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とあるモブが探索者の免許を取る話 前編

「時間です。手を止めて下さい。解答用紙は裏返して机の端に置くように。係の者が回収します」


 教壇に座っていた係員が声を上げた。

 その言葉に従い、僕は用紙を机の右端に裏返しにむける。と同時に、机に突っ伏した。


 ……つっかれたーーー。頭がゆだるーー。

 大体、僕は頭を使うのは得意じゃないんだよ。探索者になったら勉強から逃れられると思ったのに……。なぁんで試験以外で頭を使わなきゃいけないんだか。

 ……いや、これもある意味試験なんだけどさー。

 こんなんあるって知ってたら、探索者なんかになろうと思わなかったって―の。ちくしょー、騙されたー。


「……どうした? 大丈夫か?」


 そんな声が後ろから聞こえてきた。誰か体調でも崩したのだろうか?。


「ふむ……そんなに顔を伏せて。もしかして体調が悪いのだろうか」


 なおも声は続く。

 え!? もしかして僕に向かって話しかけてきてるの? 地味地味で目立たないことだけが自慢のこの僕に!


「……んあ?」


 かけられた声に振り向くと、小麦色の肌にラフな格好をした女性が私を見下ろしていた。

 ぶっきらぼうなその口調とハスキーな声が、切れ長の瞳によく似合っていて……。僕とは違って生命力あふれるその姿にしばし見とれてしまう。


「……ふむ。どうやら本当に調子が悪いようだな。待っていろ、係の人間を呼んできてやる」


 身を翻そうとした彼女を、僕は慌てて止めた。

 うん、少し待って。ちょっとあなたに見とれてただけだから……。

 そんな言葉を飲み込みながら、彼女に対し自分の万全をアピールする。


「だ、大丈夫だから。なんともない、へーきへー――」


 ――ガタバタン。


 できもしない力こぶしを作って立ち上がろうとしたからだろう。跳ね上げ式の椅子が突っかかり、顔から床に倒れてしまった。ちくせう。


「本当に大丈夫なのか? 私にはどうにもそうは思えないのだが……」


 頭の上に振ってくる声に、指で丸を作って答える。


「おっけー、大丈夫。ワタシゲンキゲンキ」

「……ふむ、本人がそう言うならそうなのだろうが。しかしなぜ片言なのか……。まあいい、ほら」


 それはね? 色々と恥ずかしかったからなんだよ! 察して! いや、察さないで、恥ずかしいから。

 そんな思いを押し隠しながら、そろそろと顔を上げると彼女が僕に向かって手を差し伸べていた。

 そろりとその手を取ると、思わぬ力でグンと引き上げられる。


「――わっ、とと……」


 勢いそのままに、またもバランスを崩した僕は、今度は彼女の胸に受け止められた。


「ああ、すまない。力が入りすぎたようだ。……しかし思った以上に軽いのだな、君は。もしかしてご飯が足りてないのではないか? であれば体調が悪いのも頷ける。もっと食べて大きくなるといい」


 そんな声が、またも頭の上から降ってくる。

 そう。立ち上がってなお、僕の頭は彼女の胸までしかないのだ。そうして今、僕の顔はちょうど彼女の豊かな双球に抱かれる形となっている。いろんな意味でちくしょうだよ。

 僕はぐっと両手を伸ばして、彼女から離れた。そうして彼女に指を立てて一応の抗議をしておく。


「僕、こう見えてもここの学生だからね。成長期は過ぎてる、つまりもう大きくならないんだ、悲しいことにね。だから子供扱いはしないように」


「そうなのか……。だが学生であればまだチャンスは残されているだろう。私の友人も学生時代にぐっと背が伸びた」


 ぐはっ。心ない刃が僕を傷つける。

 その学生は、いわゆる中学生か高校生の話だろう。違う、違うんだよ。

 僕は彼女に突き立てた指をそのままに話しかける。


「残念なことにチャンスはもう無いんだ。なぜならここは大学。つまり、ここの学生である僕は大学生なんだよ。そもそも探索者の免許は二十歳にならないと取れないんだから、少なくとも二十歳以上って事でしょ」


「そうか、それは寡聞にして知らなかった。すまない」


「……なんで知らないんだよ。試験を受ける以前の話でしょ。……まあいいや、はい」


 頭を下げる彼女に対し、さしていた指を下ろして手を差し出す形にした。

 頭を上げた彼女は僕の差し出した手をみて、怪訝に頭をかしげる。その頭上には「?」の文字が幻視出来た。なんだよ、さっきまで格好よかったのに、今度は可愛いなぁちくしょう。天が二物を与えていやがる。


