2-17 我、甘味を食す
ダンジョンに入ってきたのは一人の男だった。しっかりとしたジャケットに伸縮性のあるパンツ、トレッキングブーツを履いて、ある意味これまで見た中で一番しっかりとした服装をしていた。
だが少し異彩を放つ点がある。
アームバンドにスマートフォンを取り付け、辺りの景色をしきりに写真に撮っていたのだ。
「よしっ、写真は撮れる。外に出たらスクランブルかかって見れなくなるらしいけど、中ならちゃんと確認できる。よしっよし!」
男は撮った写真を確認しながら、しきりとガッツポーズを繰り返している。
《登山服か、まあありだな》
《ちゃんと着込んでるな。中の気温的にはどうなんだろ》
《洞窟タイプのダンジョンは肌寒かったな》
《この総社のダンジョンって屋外型だろ? どんなもんだろうね》
《外気と同じか、もしくは草が青いから春から夏くらいの気温なのかねぇ》
《そんなことよりあいつ、なんで写真撮れてんだよ! ダンジョンの中じゃ機械が使えなくて、動画とか撮れないんじゃ無かったのかよ》
《ん? もしかして君は動画を撮って外で編集しようとしたのかな? 残念だったねぇ》
《正確には外に持ち出せない、じゃなかったかな。だから中で確認する分にはいけるはず》
《母上のスキルを考えると、外に持ち出すクラスがあってもおかしくはないけどね》
《モナちゃんの言動から考えるに、あっても希少なクラスになりそうやね》
《あと、機械が使えないって言うのも間違い。正確には近代兵器が使えないって感じだったはず。そうだよねモナモナ》
「ん? 概ねその通りじゃな。細かなところは自分らで検証すると良かろう」
肯定の意を返すモナ。その手元にはいつの間にやら取り出した小さな白い饅頭のような物を、2つほど用意していた。
《モナちゃん食いしん坊すぎない?》
《いつの間におやつ用意してんのよ》
《マヨちゃん、もしかしてそれ、小さく切り分けたウスベニちゃんじゃ……》
《ああ、やっちゃったかぁ。モナモナ、いつかは手を出すと思ってたんだよね》
《おいおい、それは駄目だぞモナ!》
白饅頭(小)(仮)を見て、散々こき下ろすコメントにモナは大声を上げた。
「ちがうわー。そなたら、我を何じゃと思うておる。これは昨日そなたらが言ってたましゅまろとか言うやつじゃ。早速今日届いたから食べようと思ったのに、そなたらときたら全くもう……」
なおもぶつぶつ言いながらも、モナはあんぐりと大きな口を開け、そのマシュマロをかじる。
「おほほー。ふわしゅわでおいしいのじゃ。中にあんこがあるのか? もちっと甘くてこっちもおいしいのじゃ」
モナは頬をふくらませ、満足げにマシュマロの断面を見る。
「むむ!? 外側が白くて中のあんこが黄色い。なるほど、だから包装紙に玉子って書いてあったのじゃな。じゃろ? そうじゃろ?」
《そ、その通りだよ……》
《モナちゃん、うっきうきやね》
「むふー。であろうと思ったわ。我、賢いからな。これくらいすぐにわかったのじゃぞ」
満面の笑みを浮かべ講釈をたれるモナの手を、遠慮がちにつつく者があった。……ウスベニだ。
「む、もしかしてぬしも食べたいのか。今日の分は残り一個なんじゃが……。いや、しかし仕方あるまい」
悩んだ末、モナは残る1つのマシュマロを2つにわける。だが、わけられたそれは、どうにも真っ二つというわけにはいかず、片寄りが出てしまい……。
「ぐ……。いや、しかし……。ウ、ウスベニは心の友じゃからな。こちらをやる」
目をぎゅっとつむり、苦渋の顔で大きい方をウスベニに渡した。
《モナちゃん、一個食べてるのに……》
《いじきたなすぎん?》
そんなコメント欄には気がつかず、ウスベニは受け取ったマシュマロを取り込んでいく。身体の中でくるくると回されたそれは、泡立ち、そうしてウスベニに取り込まれていった。
それで満足したのか、ウスベニは身体をねじるように回転させている。
「おお、そうかそうか。ウスベニも満足したか。なら我も……」
モナはそう言って今度も大口を開け、一息に残りを頬張った。
「んふー。やはりおいしい。餡がかためなのがちょうどよい感じじゃな」
《モナちゃんが大満足のアレ。お届け方法は昨日と同じ?》
《うん、昨日の妹ちゃんと同じ。それこそ今映ってる総社のダンジョンに持って行って同じ事したよ》
《折りたたみの三方に乗せて、パンパンって?》
《そうそう、100均で買った三方に乗せてね》
《総社のダンジョンって事は、妖精も見たの? 倒したの?》
《うーん、見たは見たけど、アレってそんな可愛いものじゃないよ。おまけに目が合って、次に気づいたら死んで救護室で復活してたから》
《マジかー》
《どうやって死んだかもわからない?》
《一人で入ったからって言うのもあるけど、わかんないね。情報収集とかすれば良かったけど、復活って思った以上にしんどくてさ。救護室で何時間か休憩してから帰っちゃった》
《そういや復活するのはしんどいって、モナちゃん言ってたな》
《そうそう、すっっっごくしんどい。昨日のスライムダンジョンのマッドは、ホントに変態。あんなん無理無理》
《なるほど……、マッドなサイエンティストは、やはり変態だったか》
《キチは既知なので……》
《うまいこと行ったつもりか》
《2/10》
《き(び)ちい》
《しつこい、零点》
