魔王
本日二回目でごわす。
暗い。何も見えない。
何も感じない。
何も聞こえない。
ここは....地獄ってとこか?
自分が天国になんて行けるとは思っていなかったから別にいいけど、何も出来ないのが罰だったり?
それは.....地味に嫌だな。てか死んでも意識ってあるもんなのか?
まあ死んだのはこれが初めてだから分からないか。
一応死んでないって線も残されてはいるけれど、あの怪我でそれは望みが薄いってもんだ。まあ死んだんだろうなあ。
死ぬのが怖くなかったと言えば嘘になるし、死にたくもなかった。でも、最後に進藤の奴を祝ってやれたし別にいいか。両親はもういないし、兄弟もいない。
こんなに早く死ぬのは予定外だけど、責められることはないだろう。
このまま、ずっとこの状態で過ごすのか?
「やあ、目が覚めたようだね」
どこかから掛けられた声に、俺はありもしない肩を震わせる。ダメだ。変に反応するな。もしかしたら閻魔様みたいなのかもしれん。
「.......誰だ?」
「やけに慎重だね。僕は魔王、アルシオンという者だ」
ま、おう?真央、舞おう、マオウ、魔王......何を言っているんだ、コイツは。厨二病か?
「僕の名誉と尊厳のために言っておくと、僕は厨二病とやらではないよ」
っ!?な、なんで俺の考えていることが......?
「こ、心が読めるのか?」
ありえない。そう思いながらも、自分の思いを信じることができない。どうなってんだよ.....!
「その通り。言ったじゃないか、魔王だと」
クソッ!聞けば聞くほどコイツの言うことに矛盾が無い。
心の声が聞こえるだと?確実に人智を超えてるじゃないか!
何がどうなってるんだ?そもそも魔王なんてこの世にはいないはず。RPGの世界でしか見たことないぞ!
「はあ、いいから信じてくれよ。そうしないと話が進まない」
「........もし、もしお前が魔王だったとして。今、俺はどうなってる?死んだはずなのになんでこんな所にいるんだ?」
取り敢えず信じるしかない。俺は文字通り手も足も出ない状況だし、逆らったところで状況は好転しないと見た。
「うん、まず君は今肉体から離れ、魂だけの状態でここにいる。だから四肢を動かそうとしても意味ないし、僕が心を読むのも容易いってこと」
「はぁ?」
本当に間抜けな声が出たと思う。
だって意味が分からないだろ。肉体から離れて魂だけ?どうやってここまで来たんだよ。ていうかなんで魂だけで存在できるんだ?
「それは肉体と魂がそれぞれ別物だっていう説明で納得してもらうしかないかな。現に君は今そうなっているわけだし」
確かにそうだ。俺が今思考できていることが俺が俺であることの証。もしかしたら記憶があるだけの別人ってのもあるかもな。
「それは無いよ。まあ.....それはさておき、本題に入ろうか」
「本題?」
「そう、君には二つの選択肢がある。僕の願いを聞いて、転生するか。もう一つはそれを拒むかだ」
転生、だと?
自動車に跳ねられて転生とかラノベかよ!流行に便乗しすぎだろ!
「まあまあ、落ち着いてよ。質問があれば受け付けるからさ」
質問っつってもお願いとやらの内容を聞かないとどうにも.....