「握手だよ、握手。さっきは僕のこと心配して声をかけてくれたんでしょ。あんまりそういう事無いからさ。ありがと。あ、僕の名前は冬悧(とうり)、よろしくね」


「あ、ああ……。私は波凪(はな)という。こちらこそよろしく」


 戸惑いながらも差し出してきたハナの手を握りしめた。





 さて、所変わってご飯どころだ。

 午後の実技まで大分時間があるので、大学の外まで出てみた。

 いやまあ、学食でお昼をすませてもいいんだけど、ハナはこの街に初めて来たという事だから、せっかくならと外に連れ出したのだ。

 さて、じゃあどんなお店かって? それはモツ煮のお店だよ。

 初対面の人をいきなり連れてくる店じゃないのだろうけど、実技のために体が肉を欲しているのだから仕方ない。ハナも特に反対しなかったしね。

 午前の講義と試験のおかげで脳の糖分も足りていないけど……。大丈夫、ご飯も大盛り、追加でおにぎりも頼んだから、そのうち糖分は回ることだろうさ。


 程なくして届いた定食。いただきますと手を合わせ、箸をつけようとしたところで、ふと気になり向かいに座ったハナを見る。

 すると彼女は、なんともおっかなびっくりといった体で煮込みに箸をのばしていた。


「どしたの?」


 疑問に思い声をかけると、彼女はふむと頷いた。


「……実はモツを食べるのははじめてでな。見た目も含めて少し戸惑っていたのだ」


「え!? そうなの? 言ってくれれば他のお店にしたのに」


「いや、冬悧はここで食べたかったのだろう? それを邪魔するのは忍びない話だ。それに何より、食べたことがないからと忌諱していては、新たな出会いもないのだからな」


 ハナはそう言うと、南無三とばかりにレンゲですくったモツ煮を口に入れる。

 ……数瞬後、ぎゅっと閉じていたハナの瞳が開かれた。


「これは……。うまいな。なんとも食感は独特だが、柔らかくて旨いな」


「でしょー。好みに合っててよかったよー。女子受けはしないお店だからさ、ちょっぴりだけ不安だったんだよ。ま、それなら連れてくんなーって話だけどね」


「いや、私は冬悧のおかげで新しいことにチャレンジ出来て、しかもおいしいものまで食べれたのだ。感謝する」


 ハナが箸を置いて頭を下げてきた。突然の行為に鼻白む。

 正直自分はあんまり感謝されなれてないからなー。ていうか、これっぽっちのことで頭を下げられても、その……、困る……。


「そ、そっかー。それならよかったよ。ほら、冷めないうちに食べちゃお」


 僕は誤魔化すようにそう言うと、慌ててご飯をかき込んだ。




「ごちそうさまでした」


 程なくして食べ終えた僕が箸を置くと、視線を感じた。

 顔を上げると、ハナがじっとこちらを見ていた。


「どったの?」


 そう聞くと、ハナが感心したようにつぶやく。


「いや、冬悧はずいぶんと健啖家だと思ってな。決してご飯が足りていない訳ではないだろうに、いったいどうしてなのだろうな……」


「ふーんだ。どうせちびの大食いですよーだ。仕方ないじゃん、食べても大っきくならなかったんだから」


 僕が口をとがらせると、途端にハナは慌て始める。


「あ、いや、決してそのようなことを言いたいわけではなかったのだ。誤解させてすまない」


「ふーんだ。じゃあ一体何が言いたいんだよー」


「いや、冬悧は試験が終わったあと、ずいぶんとぐったりとしていたからな。今は大丈夫だが、最初にみたときは顔色も悪そうだった。本土では食事制限で体を崩す者もいるという話だし、冬悧ももしかしてそうではないかと思っていただけだ」


 ……なるほど。ハナはダイエット制限で体を崩しているのではないかと思った訳か。

 残念。大間違いである。僕は食っても食っても横にも縦にも伸びない体質なのだ。そして一般的に、こういうことはうらやましがられたりする物なのだが、僕に限ってはそんなことは一切無い。むしろ哀れみの目で見られたりする。ていうか、それ以前に存在忘れられたりするんだけどな!

 いやまあ、そんなことはどうでもいいか。とりあえず誤解を解いておこう。


「さっきは単に頭の使いすぎでぶっ倒れてただけ。今日は朝一からずっと講習。時間をおかずにすぐテストだったでしょー。正直言うと頭を使うのは得意じゃないからねー。知恵熱みたいなもんだよ」


 そんな僕の回答に、彼女は首をかしげる。


「ふむ、大学生というのは学業が本分なのではないのか? あと、知恵熱は子供が出す熱のことだったような気がするが、違っただろうか……」


 ぐはっ。ダブルの意味でぐはっ。こやつ、相変わらず純粋という名の刃でこちらをえぐってきおる。

 いかん、ここは一時撤退だ。話を変えよう。


「ま、まあ、得手不得手と進路は必ずしも一致しないと言いますか、モラトリアムを満喫していたかったと言いますか……。そ、そんなことよりさ、ご飯も食べ終わったことだし、早く大学に戻ろ。まだ時間もあるし、空き教室で試験の答え合わせでもしよー」


「……別にかまわないが。夕方には結果が出るのだ。今から答え合わせをしてもあまり意味は無いと思うのだが……」


「いいからいいから。ほら、早くー」


 ためらうハナを引っ張るようにして店を出る。


「ごちそうさまー。またくるねー」


「ご、ごちそうさま。おいしかった」


「あいよ、また来てくんな」


 そんな店主の声を背に、大学への道を駆け出した。

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