歩き出す。
すでに日は落ち、辺りは暗闇に包まれたようだ。
これはもう迂闊に歩き回れないな。
いくらキメラの身体性能が良いといっても夜闇に突っ込むのは命知らずもいいところだ。他にどんな魔物がいるのかも分からないし。
そう考えるともっと転生場所の事をアルシオンに聞いておくべきだった。反省。
ここは安全な所で夜を越そうと来た道を引き返すことにする。
その晩は結局、途中で見つけた洞窟で就寝することにした。