「もし、俺がお前の提案を断ったらどうなるんだ?」
「うん?別にその時は君の魂は元の肉体に戻るだけだよ。つまり、今度こそ死ぬってことさ」
戻れば死ぬ。そうでなければこの怪しい奴の言うことを聞かなきゃいけない、か。
「取り敢えず話は聞いてやる。続きはそれからだ」
無理な頼みだったら断ればいいし、聞くだけならタダなのである。断っても元通り死ぬだけだし、さしたる問題じゃない。
「ふふ、その返事が聞けて良かった。まず、君に転生して欲しい理由を説明する前に世界の説明を済ませておきたい」
そう言って、アルシオンは彼がいた世界についての説明を始めた。
説明を要約すると、そこはよくある剣と魔法のファンタジー世界であり、そこには魔法以外にもいくつかの力が存在している。中でも重要なのは「スキル」と呼ばれるもので、魔法や剣が使えなくてもそれ一つで戦況が変わることもあるらしい。
まあちゃんとした技術を身に付けた方が強い例もあるけどね、とアルシオン。それはまあスキルも持ってて剣も魔法も使える方が強いよなあ。魔法にも色々な種類があるらしいが、その話はおいおいという事に。
スキルの説明についてはそこで終わり、次に種族についての話が始まった。
最も数が多いのは、俺と同じ人間族。その次に多いのが獣人族らしい。獣人族とは想像通り、ケモミミ達のことを指すようで、様々な生き物がベースになっている。素の身体能力は折り紙付で、存在する種族の中でも一番を誇るとか。
エルフやドワーフなどもいるようだが、前述の二つと比べると圧倒的に数が少ない。特にエルフは排他的な種族のようで、長命ということもあり世代交代があまり無いようだ。エルフの特徴としては伸びた耳と、魔力総量で、その面では他の追随を許さないほど。それを鼻にかけ、少し前までは獣人族や人間族を見下すような態度が問題になっていた。
対して、ドワーフは排他的でも友好的でもない。彼らの興味が向けられるのは鍛治についてのみ。その他の事はどうでもいいといった様子で、逆に言えば彼らの対応に種族の差は関係ないという。一番平和的な種族と言えるかもしれないが、彼らは自分の信念を曲げることをほとんどしない頑固な性格の者が多く、剣や鎧を打ってもらう時くらいしか他種族との交流は無いらしい。
まあここまでは想像通りと言わざるを得ないだろう。異世界と言われて思いつく程度だ。
問題は最後の魔族。
彼らには明確な種族区分が存在しない。人間ならば人間、エルフならエルフだし、ドワーフならドワーフが種族として認識されているのに対し、魔族には魔族、という種類が無いのだ。魔なる者、として認識されていることが多く、特に人間族は魔族に対する偏見が酷い。
それには人間族が女神、聖なる者を信仰しているがゆえという理由もあるが、大半は間違った認識を教会が広めているからだ。
その教えとは、魔物とは魔族である、という認識。
実はこれはまったく違い、魔物と魔族には何の関係も無い。魔族は理性と知性があるのに対し、魔物は本能のままに動く獣。この二つの間には天と地ほどの差がある。
しかし、魔物を完全に敵視している彼らに魔族の声など届くことは無かった。迫害対象として追いやられ、まともな暮らしが出来ていないのも多い。
「なるほどな。世界の区分については分かったよ。でもこれがどう関係してくるんだ?」
普通ならここで魔族を倒してくれ!とか言われたりするもんだが、相手は魔王だし、魔族も別に悪い奴じゃなさそうだ。
頼みってのは一体.....?
「うん、君には僕の後継者になって欲しいんだ」
後継者......魔王の?
「そういうことになるね」
ええい!心の声に反応するんじゃねえ!
「話の繋がりが見えないんだが。後継者になって俺にどうしろって言うんだ?他の種族を滅ぼせって?」
「それを指定するつもりはないかな。魔族である彼らを導いて欲しいとは思っているけれど、それは強制じゃない」
ますます分からないな。なら俺が転生して魔族を率いらず好き勝手に過ごしてもいいってことになる。それはアルシオンの意図とは外れているんじゃないのか?
「そうでもないよ。君が暴君になろうと、何になろうと僕は気にしない。それで絶滅でもするほど、彼らは弱く無い。それに転生してしまえば君の生き方を縛ることなんて出来ないしね」
「自分の力を残したい、ってことか?」
「そうとも取れる」
話を聞いて、俺は考え込む。
今与えられた情報で俺はどう思った?
何が一番の得にーー
........いや、何が得かどうかなんてどうでもいい。ここは日本じゃないし、俺はもう死んでるんだ。お偉いさんの機嫌を伺う必要もないし、誰かの目を気にする必要もない。すでに死ぬことは体験した。
なら、好き勝手にやっても良いよな?
「まあ、時間はたっぷりあるからね。満足するで考えてーー」
「やるよ」
「え?」
「お前の提案を受ける。後継者として転生させてくれ」
おお、顔は見えないが驚いているのは伝わってくる。さっきまで渋ってた奴が急に承諾したら驚くのも無理はないか。
「どうしたんだい?自分で言うのも何だけど、結構怪しい提案だよ?」
「構わないよ。ここで断れば死ぬだけなんだろ?だったら騙されるくらい何ともないさ」
「かなり割り切ったね。でも、その方が好感が持てる。じゃあ、僕の力と更に詳しく異世界について話そうか」
言葉からは喜色が伝わってくるようだ。よほど嬉しいんだろうな。
何はともあれ、俺の異世界行きはこうして決定した。