《まあ、死亡原因については今の配信見てればわかるんじゃない? 映ってる男も、ちょうど一人だし》
《すでに死んじゃう前提かよ》
《まあ、かませくさいし》
《一流のかませってのはな。強くないといけないんだよ。あいつは強さを見せてない、だからよくて三流ってところだな》
《負けたわけでも無いのに三流扱い。かわいそすぎる》
コメントが雑談で埋まる中、画面の内、ニコニコ顔でウスベニと戯れるモナの姿は小さくなり、その大半がダンジョンの光景となる。
大きく映し出されているのは先程の男。彼は道の端で草むらに隠れるようにしてかがみ、腕に持ったスマートフォンで遠くを撮影していた。
「よし、見つけた。これがみんなの言うフェアリーちゃんだな」
男は遠くに映るごま粒のような影を拡大する。
「うわっ、何だこれ気持ちわりぃ。これがフェアリーちゃんとか勘弁してくれ。俺の予定が崩れるだろ」
男は顔をしかめた。それもそのはず、写真に写る影は蛾のような羽根で羽ばたき、耳まで裂けた口で醜悪に笑う、おおよそ想像する可愛い妖精とはかけ離れた姿だったからだ。
「……しかしまあ、ある意味これなら叩き潰すにしても心が痛まないか。ここで倒して悪魔召喚士のクラスを手に入れて……。そうすればカハクちゃんやモー・ショボーちゃんときゃっきゃうふふ出来るはず」
笑いながら道の端を草むらに隠れるように、腰をかがめて歩く男。
……「キシシ」と耳障りな笑い声が聞こえた。
《ほほーん。あいつ、悪魔召喚士を目指してたのか》
《なら、スマフォは召喚デバイスのつもり?》
《写真に撮った奴が召喚できるようになるとか、そんな考えなのかな?》
《言動はちょっと気持ち悪いが、うまいこと考えたもんだな》
《よし、アウトドア用のタフなスマホに変えてこようかな。他意は無いけど……》
《うちはタフネススマホ持ってるけど、新しいマイクロSDカード買ってこようかな。あ、エンジェルちゃんの写真が撮りたいだけで他意は無いよ》
《あ、てめー。エンジェルは俺のもんだ》
《ネコマタ派のワイ、高みの見物》
《っぱリリムなんだよなぁ》
《おまえら、気が早すぎ。そのスマホ、悪魔召喚プログラム入ってるのか?》
《そこは、クラスについたらアプリが勝手にインストールされるんじゃね? 知らんけど》
《そもそもあいつが悪魔召喚できるようになるかわからないし、おまけにアイツ見て見ろよ》
《あれ? あいつなんで草むらの中に入って行ってるの?》
《しかもさっきまでスニーキングミッションしてたのに、立ち上がってふらふら歩いてるし、なんでぞ?》
《うえだ、うえ。奴の頭上を見ろ》
コメントの言うとおりだった。
画面の上方で、フェアリーが男を誘導するようにして草むらの中へと導いている。
草むらの中は沼地にでもなっているのか、男は腰を、そして胸を徐々に茂みの中へと隠していき……。
顔が完全に見えなくなったところで画面が暗くなった。
《え!? おわり?》
《道じゃ無いところ、沼地かなんかになってて下手したら溺れ死ぬ?》
《あのキモいフェアリーに催眠でもかけられて誘導されたんかな》
《初見殺しすぎん?》
《なるほど、私もこうやって死んだんだ。こりゃわからないわけだー》
《これ倒せるの》
《問答無用で催眠かけられるとか、クリアさせる気無いだろ》
《モナモナ、加減しろ!》
「何を言っておるか。ちゃんと倒せる手段はある。というかアレは弱いぞ。さっきの奴が手段を間違っただけじゃ」
そこまで言ったところで、モナは空いた皿を見つめながらふむと思案する。
「……そう言えば我にましゅまろをくれた者もフェアリーに倒されておったな。そうじゃな……、よしっ」
モナはポンと手を打つ。
「ここはましゅまろに免じて、フェアリーを倒したパーティの動画も流してやろうではないか。特別じゃぞ」
そう言ってモナは両目をしばたかせた。
《マヨ、ウィンクしようとしたのかな?》
《モナにそんな器用なこと無理でしょ》
《まあでも、倒し方教えてくれるの嬉しいな》
《マシュマロGJ》
《それはそれで嬉しいけど、もっと別のこと教えてモナちゃーん》
《そうそう、さっきの奴のクラス何なのさ》
《え? それ重要?》
《重! 要!》
《おれたちはー くらすのー かいじをー もとめるぞー》
《だんこー もとめるぞー》
《おしえろー おしえろー》
《われわれのー ぴくしーちゃんのためにー》
「なんじゃ、そなたら。突然どうしたんじゃ」
モナは肩を抱いて身体を震わせ……、
「なんか邪念を感じるのじゃ。しっかしなんでそなたら、こんなクラスに固執するのじゃ……?」
手元に辞典を呼び出し、モナは軽くそれを見る。
「あやつのクラスは『スカッター』というぞ。携帯越しに相手の戦闘力等を確認できるようになるクラスじゃ。さほど面白いクラスでも無いし、時間も無いからさっさと行くぞ」
《召喚士じゃ無いじゃーん》
《つっかえねえな、あいつ》
《相変わらずの手のひら返しよ》
《でも、あいつ。敵を見たら「戦闘力5、ゴミめ」とか言えるんでしょ。ちょっとうらやましい》
《確かに、そこだけはちょっとうらやましい》
《でも、やってることは鑑定系の職業。下手したら狂的科学者の下位互換じゃない?》
《あれはまあ、本体に欠陥ありそうだし》
そんな雑談の中、画面は切り替わり先程までと同じ草原と道が表示される。
そうして、荷物を背負った少女が一人映し出された。




